第10話 神話を知る者
第八位階下位
ナインヘッド・ケルベロス。
それは哀れな獣だった。
通常、複数頭があるタイプの魔物は、思考系スキルを高いレベルで有している物が殆どであり、多重思考や超速思考により、演算の補助、それこそ軍団魔法を個人で扱う様な高レベルの演算力を持つ。
うちの好例は、ケルベロスのネロもそうだが、1番はマルム・アジ・ダハーカのディルヴァ。
左右の首であるディランとディラナに演算の補助を行わせ、無数の魔法を自在に操っている。
じゃあ、ナインヘッド君はどうだろう。
体を無理やり繋げられた9体の狼。おそらく投薬による物と見られる強制レベルアップによる進化で、肉体を無理矢理安定させられ、ナインヘッドと言う肉体を得た獣。
その為、思考系スキルが弱い。
だから、メイン頭脳が地上を駆け、サブ頭脳達が首を曲げてはブレスを吐く、そんな戦法しか出来ない。
頭が複数あるのはブレスを吐く為でしかない。
本来であれば、手数の少なさは魔法の構築等で補うだろうに、ブレス発射口を8個搭載した狼になっている。
思考系スキルが弱いので、メイン頭脳を潰されたらサブへの切り替えが遅くて転倒するのが哀れだ。
やたらと再生が早いのは、崩壊への抵抗力として再生系スキルが向上した結果だろうが、悲しきかな回復するサンドバッグになってしまっている。
それでも、ナインヘッドはかなり強かった。
流石にレベル300代。
レベル100代程度に調整された兵士では相手取るにはやや不足する為、9体の兵士で相手をしているが、中々の抵抗を見せている。
そんな中で、それはゆっくりとした歩みで、帝城を守る外壁上に現れた。
「メルス、遅かったな」
「……はい、師」
黒いフードに包まれた金髪。
バーチス同様、黒地の軍服に身を包む美少女。
メルス・ネス LV187
間違いない。
彼女こそが、僕の目的の人物。
旧ルベリオン帝国を纏め上げた伝説的皇帝——ティアーネ・ルベリオンのホムンクルスその人だ。
名の意味は、賢神グリエルの名付けの傾向から、完璧なるや純粋なると言った所か。
なんだ……悪い扱いはされていなさそうだな。鬣も付いてないし。
助手的な扱いを受けていたのだろう。何なら鍛え上げられている。
色々と嫌々そうな気配が伝わって来るのは、彼女が真に自我が強く、そして善性である証だろう。
とは言え。
最早ここは僕の盤上。彼、また彼女とて、踊らぬ事は許さない。
『イェガ、次の遊びを始めよう』
そんな指示に、イェガは快く応え、騎士を出す。
レベル300相当に調整された、騎士2体を。
同型の其れ等は、真っ直ぐにバーチス達の元へ向かわせる。
「……師よ、貴方の悪徳もこれまでの様ですね」
「ふん、無知な弟子に、最後の教えをくれてやろう」
言うや、バーチスは杖をイェガへ向けた。
「あれこそは、天上の秘棺。かつてこの世界を極大なる悪意より救い出した、機械の神の楽園の1つよ」
「……差し詰め、そこらの機械は神罰と言った所ですね」
「左様。振り撒かれる全てが機械神、イヴ・ハルモニアの尖兵と言えよう」
些か驚きの情報である。
まぁ、バーチスはあの時代の後にグリエルと関わっているから、当然ミシュカの行く末やイヴの存在を知る機会はあっただろう。
メルスは神という言葉に少し驚きつつも呆れた様に首を傾げて見せる。
「……それで、師はこの神罰から、如何に逃げるお積もりで」
「ふん、最後の教えと言った筈だ」
「っ」
どうやらバーチスの逃げ足については彼女の知る所であった様で、その弱腰にメルスは驚きの吐息を漏らした。
「まさか、神御自ら力を振るうとはな……我が苦心の作達もあの様よ。よもやナインヘッドですら、9体の兵に遊ばれる始末……大陸ごと焦土に変えるのすら容易いだろうな」
「……神の怒りに触れた訳ですね。やはり」
やれやれと、自らの死を織り込み肩を竦めるメルスに、バーチスは待ったをかける。
「嘆くな弟子よ。神々は公正だ。これを試練と捉え、越えて見せれば、お前1人は救われよう」
「はぁ、なぜ?」
「お前が善性であるからだ」
「善性であるなら重ねた罪は許されると?」
「償いの機会くらいは与えられよう」
「死、以外に?」
「左様」
「……ふん、眉唾ですが、正しき償いがあるのならば、それを信じてみても良いかもしれませんね。貴方は、嘘は付かないから」
そう言って、メルスは一足先に戦場へ飛び出した。
きっと悪い関係ではあったのだろうが、僕はまるで2人が友人の様に感じられた。或いは——
バーチスは小さく囁く。
「……神よ、聞こえているのでしょう? 彼女の才は正しく神帝ティアーネに至らんとする物。切り捨てるには余りに惜しい、この世界の損失だ。どうか、正しい判断を願う」
そんな知的に振る舞っているが、本心の2割ではメルスにただ生きていて欲しいと願う、何処までも人間的で最低なバーチスに、僕は試練を与える。
『是』
「っ!」
『試練、2人、越えよ』
これで良い。
「…………ふん、2人か」
やや拗ねた様な口調に、内から滲み出る気迫。
友人の希少性の為に、或いは——娘の為に、バーチスは奮起した。
たったの三言、圧倒的なコスパである。
大丈夫。イェガの騎士はレベル300の性能。対するバーチスはレベル300代後半だし、バーチス、メルス共に、レベル限界が生体限界を越え、霊験門に到達しようとしている。
まだまだイェガの演算力の1割くらいだが、頑張れば勝てる事は、シーク君とターナー君が証明している。
2人ならきっと、300の試練を越えられる筈だ!
と言う訳で、僕は帝国に巣食う目下1番の問題に、少し目を向ける事とした。




