幕間 クルーエル、蜜月とその終焉
第五位階下位
激甘警報
「ふふふ」
並べられた青で装飾された白い家具の数々。
部屋の加工もまだ終わってはいないが、一角だけは完璧にブラン風に揃える事が出来た。
漏れ出る笑みを何度か拭い、待つ事少し。
その待ち時間すら愛おしい、おしゃれな衣装にに身を包んだブランが現れた。
「お待たせ」
「ううん、全然待ってないわ! あ、勿論待ってはいたんだけど、全然苦では無いと言うか、そのね」
「ふふ、変なの」
「えへ、えへへ」
微笑むブランのなんと愛らしい事か。
その表情を、引き出せただけで、奇行もした甲斐があったと言う物。
「そ、それじゃあ」
「うん、行こうか」
初めてのデートが始まる。
◇◇◇
事前に考えたプラン通り、雰囲気の良いカフェに入って、少し贅沢にお菓子を食べたり、既製品の服屋に入って似合う服を探したり、家具屋に入って良い感じの家具を探してみたり。
ブランと一緒だと、なんて事ない道の花でさえ綺麗で楽しい物になる。
あの花は食べれたのね。それにあっちの葉っぱは薬草にも使える。
驚いたのはコソコソ歩いている白いキノコよね。
迷宮の浅層を長期探索した帰りに白いキノコがやばいって話を聞いたけど、食べたら幻覚を見てやがて死ぬ猛毒のキノコだったなんて……探索に行く前に変なのが歩いてるなぁとは少し思ったのよねー。
多分誰か無知な人が食べてしまったのね。
それに比べてブランは物知りで凄いわ!
花や葉っぱだけじゃ無くて建材と魔道具の理論にも詳しいんだから。
いっそ家もブランと一緒に建てちゃいたいくらいだわ!
日暮れのディナーを終えて、デートスポット、星のよく見える丘のベンチに腰掛ける。
空いていたのは幸い……さ、さぁ、ここからよ。
「すぅ……はぁ……」
呼吸を整える。
少し待ってから、星を見上げるブランに話しかけた。
「ほ、星が綺麗ね、ブラン」
「そうだね……今の時期はプァリボル星雲が1番良く見えるらしいよ。貧困を救って星座になったんだって」
「へ、へぇ……そうなの」
言いながら、ブランの肩に頭を乗せる。
「で、でもね……どんな星より、ブランが1番綺麗よ」
「……ふふ、それは当たり前。クルーエルも、どんな星より綺麗」
自信満々のブランも素敵だわ! そ、その後褒めてくれる笑顔のブランも……
「ね、ねぇ、ブラン……今、良いかしら」
「……? 何を?」
ゴクっと唾を飲み、首を傾げる無垢なブランに……私の中に芽生えて深く根付いている、良くない欲望をぶつける。
「き、キス……したいの」
「?」
「い、良いわよね。か、家族だもん」
更に首を傾げたブランに、慌てて、念を押す様に付け足す。
汚い。本当に汚い。ブランの無垢さに付け込んだ、悪い事だ。
でも、止められない。
「良いけど、ん」
「! んん、んふ」
甘い。
「んちゅ……ブラン、んん」
甘い。
どうしようもなく、心を奪われる。
まるで酔うと言う言葉が相応しい様に、ブランの甘いキスに酔って行く。
「ん、んん……やりすぎ」
「っ、ご、ごめんなさい」
ブランの言葉に、我を取り戻し、慌てて離れる。
い、嫌だったかしら……私、なんて事を……最低だわ……。
直ぐに自己嫌悪に陥るも、ブランは微笑んでウインクをした。
「後は家で」
「っ! ぶ、ブラン、ん」
「ん、もうだめ」
ぐいっと押し退けられるけど、罪悪感は無かった。
ブランも望んでいる。そう思うと、何でも出来る様な、何でもしても良い様な、そんな背徳的で不道徳な痺れが背筋を駆け抜ける。
そんな時だった。
「っ……」
密かな歪み。
隠している光輪に響いたのは、天界からの呼び出しのメッセージ。
ブランも感じ取ったらしく、頭をくしくし撫でている。
可愛らしさに一瞬気を取られるも、同時に少し落ち込む。
「……ブラン、ごめんなさい。定例報告にしては早いのだけど」
「……そう、良いよ」
ブランと離れなければならない事に、落ち込む。
今夜は…………嬉しい夜の筈だったのに。
「……きっと明日には帰れるから」
「うん、家で、待ってる」
そう言って立ち上がり、周囲に人がいない事を確認してから装備を変える。
転移を実行する前に振り返ると、そこには青い星があった。
「ん」
「んん」
甘く、夜に響き渡る。
切なく離れ、流れて消える、ほうき星。
「……」
「……ブラン」
「いってらっしゃい」
重ねた手をぎゅっと何度か握って、ブランは離れた。
「頑張って来てね」
パチリとまた、星が瞬いた。
……本当に、夜空に輝くどんな星よりも、ブランが1番、綺麗だわ……。
少し見惚れながらも、気持ちを切り替える。
「……ブラン、行ってくるわ!」
「うん、またね」
「ええ!」
転移石を用いて魔法陣を起動した。
仄かに涼しい夜の中、握り合った右手と塞ぎあった唇を中心に温もりが溢れる。
直ぐっ、直ぐ帰ってくるんだから! そしてブランともう一度……。
◇◆◇
「て、帝国ですか!?」
驚いた顔でそう言う彼女に、私は微笑み頷いた。
私はちゃんと笑えているだろうか?
クルーエル。やがて私の後継となる筈だった子。
でも、この取引を頷かせるには、貴女しかいなかったの。
「何か、不満でも?」
「……い、いえ……」
やけに落ち込む彼女は、自らの行く末を知っているかの様だった。
「既に皆準備は出来ています。行けますね?」
「え!? い、今直ぐですか?」
「そうです。それが我ら四枚翼、ドミニオンの総意。貴女なら出来ますね? クルーエル」
「ドミニオンの……! …………わ、分かりました……」
酷く落ち込み、部屋を後にした彼女。
帝国への転移陣に向かう彼女を窓から見下ろす。
「……ごめんなさいね、クルーエル」
ぽたりと涙が頬を伝う。
あの時も貴女を守る為には、辺境へ追放するしか無かった。
私に力さえあれば、他のドミニオンを圧倒する様な、六枚の…………いえ、それはあまりに不敬ね。
「……貴女の犠牲、きっと無駄にはしないわ」
そんな、中身の無い、叶う見込みも無い、空虚な誓いが、天界の夜なき空を抜けて行く。
何処までも高い、夜なき空。
寄る辺を無くした願いを胸に、我等が偉大なる主の座す、神翼の玉座を見上げる。
◇◆◇
転送された直後、違和感に気付いた。
「よく来た天使共」
男の声が響く。
それに構わず、術式の解読をした結果、私は絶望した。
「貴様等の用途はあくまでも戦力のみ。だがまぁ契約でね、堕天実験を試してみよう」
「何だと!?」
「人間風情が何を」
仲間達が吠える中、その声は響く。
「黙れ」
『っ!?』
皆が黙り込む。
動揺が辺りを包んだ。支配術式だ。
既に私達は、首輪が付けられている。
そうと確信した直後、私は空を蹴った。
術師と見られる若い軍服の男目掛け、剣を振るう——
——刹那、斬撃は斬撃に止められた。
「……師よ、この者だけ他と隔絶している」
現れたのは金髪碧眼の少女。
男と同じ意匠の軍服を着込み、黒いフードを被っている。
少女は幾度もの斬撃を前に涼しい顔で、その全てを受け流して行く。
「だろうな、それだけ大天使だ。命じる、剣を捨てろ」
「っ! ぐぅっ」
「ほう、今一度命じる、剣を、捨てろ」
カランッと乾いた音が響いた。
油断しているであろう男へ、拳を振るう。
「っ!?」
次の瞬間、その拳は、男の指一本で止められていた。
「ふん、中々動ける様だな、流石は大天使と言った所か」
そう言って、男は泰然と此方を見下ろした。
「その意思や見事、名乗ってやろう」
男は平然と此方に背を向ける。隙だらけに見えるのに、最早打ち込む拳は無かった。
男は振り返り、私達を見下ろした。
「俺はバーチス。賢神グリエルの薫陶を受けし賢者、バーチス・アルディ。先ずは天界の犬共に躾をくれてやろう。『痛みを』」
「っ!? ぐ、ぁぁぁあッ!!」
全身に引き絞る様な激痛。
辺りで悲鳴が聞こえ、仲間達が倒れ伏す。
「さて、先ずは貴様等の信仰を破壊しようか。聖神と言ったか? 貴様等を売った神の名は」
聖神様が、私達を売った……?
そんな筈ない。
聖神様は偉大な神様だ。
グラグラと、意識が揺れているのを感じる。
耳に入れたく無い言葉が、内から這い出でて、光輪が明滅する。
あぁ、ブラン、今すぐ、貴女に会いたい。




