掌話 頂きを見上げて 十
第四位階中位
短期決戦だ。
そう、それしか無い。
——ドラゴンは強力な生き物だ。
その爪撃は防御を固めた重装兵のHPを一撃でほぼ吹き飛ばし、尾は一振りで隊列を破壊する。
ブレスなんかは酷いもので、範囲が広い癖して威力が高く、耐性の無い装備は軒並み引火する。
その上鱗は強靭で並の攻撃じゃ文字通り刃が立たないし、MPもとんでもない量の様で傷を付けても直ぐ再生し、ブレスを吐きまくって来る。
だからこそ、再生を上回る集中砲火による短期決戦。
それが出来ないなら、少数精鋭による攻略はほぼ失敗と言って良い。
そうなった時は、消耗している塔攻略者と外で観戦している者達から参加者を募り、大人数レイドで仕留める事になるだろうが。
装備、アイテム、バフの最終確認は終えた。
振り返らずとも分かる、後ろを歩む11人の緊張。
良い緊張感だ。
張り詰めすぎず、緩みすぎず、程良く引き締まった気配。
気負いも無い、楽観も無い、ただただ強敵へ全てをぶつけんとする戦士達の、あるがままの覚悟。
失敗したなら失敗したで、それが今の実力。
悔しかろうが、怖れる様な物では無い。
階段を登り切り、見えた広間。
立ちはだかるは、巨体。
宝石の様に怪しく光る赤き鱗、鮮烈な明月の如くギラつく金の瞳、鋭い鉤爪と牙は、まるで達人の持つ刀の様に、濃密な死の気配を放っている。
それはまごう事なき、力の象徴——
——ドラゴン。
決戦だ。
「バフを掛けろ『ドラゴンスキン』『ドラゴンネイル』」
指示を出し、強化系統のバフを掛けていく。
ドラゴンスキンはドラゴンスケイルの上位アーツで、防御力と火耐性、竜耐性なる謎属性の耐性を上げる他、攻撃力、もとい腕力にもバフが掛かる。
ドラゴンネイルの方は、腕力にバフが掛かる上に武器にもオーラが付いて、攻撃力の上昇と竜属性なる謎属性の付与が発生する。
更に——
「『ドラゴンチャージ』! 『パワーエール』にゃ!」
ドラゴンスキンを掛け終えたネネコが、魔法強化のドラゴンチャージで強化した専用魔法、パワーエールを掛けた。
赤いオーラが纏わり付き、能力を更に向上させる。
フードバフによる火耐性、竜耐性、腕力強化も乗っているし、これが現状出せる最大攻撃力と言う事になる。
「左右展開! 召喚」
呼び声に応じ、次々とドラゴンの左右にモンスターが召喚される。
所詮囮にしかならないが、一時注意を引くだけで十分な働き。
警戒しつつ接近し、モンスター達が竜へ挑み掛かるのを見る。
俺の召喚した竜は、5倍はあろうかと言う敵の体躯に怯まずブレスを吐きながら接近し、巨大な鉤爪に叩き潰される。
流石に強化しているから一撃でとは行かないが、あれだけでもきっと物凄いダメージだろう。
そこへ次々と小振りの竜達が群がり、遅れて足の速いモンスターが竜へ攻撃を仕掛ける。
次の瞬間——ブレスは放たれた。
至近で受けた竜達が一瞬の内に青い粒子へと変わり、射程内にいたモンスター達の多くがただの一息で死滅する。
生き残った者も虫の息だ。
だが、それで十分。
——射程圏内だ。
「やれ!」
一声に応じ、即座にミヨの魔法が放たれる。
「『ドラゴンブレス!』」
ドラゴンチャージによる強化が施された竜のブレス。
広範囲高威力の攻撃はしかし、火竜にはそう大したダメージにならないだろう。
狙いは視界を封じる事。
煩わしい火を厭う様に首を振る竜へ、次に放たれたのは佐助の武技。
「『マルチプルドラゴンシュート』」
赤いオーラで形成された4匹の小型竜が飛翔し、竜の頭部へ着弾する。
弾けたのは、水の爆石。
竜の明確な悲鳴が響き、ドラゴンブレスの炎と合わさって水蒸気が爆発する。
この専用武技の恐ろしい所は、本来使い捨てのそれら投擲物を、MPでコピーして飛ばす事。
投擲物は投げても投げなくても良いと言うとんでも武技だ。
その分模倣の投擲物は威力が落ちるが、投擲の問題点を解決する代物である。
これに続けて、超必殺級の武技が6発放たれ、竜の胴や首に着弾、血飛沫が舞う。
「ネネコ、テルマ! 行けるな!」
「任せて!」
「行けるにゃ!」
左右へ大きく旋回し駆ける2人に先んじて、竜の目前へ飛び出す。
竜系専用武技の8連発を喰らった竜は、その頭や首、胸元の鱗を剥がれ、ズタズタに引き裂かれて激しく出血している。
その怒りの視線と目を合わせ、堪え切れずに笑みを浮かべた。
「ははッ!」
挑発混じりの笑みに、竜は体勢を崩しながらも牙を剥き——
「『ドラゴンクロー!』」
生じたのは、強化されたドラゴンクローによる、竜の巨大な鉤爪。
振り下ろされたそれと竜の放ったブレスが衝突——
——炎を切り裂いて、竜の鉤爪は首へと炸裂した。
浅い。だが想定済み。
竜の背後から声が響く。
「『フレアプレス!』」
「『ドラゴンクラッシャー!』」
出現したのは、巨大な猫の手と牙剥く竜の頭部。
猫の手が竜の首根っこを叩き、崩していた体勢を更に崩す。
下がった首へ竜の顎門が牙を突き立て、その3割近くを食いちぎった。
ダメ押しのフレアプレスによる爆発。
今度こそ竜は完全に体勢を崩し、地面へ倒れ伏す。
さぁ、大詰めだ。
倒れた竜の前足へ、技後硬直を終えた皆の必殺級武技が殺到し、上体を起こす事を許さない。
特段指示をしたわけでは無いが、流石の連携だ。
首への動線が全く途切れていないのが、彼等の練度の高さを示している。
硬直から抜けるや、俺は即座に駆け抜け、竜の首の真横に立つ。
煮えたぎる様な血が湧き出るそこへ大剣を掲げ——
「『ドラゴンキラー!』」
——断頭の一撃を振り下ろした。
巨大化したオーラの剣は、前のそれよりも明らかに濃く顕現する。
対する敵も、ここぞとオーラを纏って、防御力と再生力を上げて行く。
血より尚強く溢れ出したオーラは、それそのものが攻撃でもある様で、追加HPがガリガリと削られて行くのが目に入った。
——流石は竜。
この弱点を押さえられ、酷く抉られた状況で、未だ抗おうと言うのだから化け物だ。
おそらく、このままでは押し負ける。
そう、このままならば——
次の瞬間、巨剣から竜のオーラが溢れ出す。
具現化した竜は、首を引きちぎる様に抑えながら、再生が始まったそれへ牙を向いた。
敵のオーラを切り裂いて、残る鱗を噛み砕き——
——竜の首は刎ねられた。
ブチリブチリと引き裂かれ、勢い余った頭部が吹っ飛び地面を転がる。
大量の血が溢れて、地面を赤く染めて行く。
これじゃあ血濡れ鼠だな。
そんな事を思いつつも、強力な超必殺を使った反動で怠い体を持ち上げ、血の池から歩み出る。
勝利の歓声も上げず、じっと待つ皆に、手を挙げて応えようとした所、ふと気付いて足を止めた。
——血の池は、未だ広がっている。
敵が未だ、青い粒子に変わっていない。
不味いッ——
振り返るよりも早く、音と、最近なんとなく感じられる様になって来た気配としか言えない物で未だ生きているだろう竜を探り——それが動いていない事に驚いた。
首だけで振り返り、横目に竜の骸を見る。
最初ほどでも無いながら未だに血が溢れており、薄く痙攣する竜の骸。
続けて刎ねた首を見ると、その瞳と目が合った。
殺意の籠った、生きた瞳。その顎門は大きく開かれて——
——刹那、炎が溢れ出る。
「っ」
驚き下がろうとするも、その炎は余りに小さく、此方に届く様子は無い。
……魔石や竜玉は心臓の近くにあると聞く。首だけではMPが足りなかったんだろう。
それにしても……首一つになっても竜、か。
間も無く、竜の体は青い粒子へと変わり、最後に炎の赤が俺の頬を撫で、宙へと溶け消えた。
「……届いたなぁ」
目算が甘かったか、それとも竜の執念の成せる技か。敵ながら天晴れ見事。
手を挙げ勝利を宣言する前に、剣を地面へ立てて、少しだけ祈る。
碌に埋葬も出来ない戦場で戦友を送る略式の葬送だ。
特に意味は無い。
ただ一時、静かな時間が流れた。
◇
勝利の宣言と共に、ノリ良く11人が拳を突き上げ、声を上げる。
MPを振り絞る賭けに近い一瞬の戦いだったが、やはり超必殺級の武技は消耗が激しい。
ややゆっくりながらも、ドロップ品の回収を進める。
手に入ったのは、瓶に入った血が沢山に、割れた鱗や綺麗な鱗、中々の大きさの甲殻に、角や牙、爪。それから翼膜、尾、骨に肉。そしてメインの、魔石と竜玉。おまけに眼球が一つ。
前回の様に武器が手に入る事は無かったが、そこにあるのは宝の山。
眼球と尾はイマイチ使い道の分からない素材だが、鱗は鎧に、甲殻は盾に、角牙爪は武器に使えるし、血はそれらの強化に使える。
この中で欲しいのは、竜玉と魔石に、佐助の武器種を増やす為にも翼膜は欲しい、後はテルマ、ミヨ、ネネコの武装強化に血と、フードバフ用に肉——
——不意に、視界の端を影が過ぎ去る。
見上げたのは、幾つも開いた巨大な窓の外。
「なん——」
次の瞬間、無数の人影が空を駆けた。
「っ」
直ぐに窓際へ駆け寄り、雲に覆われた空を見上げる。
人影は塔の最上階であるこのフロアを優に越え、雲へと迫った。
刹那、雷が迸り——巨大な鳥が現れる。
——ケエェェンッッ!!
咆哮が響き渡り、塔全体がビリビリと揺れた。
無数の雷が雲間を切り裂く。それは然ながら雨の様に。
地鳴りの如く響き続けるそれは正しく——
——天変地異そのものだった。




