掌話 ラースの道 三
第八位階下位
ヘカトンケイルの全ての攻撃を退け、全ての精神力を消耗させて打ち倒したキースの元へ降りる。
「見事な戦いだった」
「……見苦しい所を見せただろうか」
「いや、強敵が突如として現れた時、不足なく反応出来ていると言う事だ」
「成る程……まだ修行が足りない、か」
肩を竦め、思うがままにさせる。
我々は強い我を持つ。意見はあくまで参考だ。
「此処に来た理由は……例の話だろうか?」
「あぁ、キース。お前を勧誘に来た」
「そうか」
ぐっとキースは目を瞑った。
それは僅か一瞬、瞬きよりは長い一瞬の事。
どんな思いがあったか、瞼を持ち上げ、此方を見据える彼は、頷いた。
「……俺はかつて、安住の地を守る為、力を求めた。安全が確保された今も、その思いは変わらない」
「偉大な主人の恩義に報いる為、共に行こう、キース」
伸ばした手を、彼は握った。
「俺で良ければ、何処までも」
◇
激闘の余韻を残しつつ戦場を去る。
やはり、ドラミールの戦闘力は並外れている。
ヘカトンケイル達の支配者、ギュゲスの幻影は、ヘカトンケイルを蹴散らしていたキースより僅かに下程度の戦闘力だ。
そのギュゲスを、キースがヘカトンケイルにしていた様に、全ての攻撃を相殺し、精神の完全な消耗を強いた上で勝利した。
俺にそれが出来るか? 否だ。
倒す事自体はそう難しく無いが、自由自在に常時変動する攻撃の波全てに対応し、相殺し続けるのは困難を極める。
基礎精神力も然る事ながら、凡ゆる演算練度に置いても尋常ならざる実力。
しかし、別次元と言うには背中が見えている。
遠いとは言え見えているから、その背を追わざるを得ないのだ。
先を行く同胞の足跡を見据え、俺もまたその後に続く。
今やるべきは、回廊に星を連ねる事。
次の標的はモー。
フーにコンタクトを取ろう。
◇
フーの仲介を得て、モーは特に否やと言う事も無く回廊に連なった。
彼等が特段の波乱も無く俺の眷属に収まるのは、古参の一人と言うネームバリュー故だろう。
何故か頭に乗るフーと背にしがみつくモーをそのままに、練気をしながら休憩所行きの時を待つ。
……主人様が休憩所などと言うから休憩所と言っているが……上位環境迷宮のボス並みの怪物が闊歩するあの場所を休憩所などと本気で言っている者がどれほどいるやら。
……だがまぁ、それくらいを目指せと言う主人様の訓示だ、我等はただ成し遂げるのみ。
それにしても高い目標ではあるが。
そんな事を考えながら瞑想を続けていると、不意にそれは現れた。
竜寝殿の中央から飛んで来たのは、竜人の女。
人と言うにはあまりに大きく、また体のあちこちが太かったり、結晶の刃が生えていたり、鱗だらけだったりと、中途半端に人化している。
「お、おい、お前!」
紫色の髪らしき物と紫の瞳。感じられる属性は毒。それから斬。
毒刃竜・クーラート・メタリオンか。
彼女は極めて喋り辛そうに問うて来た。
「ふ、フーと、モーを、ど、どうするつもりだ!」
「眷属にした」
「りょ、了承は、し、したのか!」
フーとモーが頷く。
「そ、そんな……!?」
暫し愕然とした彼女は、ほぼ竜に戻った顔で、キッと此方を見下ろした。
「も、もう少しだったんだ! 覚えていろよ……!」
直ぐ様飛び去ったクーラートを見送り、2人に問うた。
「……先約があったか?」
2人は高速で横に首を振った。
……まぁ、必要とあらば主人様が調整なさるだろう。
しかしクーラートか、後の禍根になるやもしれん、憶えておこう。
◇
休憩と観戦を終え、向かったのは主人様の元。
狐人の姿をした主人様は、元ルベリオン王国王城にいた。
大きな玉座に腰掛ける主人様の両端には、エスティアとティアーネの2人が侍り、主人様の尾や耳、髪などを執拗に撫でている。
俺はそれらに膝を付き、首を垂れる。
「成る程、クーラートがね……勘違いさせちゃったかな」
主人様の御心を測り違えたか。新入りなら然もありなん。
「人化出来たら小動物と戯れさせてあげると言ったんだけどね。フーとモーが余程欲しかったのかな」
「如何に解きましょう」
誤解なれば解くのは早い方が良い。
主人様は微笑んで仰った。
「いや、そのままで良いよ。突っかかって来たら相手してやりなさい」
「! 仰せのままに」
首を更に深く垂れ、その御心へ拝謁する。
読み違えを利用しクーラートの克己心を奮い立たせると同時に、俺自身を鍛える相手とする。
見事な策。
「フーとモーに伝えて」
「拝聴します」
「クーラートが君達が欲しいからラースに挑むらしいよって僕が言ってたって」
「必ずや」
俺だけで無くフーとモーにも試練を課す。一石二鳥の妙手。
流石は主人様だ。
「ふむ、となるとフー・フランもモー・アザドも奮起せざるを得ないな」
「うむ、何せ星の回廊により自らの錬磨が即ち全体の強化になる」
「しかしそれ程嫌がる事なのか?」
「公的にクーラートの物になるのが嫌なんだよ。僕が手に入ったら一生抱き締めるでしょ?」
「「確かに」」
一度許せばその後も、公的になれば一生に、自由を縛られ鎖で繋がれるのを良しとしないのは分かる話だ。
だが主人様に鎖に繋がれるのならば、何事をも構うまい。
そう思うのは主人様とクーラートの器の差故だろう。
見下ろす主人様の視線、ご下命を待つ。
「報告ご苦労、下がって良いよ」
「は!」
「存分に励みたまえ」
「主人様の御心のままに」
背を向け、その場を立ち去る。
いつ、如何なる時でも、主人様は我等を導いてくださる。
俺もまた、これからは率いる者として、皆を導いて行く事になる。
主人様の様に偉大な光となる事は出来なくとも、せめて足元を照らす程度の光にはなって見せよう。
それが俺の成すべき事であり、歩むべき道なのだから。




