掌話 ラースの道 二
第八位階下位
休憩所で暫しの観戦と休息を経て、次に向かった。
目的は、キース。
空から見下ろした彼は、一人薄暗い深淵の迷宮を歩いている。
静かな歩みに見えるそれはしかし、次の休憩所へ向けて苛烈な練気と循環を行なっている。
襲い来る敵は、その全てを、倒せるギリギリの気で打ち砕く。それも、使うのは接触の瞬間に練った気のみ。
感知と操気、練気、それから思考加速の基礎トレーニングだ。
バチリバチリと影の魔物が弾け飛び、徐々に強く、数も多くなるそれ等を尽く破壊する。
その進軍はやがて巨人の棲まう最深部へ到達し、ヘカトンケイルと相対した。
キースがそれへ接近するや、生じた無数の魔腕が津波の如く襲い来る。
対するキースは特段慌てる事も無く、同質の魔力を合わせてそれを迎撃した。
激しい魔腕の衝突は、余波で突風を引き起こし、深淵に轟音が響き渡る。
戦いの気配を感じてか、あちこちからヘカトンケイルが寄って来る。
それとは別に強大な気配が俺の真横、やや上に飛来した。
「……」
「……ラース」
ギロリと横目で此方を見下ろすのは、ドラミール。
「……言っておくが、ボスは狩らない」
「……当然です」
すっと威圧が消え、ようやく隣に並ぶ。
……そんなに圧を掛けなくともルールは破らんのだがな。
ドラミールの威圧でミスを連発するキースとヘカトンケイルの幻影を見下ろしつつ、そんな事を考える。
さて、ここに来た目的のもう一つを片付けようか。
「……ドラミール」
「なりませんよ」
「……そうか」
何を言うでも無い拒否に、俺は頷く。
然もありなん。元より俺はそこまでの器では無い。
「私はこのまま力を付け、竜寝殿を支配します」
「ふむ……大それた事を考えるな」
竜寝殿を支配するなぞ……大した野望だ。
何せあの地の支配者は、神竜に程近い力を持つ鏡界竜シテンに、神獣ベルツェリーアの分霊。五大賢者に数えられ神血を宿すミシュカ。どれをとっても神話の主に相応しい傑物。
その上、配下達もまた英傑揃いと来ている。
そして1番重要なのは、主人様が部外者を入れずに管理すると言った事だ。
それを覆すには相応の功績、もしくは実力が必要になる。
「……実を言うと、私は竜寝殿と縁があります」
「ほう」
ならば話は別だ。
縁の強度次第だが、縁があると言うのならば、部外者では無い。
「マレはかつて、邪竜にその身を侵され、瞳の力を用いてその身と魂を分離し邪竜から逃れたと言います。私はその、残された邪竜の化身と戦い……一度敗れています」
「ふむ」
「……言っておきますが、撃退は出来ているので実質勝っています」
「そうか」
「……」
一度敗れている、か……仮にマレとその邪竜を同一の存在と捉えた場合、どちらもマレに準ずる者に攻撃を受けた事になる。
同時に、どちらもそれを撃退していた事になる。
ドラミール自身が竜である事も縁として数えられるし、竜寝殿はかつてドラミールの友であった賢者ミシュカの母船だ。
これ等の縁を束ねても、やや遠いと言わざるを得ない。
しかしここに、神獣ベルツェリーアから加護を受ければ、その縁は竜寝殿と深く繋がり、十分な縁として認められるだろうが……彼女はそれを良しとしないだろう。
踏み台にする為とは言え、我等が主人、ユキ様以外を自らの上に置く事は決してあるまい。
ではどうするのか。
方法は一つ。
我等が主人がした様に、そこに棲まう全てを撃滅し、その魂を隷属させる事。
「……竜寝殿の全てを鏖殺するつもりか」
「まさしく」
勝者と敗者。その縁は、深い。
勝者は敗者の全てを喰らう。
敗者は勝者に全てを捧げる。
勝者は敗者を糧とし、その全てを内包する。
弱肉強食。力の掟は、世界に広く根付く、理の一つ。
本当の意味で全てを喰らうならば、その者の全てを掛けて戦わせるのが効果的だろう。
「決闘か」
問う俺にドラミールは苦虫を噛み潰したような顔をしながら頷いた。
「まさか……総力戦を仕掛けるつもりだったのか?」
「……私もそこまでバカではありません」
ええそうですと言う顔でよく言う。
「幾らお前でもシテンやベルツェリーア、ミシュカと同時に戦うのは無理がある」
「……私をバカにしてます?」
「その点決闘ならば、主人様の偉業に干渉せず縁を結べる。俺はその判断を支持する」
「……いややっぱりバカにしてませんか?」
「総力戦はバカのする事と言ったのはドラミールだ」
「……ふん、まぁ良いでしょう」
難儀な物だな、決闘を甘えと捉える戦闘狂の気は。
襲い来るヘカトンケイルの群れと激しく争うキースを見下ろしつつ、暫しの時を待つ。
「……ところでラース、貴方の方こそ、竜の枠はどうするのです?」
「現状では特にいない」
適正な武人に心当たりが無い。
「ならばカーレスタはどうでしょう?」
「あれは精霊神教に籍を置いている」
今はまだ縁は殆ど繋がっていないが、遍く光の神天明神も、夜と眠りの神乖黎神も、恵みと目醒めの神醒栄神も、循環と浄化の神廻悠神も、天の気の神狂飆神も、大地の息吹の神憤禍神も、やがては一つの神話に纏められる。
おそらく創生と同時に再誕の神話となるであろうそれは、強大な力が約束されている。
そこに憤禍神の神獣として籍を置く彼女を引き抜こうと言うのは、些か以上に無理がある。
「ではヴォルガイユの王、ナオは?」
「ヴォルガイユは竜寝殿の巨大派閥だ。それを引き抜いては竜寝殿の格を落とす。それは当然望むまい?」
「たかが蛇の群れ程度……と言いたい所ですが」
流石のドラミールを持ってしても、ナオ・ユーロン率いるヴォルガイユ一派はたかが蛇の群れには落ちないか。
此方としても、龍に程近い彼の竜帝を部下に出来るなら望ましいが、竜寝殿を構成する五大竜種
、ドラゴン、ラオヴィクス、ルナマキア、トルティガン、ヴォルガイユから一種族を引き抜くのは、その格に大きな影響がある。
まぁ今後は、更にハミリオンとザントマスが加わり七大竜種になったり、現状兄妹しかいないながらも、安定した亜竜である蛙竜ラナノードを増殖させ、八大竜種にするなど色んな話は聞くが。
「では……モーなどはどうでしょう」
「モー・アザドか……」
「彼ならばフー・フランとも仲が良い様ですし、やや扁平ながらも細長い四足獣で竜よりも龍に近しく、またユニーク個体故に種としては竜寝殿に大きな影響を与えません」
「確かに」
モー・アザド。
フーの様に戦闘へ熱心では無いが、事噛み付きに関しては、モルドの奴にも近しい根性を見せる。
噛まれた相手が彼の天童、ツァールムでなければ、或いはそのまま喰い千切られていたやもしれん。
「しかし良いのか。モーは種としては大勢に影響無くとも、個としては並では無いぞ」
「それを言ったら私はフーを引き抜かれた事の方が嫌ですが」
じとっと見下ろすドラミールから視線を外す。
「……まぁ、知らなかったから仕方ない。と言う事にしておきましょう。それに、何より……ユキならば、折角仲が良いならばと、それを利用した筈ですから」
「それもまた確かに」
そうこうしている間に、キースが全てのヘカトンケイルを退けた。
さて、勧誘しに行くとしよう。
「ドラミール、助言感謝する」
「ふん、露払いを待つ間の退屈しのぎですから、感謝はいりませんよ」
「では、主人様にドラミールに助けられた旨、伝えておこう」
「……そ、そうですか」
分かりやすく嬉しそうな顔をする。
「戦う様は見させて貰おう、武運を祈る」
「……そちらこそ……いえ、言うまでもありませんね、では」
一息にギュゲスの居城へ飛び去ったドラミールを見送り、俺は地上に降り立った。
飛翔し、ギュゲスの元へ向かいながらも、思考する。
——ラース。
自らを凡夫と定め、苛烈な努力を重ねる——天才。
彼はあまりにも哀れだ。
ユキに直接選ばれた身でありながら、自らを凡才と定めたのは、同時期に選ばれた者達が異常な天凛を持つが故。
何せあのクリカに、あのサンディア、モルド、アルネウム、レイエルと来ている。
誰もが、神群の長を名乗るに相応しい力を持つ。
あんな者達と比べれば、彼は確かに、才が無いと言わざるを得ないだろう。
だが、才とは磨く物だ。
ユキに磨かれたその才は、既に彼を、異常な天凛の端くれに立たせている。
ユキの判断が間違っている事は無い。
ならば、ユキは彼を、ラースを、神群を率いるに相応しい器と判断したのだ。
その点で言えば、私は彼に、激しく嫉妬している。
そして、その感情すらも、全てはユキの思惑通り。
私も才を、磨きましょう。
自称凡夫の天凛に、追い抜かれぬ様。
全てはユキの御心のままに。




