第39話 終幕
第八位階下位
先手を打ったのはユーシア。
接近戦のリスクを感じたか、放ったのは砂塵のブレス。
6つの砂塵は混じり合い、大きな1つの激流となって邪悪を襲う。
対するは、黒き砂塵。
それらは、ほんの一部を対消滅させながら衝突し、周辺に破壊の嵐を齎した。
地面が捲れ、木々が吹き飛ぶ災禍の中、妖精達はと言うと、リェニの結界に守られて戦いをじっと見詰めている。
妖精郷に直ぐにいれないのは、戦いを見届けたいと願う皆の意思を尊重しての事だ。
長く感じる激しい拮抗は、やがて終わりの時を迎えた。
元より収束率の高かったユーシアのブレスが黒い砂塵を弾き飛ばし、化身の肉体を切り刻む。
——次の瞬間、八方から飛来した邪気の剣がユーシアを襲った。
1本は手に持つ剣で、もう1本は咄嗟の砂盾で、5本は蛇達が打ち払うも、防ぎきれなかった1本がユーシアの左手を貫き、即席の砂盾を貫通した剣はユーシアの右腕を浅く傷付けた。
刃は一瞬の内にその形を流体に変じさせ、傷口からユーシアの腕を侵食する。
『っ!?』
ほぼ同格たるドーラやグオード、ファニエなら、即座に腕を切断する判断を下しただろう。
しかしユーシアの戦闘経験ではそこまでの即断は出来ず、意識を回復に向けた。
それは、大きな隙だ。
同時に、集団戦の経験からか、傷を負ったユーシアは下がろうとして、はたと動きを止めた。
余りに大きな隙に、放たれたのは、先と同じ、黒き砂塵。
対するは、一拍遅れた5匹による砂塵ブレス。
そこから更に遅れてユーシアがブレスを放つも……あまりに遅い。
近場で炸裂するブレスは焦りを誘発し、焦りは演算を乱す。
腕の侵食を押し留め、ブレスに力を割くには、経験値が足りなかった。
急速に押し負ける事で焦りは一層強くなり——
——刹那、大蛇の幻影がユーシアを覆った。
ザングランスの魂片を利用した補助人格だ。
普段はユーシアの中で練気を手伝っているが、観測された有事の際に、補助人格の任意で発動出来る。
ベースが甘ちゃんなので頻繁に発動するのが目に見えている。
補助人格の顕現により、ユーシアから焦りが消えた。
ザングランスの援護を受け、砂塵ブレスは一層強度を増すと共に、間隙を狙った邪悪の小手先の技を、今度はちゃんとした砂盾を展開して迎撃する。
ユーシア達は再度黒き砂塵を打ち貫き、邪悪を更に切り刻んだ。
威力減衰があるとは言え、ユーシアの、ザングランスの切り札である砂塵ブレスを 2度受けても倒れない。
総エネルギー量は此方が上で、演算補助装置が実質6個付いているに等しい。
それでも押し切れないのが、本来格上たる所以だ。
黒い砂塵ブレスを容易く打ち抜けるのは、そもそものザングランスの神性、砂塵を払うと言う性質の影響が大きいだろう。
また、白い夜の詩片は今紡がれているが、その結果は既に決まっている。
確定した勝利の神話、その強制力は神気に現れ、ユーシア達をそこはかとなく強化している。
神気と言う物は、ほんの少しでも勝手に動いてくれると言うだけで、それを使えないそれ以外の者共を駆逐し得る。
流石に意図して動かせる者には足元にも及ばないが、条件を揃えれば神格を下ろし神気を付与出来ると言うのは、それ以外の木端は勿論強者とて、数を増やせば対応出来る可能性がある。
やはり、神話や伝承を持つ現神の類いは、集めておいて損の無い代物だ。
或いは、その討伐自体を神話の一幕とし、神話を吸収して力を奪う事も可能だろう。
具体的には、今のザングランスの様に、その魂と神話をスキルと言う形で取り込んだり、それら複数を掛け合わせて新たな神話を形成したり。
利用価値は様々考えられる。
その為にも、貴重なサンプルデータとして、詩片を紡ぐユーシア達はしっかりと観察しよう。
技巧を凝らし、質を練磨し、時に量を増やして放つ黒き砂塵、剣、閃光、または邪眼。
邪神の眷属たる黒蛇は、蓄えた小賢しい知恵の限りを尽くし、数多の技を持ってユーシアを攻める。
対するユーシアも、ザングランスの援護を受け、蛇の弟妹と協力し、技を、質を、量を、迎撃して行く。
その技全てに、勝利の神性が混じっているのを感知した。
やはり本来の勝利の神性とは、決められた勝利に付随する物なのだろう。
勝利概念の神性が度し難い性質をしているのは、工程を省き、因果の収束点を引き寄せているからだ。
問題を計算で解くのでは無く答えでぶん殴るのが勝利の神性である。
ユーシアは、暗闇その尽くを退け、まるで詰将棋の様に、堅実に確実に、邪神の眷属を追い詰めて行く。
その様は正に……盤上で踊らされるピエロそのものだった。
一歩、また一歩と、邪神の眷属を追い詰める。
それは正しく神話の如く。
ゆっくり朝が目覚める様に。
ゆっくり夜が寝付く様に。
激しい戦いは緩やかに終息し、終わりを前に、ユーシアは手を止めた。
見下ろしたのは、ほんの一瞬。
そこに浮かぶのは、本懐を遂げた喜びか、消え行く母の骸への嘆きか。
ユーシアは両手を邪悪へ向け、口を開いた。
『消えなさい……!』
放たれ砂塵ブレスと閃光、砂の矢の雨。
包み込む様に広がるそれは、負の力と対消滅を起こしながら骸を切り裂いて——
——詩片は此処に、紡がれた。
『リェニ』
『うむ』
僕の命令に応えたリェニが、光球を操り、邪悪の魂魄を消滅させる。
此処が、300代止まりと600代の差だ。
弱っているからと倒したとしても、魂魄を感じられなければ勝ちの目は無い。
それはさながら、盤外から殴られる様な物である。
……まぁそれでも、油断せずにユース神の権能、真実の瞳を行使していれば見抜けた可能性は十分ある訳だが。
そこまでをレベル2桁の子供に求めるのは酷という物である。
《【緊急クエスト】【大陸クエスト】『冥府を這う者』をクリアしました》
さて、神の撃ち漏らしだ、報酬は如何に?




