第35話 青い導き
第五位階下位
救うと言ったが、しかしどうした物か。
加速された世界で悩んでいると、ユキさんはさらっととんでもない事を言った。
『あの子に倒させるんだよ。邪神の欠片を』
『んな無茶な』
どう考えても無茶だ。
単に化身を倒すだけでも無茶なのに、相手はレベル500相当の邪神の欠片。100にも満たない人1人で倒せる様な代物じゃない。
そりゃユキさんなら楽勝かもしれないけど、彼女は“人”であって“ユキさん”ではないんだから。
『良く見たまえ。奴は力こそ衰えの無い様に見せているが、その実大きく消耗している。格こそ500はあるが、深淵に宿す負の残量は350程度だ』
『350……』
大きく減った様に見えて、下々から見れば化け物なのに変わりは無い。
仮に手助けするとして、俺とフタバの魔力資源はレベル100少々2つ分。
それから、彼女とその弟妹達の魔力が……ざっくりレベル100少々。
そして……破損した魂と信仰の分は180程度、と。
となると? ……レベル250分程度になると。
足りない。全く足りない。
仮に魂の貯蓄エネルギーを消費して良いなら足りるだろうが、少しでも削れると致命傷である手前不可能。
となると他の場所からエネルギーを持って来ないと行けない訳で……そう言えばアニスさんがいるな。
となると……つまり……ユース神の加護を受けさせる様に神獣ザングランスの神話を再編しろと……?
『ご明察』
『いやいやいや』
無理無理無理。
ついさっきそれで神が生まれたじゃん。俺達くらい一睨みで消し炭に出来る様なのが。
それと同じ事をしろって? 無理無理。流石に無理。
『あぁ、成る程……神話を作るのは流石に私達ではちょっと……』
『まぁ、だろうね。だから君達が作るのは、その雛形だ』
『『雛形……?』』
『うむ、望むままに動けと、僕は最初にそう言った。情報を繋ぎ合わせ、君達の出来る最善を成したまえよ。不足は僕が補おう』
そう、か……雛形、つまり物質領域と一部精神領域を繋ぎ合わせ、俺とフタバがやった様な事、魂の合一と肉体の錬成をするだけ。
それで出来た雛形を、ユキさんが手直しして、神話を紡ぎ、アニスさんの加護を与える。
それなら、俺達は、自分の出来る事を、出来る限りやれば良いだけの事。
『さぁ、早く。神獣の死は今尚辱められている』
『……そうだな』
器だけとは言え、解放してやらなきゃな。
◇◆◇
妖精の神としか思えない程に強大な力を放つ、リェニ様と言う方が、母様へ振り返った。
そうと思った時には、体が動いていた。
「待ってください!」
何の意味も無いかもしれないけど、両手を広げた。
「母様なんです!」
母様。間違いなく、母様。
母様がこんな事する筈が無い。きっと、きっと何か理由がある筈……!
見上げた視線の先に、ドーラ様とグオード様がいない事に気付いたのは、何かが背中に当たった時だった。
「っ!」
「ユーシア、下がりなさい」
肩に添えられた小さな手が、私を強く、押し除ける。
「まっ——」
振り向こうとしたその瞬間——
「おい」
声が聞こえた。
やけに耳に残る声だった。
前に出て来たのは、2人の男女。
その内男の人は、何処か、父様に似ていた。
「惑わされるな」
「な、にが……?」
憂いを帯びたその表情が、父様の最後と重なる。
「ユーシア・オルカン・ジェヴノー、お前の大切な者は、お前の中にある」
◇
はっと気付くと、そこは真っ白な世界だった。
体に弟妹達が巻き付いているのを確認してから、辺りを見回す。
「……ここは……?」
何も無い。
まるで濃霧に迷い込んだかの様に真っ白で、しかし何故か自分の体と弟妹達だけは良く見える。
何か声が聞こえた気がして白い空を見上げると、青い光がサラサラと落ちて来た。
光は私達の周りを漂い、ふわりふわりと纏わりつく。
「これは……?」
温かい光だった。
光の粒はやがて一つの線となり、まるで私達を導くかの様に虚空へ伸びていく。
見上げたその先には、大きな蛇がいた。
「母様!」
どうしてとか、いつからとか、そんな疑問は、駆け出してから沸いて来た。
頭を下ろした母様に飛び付く。
根拠なんて無い、ただただ触れて、直感した。
あぁ、母様、母様だ……!
その温もりは、思えば祈りの時、寝る時、起きた時、感じていた気がした。
「母様……」
母様は軽く頭を押し付け、離れる。
じっと見下ろすその瞳は、あの日と同じ、憂いと、少しばかりの悲しみと、無限の愛に満ちていた。
母様が薄く光を纏う。
光は一層明るく輝き、小さな粒子に解けて、私達の中へ入って行く。
次第に視界は光で覆われ——
——あぁ、母様、ずっと私達を見守ってくださっていたのですね。
◇
気が付くと、森の中に戻っていた。
或いは今のは夢だったのかもしれない。だけど胸の内には、確かな温もりが宿っていた。
父様に似た男の人と、それに良く似た表情をする女の人、2人は私にこくりと頷くと、此方へ歩み寄る。
何かするのかとも思ったが、生憎と今、私は、私達はそれどころでは無い。
振り返り、黒に染まる母様の骸を見上げる。その内に宿る邪悪な愉悦を、私は今、確かに感じていた。
今、私はどんな表情をしているだろうか?
弟妹達が顔を上げ、鋭い威嚇の声を響かせる。
「……ユーシア?」
「……」
私を守ろうと前に出てくれた、ドーラ母様とグオード父様が私を見上げる。
こんな気持ちは、初めてだ。
かつては悲しみだけだった。
多くを失い、ただ嘆いた。
今はどうか?
力を得ても未だ足りず。不甲斐なさばかりが幅を利かせる。
それでも、勝てないと知っていても……。
そこに、今までずっと感じていた恐怖は無かった。
一掬いの悲しみは、湧き上がる熱に押し出される様にして、一筋の雫となって零れ落ちた。
——怒りだ。
抑えの効かない、激しい怒りだ。
許せない。断じて。
母様を殺し、剰え母様の身体を乗っ取り、今、ドーラ母様とグオード父様、ファニエ様や皆を、母様の姿で追い詰めた外道。
何より、それを母様と思い、少しでも守ろうと、縋ろうとしてしまった己の蒙昧に……!
震える私の両肩に、先の男女の手が触れる。
「力が欲しいか? アレに勝てるだけの力が」
「欲しいです」
即答する。
何だって良い、母様を冒涜するアレを、私の手で消し去れるなら。例え命を賭けてでも。
心残りはあるけれど、きっと私は、私達は、笑って逝ける。
「ならば強く願いなさい。想いは貴女の糧になる」
木漏れ日となって射す陽の導きが、今私達を照らしている。




