第33話 目覚めの朝日
第六位階中位
後方で幾度の光が弾けた。
星が降りそそぐ様に夜闇を切り裂く光は、何度も、何度も、何度も何度も、弾けて、弾けて……やがて消えた。
——まだ夜は明けない。
誰かを犠牲にしたのなら、諦める事は許されない。
駆けて、駆けて、駆けて、疲労困憊に倒れる者を休ませ、ひたすらに森を駆け抜ける。
散見される真新しい倒木を踏み越え、新たに生まれた、一つの希望へ向けて。
彼の者は、神がいると言った。
賢者様が預かり知らぬと言う事も無いだろう。
何か、計り知れぬ大きな力が、あるはずだ。
希望的観測かもしれない。それでも縋れる希望だ。
薄暗い森を駆け、駆け、駆けて、遥か遠い空が白み始めた頃、追い付かれた。
足の速い小集団。襲い来るそれ等を、グオードとドーラが切り捨てる。
距離を稼いだ筈だった。
だが、もう丸一日走り続けている。
如何に鍛えていようと、戦士達もまた、疲労の限界に達しようとしていた。
走る速度は、明らかに落ちている。
持って3日。だが、敵はそれを、待つ理由は無い。
邪気が迫るのを、感じていた。
これ以上余計な邪魔が入る前に終わらせるつもりなのだろう。
……結局、ダメなのね。
どうしても、どうしても、手札が足りなかった。打てる手が無かった。
これ以降、私に出来る事は、希望を未来に繋ぐ事のみ。
『グオード、ドーラ』
よろめきながら、足を引きずりながら、必死に前へ進む皆を見て、私は覚悟を決める。
これは諦めじゃない。
——最後の、足掻きだ。
響く声に、皆の足が緩やかに止まる。
集まって来た2人と顔を合わせ、頷いた。
這い寄る邪気へ、振り返る。
『全員、聞きなさい』
その声で、この状況で、多くの者が察しただろう。
『良く、ここまで付いて来てくれたわ』
恐怖にも、苦痛にも、一度として弱音を漏らさず、良く耐え忍んだ。
『散開し、東へ逃げなさい』
刀に手を添える。
もう、敵は直ぐそこだ。
『さぁ、早く!』
いつまでも逃げようとせず、むしろ私の声に抗って、疲労困憊のままに武器を構え、気を練り始めたバカどもに、私は振り向く事すら出来ない。
森を割いて、それは現れた。
木々よりも高い、見上げる巨躯。
まるで夜が歩いているかの様に真っ黒な躰。
——角持つ蛇。亜竜の形をした、邪悪の化身。
黒い霧が鱗から滲み、触れた草木が枯れて行く。
見下ろす大蛇は顎門を開き——
「……母様……?」
ユーシアが呟いた次の瞬間、口腔に闇が集束する。
私が、グオードが、ドーラが、得物に在らん限りの闘気を練り込む。
最早、何かを考える余裕は無い。
少しでも時間を稼ぎたかったが、そうと言っていられる状況は疾うに過ぎた。
敵は一撃で、終わらせる気だ。
此方はそれに、抗う以外の道は無い。
——集中する。
練り上げた闘気を、より強く、より鋭く。せめて奴の攻撃だけでも切り裂ける様に——
張り詰める戦場。いつ弾けるともしれぬ僅かな静寂。
刹那——それは舞い降りた。
「やぁ、なんとか間に合ったな」
聞き覚えのある、柔らかな声。
漏れ出る莫大な命の光。
尋常ならざる気を放つ六つの光玉。
振り返り、微笑むその余裕のある笑顔は、かつての古い記憶のまま。
「リェニ姉様……!?」
遥か昔、人を助ける為と森を去った民、ローシェの女王が、そこにいた。
不意に彼方から日の光が射す。
夜明けだ。
東の果てから、光が舞い降りた。




