第30話 見えざる残党
第四位階中位
度重なる敵の襲撃。
時に横から、時に立ち塞がる様に前に、時に食らいつく様に後ろから、それらを対処している間により防御の薄い所から、或いは上空から。
その襲撃は徐々に鋭さを増し、直実に消耗を強いられていた。
それは、日が傾き始めた頃の事だった。
「止まれ」
グオード様の指示で全員がぴたりと止まる。
次の襲撃は何処からなのか、そう考えながらとグオード様へ視線を向けると、グオード様は眉根を寄せていた。
「っ……大きな襲撃が?」
もしやと思いつつも、混乱を招かぬ様に落ち着きを装う。
果たして、グオード様は警戒する様に鋭い目付きで答えた。
「……前方に魔獣の死体が80程。どれも頭や胴体を一突きでやられている。戦闘の痕跡は少ない……」
誰かに伝えると言うよりも、整理するかの様な状況の羅列。
敵の度重なる襲撃よりも、強く感じられる、緊張。
「……これは、竜の力か? ……しかし、何故——」
そこまで言った次の瞬間、目の前からグオード様が消えた。
——鋭く高い風切り音。
それを掻き消す金属音が前方で鳴り響き、遅れて突風が吹き荒れる。
その音源、陣の前方へ視線を向け、息が止まった。
「ッ!?」
そこには、竜がいた。
馬程の体躯に、ギョロリと見下ろす目。翼は無いが、放たれる威圧感とグオード様の言葉から、それが竜だと理解した。
グオード様は竜の前に立ち塞がり、闘気の剣で、竜の長く鋭い舌を受け止めていた。
竜は直ぐに舌を引き戻し、グオード様は剣を構え直す。
暫しの静かな睨み合い。
次の瞬間、それは起きた。
「っ!?」
竜が消えた。
確かにそこに居たはずなのに、まるで蜃気楼の様に、竜がいなくなった。
感じていた壮絶な重圧も無くなり、何が起きたか分からないまでも、突然の脅威は去ったのか? そう油断しかけ、気付いた——
——グオード様が剣を下ろしていない……!
それどころか、グオード様は何もいない虚空へ剣を向け、その剣先をゆっくりと右へ逸らして行く。
次の瞬間——弾ける様な金属音。
響いた音で、ようやく何が起きたのかを理解した。
——3度だ。
今の一瞬で、グオード様は竜の舌を3度弾いた。
そうと思った刹那——グオード様が巨大な斬撃を放つ。
「ギィィイイッッ!!?」
耳をつんざく様な悲鳴に、虚空から飛び散った血と破片。
そうかと思えば、その先で木々が薙ぎ倒され、見えない何かが慌てて逃げて行くのがはっきりと分かった。
「キヒュ」
「っ」
今まで一度も聞いた事がない、弟妹達の空気が抜ける様な声に、びくりと震える。
ゾッとした。
何も出来ないどころの話では無い。
——何も分からなかった……!
グオード様がいなかったら、此処にいる全員が、訳もわからず全滅していた……!
ガクリとグオード様が膝を付く。
しかし直ぐに立ち上がり、声を張った。
「……脅威は去った! 東へ! 拠点はもう直ぐだ!」
何も分からない、だけど、グオード様が言うのなら、本当に竜は去ったのだろう。
間違いなく、襲撃を仕掛けて来た邪神の眷属とは別口の脅威。
あんな怪物が彷徨いているなんて……。
もう間も無く、中継拠点へ着く。
生きて、此方へ向かっている筈の、ドーラ様、ファニエ様、女王守護隊の皆が、心配でならなかった。
◇
あの後、敵の襲撃は嘘の様に止まった。
グオード様の消耗が大きく、警戒心が強まる中で、敵は一行に姿を見せず、あるのは定期的に転がる幾らかの死骸のみ。
大きな何かに貪られた様な死骸の痕跡から、あの竜が敵を殺しまわっていたのだと分かった。
暫く進み、辿り着いた拠点は……無惨な残骸になっていた。
ルテールのエルフ達がプラリネとの取り引きの為に作った、木と石の家々だ。
結界が張られていた筈のそれは、見たところ数日から数十日前に壊された様だ。
鉤爪の跡から、あの竜がやったのだと推測出来た。
エルフとの取り引きは月に一度あるか無いかだったらしく、幸いな事にエルフの死体やその痕跡は見つからなかった。
その後、グオード様の指示で木を切り倒し、壁、と言うよりも簡易的だが大きく頑丈な砦を形成、襲撃を警戒しつつ、休息を取る事となった。
怪我人の治療を終えた後、皆に休む様伝え、グオード様は1人、不寝番をする。
ドラジェの皆や戦士達は、休める時に休む様訓練されている為、既に小さな寝息が聞こえている。
一方民は、見習い戦士達こそ休めている者もいるし、疲労からか泥の様に眠っている者もいるが、多くは不安そうに身を寄せ合っていた。
……休む訓練、ちゃんとやっていれば良かった。
布にくるまり寝ている弟妹達を見下ろし、戦闘訓練にばかり傾倒していた事を少し後悔した。
グオード様へ視線を向ける。
「……出発はいつにしますか?」
「……敵次第だが、遅くとも日の出前には発つ、ごほっごほっ」
「っ! 何処かお怪我を!?」
急に咳き込んだグオード様に、慌てて顔を寄せる。
「いや、なに……先の竜の攻撃、一度受け損ねてな」
「なっ……」
「腹に貰った……治癒に手間取っているが、明日には治っているさ」
膝を付いたのは単に気を練った消耗だけでは無かったのか……。
「まぁ、そのおかげで奴の気が逃走か継戦かで揺らいだから場所を捉えられた。奴の気も覚えたし、2度目は無い」
「そうですか……」
安堵してから気付く。
私を安心させる為に断言したのだろうと。
剣に手を添え、周りには休めと言うのに立ったまま。
これから一晩、グオード様はずっとアレを警戒し続ける。
それがどれ程大変な事か……。
「……私に、力があれば……」
栓なき事を漏らす。
あの時から何も変わらない。何の成長も無い。何も出来ない。
陽の導きは見えなかった。
潤む視界、不意にグオード様の手が私の手に触れた。
「……年端も行かぬ子供だったお前は、この5年で十分やった。俺とて、この域に達するまで100年戦い詰めだったのだから、勤勉なお前ならば50年もあれば俺と同じくらい強くなっているだろうさ」
グオード様程の領域に、僅か50年で至れる物だろうか。
そんな筈は無いだろうと思いながらも、その不器用な慰めに、私は少し、笑った。
「……ふ、ふふ……50年も経ったら、私はお婆さんになってしまいますよ」
「っ……そ、そうか……人間の寿命は……そうか……やけに成長が早いと思っていたが……」
「…………エルフか何かとでも……?」
「いや……人と共に暮らした事は無くてな」
ははっと悲しげに笑み、頭を掻くグオード様に、私も微笑む。
私も、寿命なんかで、彼等に子供を失わせ無ければならないのだと、今更ながら気付いた。
あぁ……だけど、その前に……。
嫌な想像が過ぎり掛けたその時、パンッと小さな、乾いた音が鳴った。グオード様だ。
「そうだ! 確か人間も進化が出来た筈だ。ユーシアが勤勉なのは間違いないだろうし、進化する事で寿命は大きく改善される。我等と同じ時を生きられ——」
そこまで言った所で、グオード様が明後日の方向へ視線を向けた。
すわ、襲撃かと私も剣に手を添え——
「——来た」
「敵ですか?」
小声で問う私に、グオード様は振り向いて。
「ドーラ達だ!」
「!!」
壁の上から、グオード様が見ていた方向を見る。
薄暗い森は、私の目では見通せない。
「……」
逸る気持ちを抑え、じっと森を見下ろしていると、バサっと木の葉が舞った。
月明かりの元に飛び出して来たのは——
「ドーラ様……!」
次の瞬間、視界が真っ暗に染まった。
「ユーシア!」
頭に生じた軽い衝撃にふらつき、後ろへ倒れ込む。
「あっぶな」
グオード様の慌てた声が聞こえ、背中を小さな手が支える。
土と血の匂いに混じり、仄かに香る蜂蜜の香りに、私は心から笑った。
「お帰りなさい、お母様……!」




