第29話 苦悩
第四位階中位
響き渡る崩壊の音。
ずんとのしかかる様な重圧に、背筋を這い上る……恐怖。
慌てて外へ出ると、見上げた夕暮れの空に、キラキラと光の欠片が散らばっていた。
「賢者様の結界が……」
ファニエ様が呟くや、即座にグオード様とドーラ様が動いた。
「ファニエ! 避難の指示を!」
「私達が食い止めます!」
「っ……待ちなさいッ!!」
今すぐにでも飛び立とうとする2人を、ファニエ様が止めた。
華奢な姿とは裏腹に、その声はビリビリと重く響く。
「怪我人は避難指揮を取りなさい、それくらい出来るでしょ? 食料も運搬用の魔道具も宮の中よ。ドーラは突破口を開きなさい、里は囲まれていると思った方が良いわ。ユーシア、貴女もよ」
矢継ぎ早に指示を出したファニエ様は、その方向を睨んだ。
「プラリネに喧嘩を売った落とし前、きっちり付けさせてやるわ……!」
研ぎ澄まされた刃の様な声音。
何処からともなく青白い球体が現れ、気付くとファニエ様の手には剣が握られていた。
やけに剣身の細い剣だ。
鞘に納められて尚感じる強い気配。
私の持つ剣もプラリネの里で鍛えられた国宝級の代物だが、アレは別格。
「さぁ、行きなさい!」
「はい!」
「武運を祈る!」
「民は任せてください!」
声に応え、反射的に駆ける。
怪我も疲労も少しは回復した。私はまだ戦える!
◇
ドーラ様が先行して敵を倒し、グオード様指揮の元兵士達による避難誘導が行われる。
私はドラジェの戦士と共に、ドーラ様の援護を行い、皆の退路を築く。
西で戦うファニエ様の援護は、女王守護隊が担っているらしい。
「はぁー!」
「てぇー!」
やや気迫に欠ける叫びと共に、ドラジェの戦士が振るった剣から斬撃が飛ぶ。
それを受けた魔物は、元からそうであったかの様に真っ二つになり、絶命した。
彼等は小さい。だからこそ、戦士として認められるには、斬撃を飛ばせる闘気法が使える事が前提となる。
一方プラリネの戦士は、剣に魔力を纏わせる魔纏術が使える様になれば、戦士として認められ、女王から魔法剣を授けられるのだとか。
個の戦力としてはドラジェが上だが、プラリネは兵数が多く、その全員が魔法剣による遠距離攻撃が出来る為、ドラジェに劣る物では無い。
次々と襲い掛かって来る魔物はドラジェの戦士団により数を減らし、そうこうしている間にプラリネの戦士が駆け付ける。
少なくとも、東側は優勢だった。
「ユーシア」
「ドーラ様!」
魔纏術で外敵を蹴散らしていると、ドーラ様が戻って来た。
「東方の強個体は粗方倒して来ました。私はこのまま被害の大きい南側へ救援に向かいます、ユーシアはこの場の旗頭となり、兵包陣を築いて避難民を守ってください」
「はい!」
ドーラ様はニコリと微笑み、南側へ向かった。
私は直ぐに声を張り上げる。
「皆さん聞いてください! 此処に兵包陣を敷きます!」
先ず警戒すべきは北側。私は北を指差し、続ける。
「ドラジェの皆さんは木を切り倒し、彼方へ転がしてください! プラリネの皆さんは変わらず外敵の撃退を!」
ドラジェとプラリネの民は、合わせても3,000程。
人ならばかなりの範囲が必要だが、妖精達は体が小さいから、陣地は狭く済む。
外敵の警戒範囲も含めると、場を少し広めに作った方が良いだろう。
こんな手前で陣を敷いた所でとは思うが、無闇に逃げれば被害を大きくするだけ。
この陣地は、民に武器を持たせ、意思を統率する。
そんな生死を分ける僅か数分の為に築くのだ。
◇
陣地を広げ、外敵を屠り、定期的に上空へ魔法を打ち上げる事で、続々と避難民が陣の中心へ集まって来る。
西側ではグオード様の時と同じ様に、天変地異の如き轟音が鳴り響いているので気は抜けないが、それでも多少の余裕が出来た事で、周囲の状況が分かる様になって来た。
チラリと見たのは西側だ。
里と此処への短い森に、プラリネの戦士が5人ずつの隊を作り、避難民が逃げる道となっていた。
これはグオード様の指示に間違いない。
十分に陣地を広げた所で、空に大きな影が差した。
「ユーシア!」
「グオード様!」
大きな浮遊する絨毯に乗ったグオード様は、降りるや満載した武器を地面へ転がした。
「民へ武器を」
「はい!」
「良くやった、このまま陣地を維持してくれ!」
「お任せください!」
グオード様が宮へ取って返すのを横目に、声を上げる。
「皆さん、戦える者は武器を持ち、兵包陣の中枢壁を担ってください! そうで無い者は中心へ! 避難の準備が整うまで持ち堪えましょう!」
それから更に暫く、プラリネの戦士が浮遊する絨毯に民を乗せて何度か往復し、同じくプラリネの戦士が浮遊する宝箱に食料や医薬品、一部蒼輪花の種等重要物資を持って来たりした末、遂に避難の準備が整った。
戦士と一部民を連れたドーラ様が帰還し、同じく戦士団を引き連れたグオード様が戻った。
直ぐにグオード様が高く飛び、全員へ聞こえる様に指示を出す。
「これより、ルテールの里中継点を目指す! プラリネを先頭、ドラジェを殿とした二重尖陣を形成しろ!」
ゾロゾロと動き始める皆を見て頷くと、グオード様はドーラ様の元へ降りる。
「ドーラ、これを」
取り出したのは、赤みがかった球体。
「頼めるか」
「勿論」
「残り少ない、死ぬなよ」
「当然です」
浮いていた球体はドーラ様に付き、2人は暫し、額を合わせる。
私へ振り返ったドーラ様は、いつもの様に、ニコリと笑った。
「……ユーシア、私はこれから、ファニエを助けに行きます」
「っ」
その優しい声音に、今は亡き父様と母様の最後が過る。
「……」
何も言えない私に、ドーラ様はゆっくり飛んで、額を合わせた。
「大丈夫、私は死にません。なんたって、強いですからね」
溢れそうになる涙を堪える。
「どうか……御武運を」
ゆっくりと離れる温もりに、怯えすら感じた。
それをぐっと抑え、微笑みを返す。
「……いってらっしゃいませ……母様……!」
「っ……はい、行って来ますね!」
3人目にもなる、私なんかを娘と言って、守ってくれようとする母様。
その飛び切りの笑みを見届け、私はまた、祈る事しか出来ない。




