第7話 深淵を覗いて
第八位階下位
ロイ君一行に追い試練して、ダンピール側の対処が終わった。
吸血鬼の方も、タダシキ赦しを得た吸血鬼達は随時教育されている。
そこら辺にロードやノーブル、一般吸血鬼の差は無いが、特にロードクラスで罪業を重ねていない者には対応を変え、普通に教育するだけに留まった。
具体的な例は、やり方は違えど意識を上向けさせた、エングレイやアンテ、ウェンザードの功徳、その配下達だ。幾らかの罪は強制労働で償わせれば良い。
吸血鬼達において真に罪深きは、理想を持ち、力を持ちながらもそれを振るわなかったフォーレンとヴァンディワル、リブラの3人である。
そこに関しては、特段ダンピール等対外向けに罰する事は無いが、彼等が己等を罪深いと思い続ける限り、僕は彼等を罰しよう。
それもまた僕の成すべき役割故に。
そんな訳で、基礎学習を終えた一部ロードクラスに会いに行き、オグデンの功績を褒めたり、跪いたエングレイにサンディアの言う事を良く聞く様に言ったり、エレノアを煽ったり、アンリースに本格的な修行が始まる事を伝えたりした。
いよいよ、本命達との対話を始める。
◇
治した指輪と適当に拾って来た血の瞳のダンピールの幼女を抱え、フォーレンの病室に入る。
大きな窓から陽の差す部屋で、フォーレンはボーッと外を眺めていた。
「やぁ、おはよう」
声を掛けると、彼はゆっくりと此方へ振り返る。
僕はしがみつく幼女を抱えたまま椅子に腰掛けた。
「調子はどう?」
「……何故、生かす……」
開口一番に殺してくれと彼は言う。
それに反応したのは、僕の胸元に顔を埋めていた幼女。
ぴくりと動き、おそるおそるフォーレンを見上げた。
「……俺は、大罪人だ……生かす道理が無い」
「そうだね、君はとても、罪深い」
そう言って、僕は指輪を差し出した。
フォーレンは大きく目を見開く。
「これは……失われた筈だ……」
「元に戻すくらい僕には容易いとも」
ふらふらと、覚束ない様子で伸びて来た手、それは指輪に触れる前に止まった。
——分かっている。
大願を果たせず、ただただ罪に濡れた手で、これに触れる事が、彼にはもう、出来ないのだ。
だから僕は、彼の背中を一押しし、彼を甘い、罠に嵌める。
「……最後の願いを、忘れたかい?」
「っ……!」
必要な記憶データは参照している。
未熟な彼が愛した人の、今際の言葉を……生きてと願うその声を、彼が一度足りとも忘れていない事は把握済みだ。
辛そうに歪んだ顔。
おずおずと伸びて来た手が、指輪を掴んだ。
僕は押し付ける様にそれを手渡し、抱き直した幼女の頭を撫でた。
「それは、君が犯した大罪の内の1つ」
彼の罪悪感の根源。
彼女の遺言通り、過去に囚われず、今に生きていれば、幾らでもやりようはあったのだから。
美化された過去とそれに伴い膨れ上がる復讐心が、彼の目を眩ませ、行動を縛り、選択を狭めた。
そして……彼にとって最悪の大罪を、知らず知らずのうちに犯してしまった訳だ。
僕は幼女の顔をフォーレンに向けさせた。
指輪を通して過去を見下ろし、重ねた罪と向き合っている彼に、残酷な事実を突き付ける。
「君はこの眼を、知ってるね?」
ゆっくりと顔を上げた彼は、幼女の目を見て頷いた。
「……血の瞳だな」
「その詳細は?」
問う僕に、フォーレンは訝しげに、しかしやはり研究者か、目に少し生気を取り戻し、話し始めた。
「……ダンピールにのみ発現する特殊な瞳だ。ヴァンディワル由来の力であり、吸血鬼に発現しないのは血の支配への耐性の有無」
「ダンピールに開眼する者としない者がいる理由は?」
「……ヴァンディワルの力は通常の吸血鬼とは異なり、竜魔力を大きく内包している。竜魔力への適性は古来より英雄の条件とされて来た。適合者のみが魔眼を開眼させるのだろう」
「ほう……着眼点は良いね」
開眼する者が極めて少ない理由として推測するには十分な論拠だ。ヴァンディワルの血に含まれる力が、事実上の混沌の属性である竜属性だと見抜いている点も評価が高い。
実験を重ね、血の瞳からヴァンディワルの弱点を探ろうとしたのだろう。
そこには確かな研鑽があった。
僕は表情筋の死んだ幼女の前髪をかきあげ、頬をぷにっと刺す。
「だが間違っている」
「ふむ……」
「血の瞳を発現させる条件は、赤の瞳に、延いては赤の神眼に霊合出来る事だ」
「赤の神眼……?」
「うむ。赤の瞳の力は魂の最適化。血の瞳は魂を整理し、その力を周囲の者へも波及させる。開眼者は強かっただろうが、その周りの者も少し強かった筈だ」
「ふむ……」
心当たりがある様で、彼は一つ、頷いた。
「赤の瞳は強力な力だ。それ故に、より低次の血の瞳として発現させるには条件がある」
所詮は僕の言葉。彼が信じるか否かは彼次第だが、嘘を付く場では無い事くらい、彼にも分かるだろう。
「一つは、強大な力を持つ者から零れ落ちた微かな変質因子を取り込み純化させる事。もう一つは、力を持つ者が死に、その魂から拡散した力を受け取る事」
強固な力は中々崩れず、そこから流れる僅かな薄片を得るか、力を持つ者が死ぬ事でしか、瞳の力は得られない。
……本当は他の手段として、発現しないレベルの力の欠片を集め続けると言うのもあるが、そこは血の瞳とは関係無い事なので省く。
「君達の付近で赤の瞳に開眼している者はたった一人。リブラ・ドラクルのみだ」
「そうか……成る程」
全ては王家から由来するのだと納得しかけた所で、待ったをかける。
「——だが、リブラ・ドラクルが持つ赤の瞳は、あまりにも弱過ぎる血の瞳程度の魔眼すら生み出せる程の力は無い」
訝しげな彼に、僕は微笑み幼女を撫でて——
「赤の瞳に開眼している者はリブラ・ドラクルだけだが……開眼していた者はいる……それは……」
——頬から離した指先を、彼の手に握られた指輪へ向けた。
訝しげな視線は指輪を見下ろし、そして——サーっと顔が青ざめた。
魂に関わる赤の瞳。継承条件の1つは、持ち主の命が失われる事。持ち主の1人は、かつて亡くした、大切な人。
まだ、推論の域は出ない。その可能性があると言うだけ。そんな彼に、僕は宣告する——
「——魂とは、想う者の意思量とその質が高ければ高い程、束縛され、絡め取られる……力を持たぬ者の魂とは脆い物だ。幾度も転生し、幾度も死ねば、苦しみと共に磨耗し、崩れ去る」
指輪を持つ手が、震えた。
ガタガタと、痙攣する様に。
顔は青ざめ、息は荒く、指輪を見下ろすその瞳から、泉の如く、恐怖が、ポロポロと零れ落ちる。
さぁダメ押しと行こうか。
僕は指輪に向けていた指で、再度幼女の頬をぷにる。
「30%だ……その魔石に内包される因子と、この子の魂の一致率はね。記憶はほぼ無い。割れて穴の空いた殻に僅かな水が滴っている様な物だ。幾度の死と苦しみを繰り返したか、確実な事は言えないが……赤は魂を補強する。それがここまで擦り切れるとなると……」
正直相当苦しかっただろうね。
大して強く無いのに魂を縛られ、大して霊合も出来ていない赤の力で魂を補強され、幾度も転生しては、目が見えないハンデを背負って産まれ、苦しんで死ぬ。
……この30%と言う数値も、実は僕が補完した数値だ。
弱冠5歳にして餓死したこの幼女の環境は極めて劣悪で、その人生は暗闇の果てで寒さに包まれて終わった。
彼女を5歳まで生かした子等や一部の大人達の死を、彼女は如実に感じた筈だ。
壊れた心を補強するのに、他の死して破損した血の瞳を持つ魂を使ったからこその30%で、元は20に満たない。
ほぼ変質し、混じり合い、絡み合った因子は、もはや別物だ。
それでも、僕は知っている。全てが崩れ行く中で、一番最後に残る物が、最も強い、願いである事を。
カランッと乾いた音。
フォーレンの手から転がり落ちた指輪が、病室の床を滑り、僕の足元に転がる。
彼の手は歪んだ顔を覆う様に伸び、その顔に爪が突き立てられた。
何に転生するにしても、血鬼郷での転生ならば、その死の大半は虎の一派が良しとした政策が原因だ。
最愛の人を失い、復讐の為と最愛の人を苦しめ続けた事実は、彼が絶望するには余りある。
「あ、あァァッ……!」
ギリギリと、肉が引き裂かれ、血が滴る。
その程度では、帝王級の吸血鬼は死なない。
傷は瞬く間に癒え、流れる血は止まるのに、生は止めどなく続く。
——今際の願いは最早呪いだ。
生きていたい筈だった人を、生きていて欲しかった人を、その願いを、死なせ続けた、その報い。
——致命的だ。
最早僕の言葉は届くまい……僕の言葉はね。
次の瞬間、幼女が動いた。
温もりを求めてしがみついた手を自ら離し、僕の膝から降りるや、幼女は指輪を拾ってベットへよじ登る。
フォーレンの血に濡れた手を取り——
「——死んじゃダメ」
ほろりと、幼女は涙を溢した。
——無垢な願いだ。
多くが擦り切れ、崩れ去った、彼女に残された最後の意思。
フォーレンの動きが止まった。
引かれるままに手を下ろし、血濡れの手に指輪を渡される。
小さな手は惑う彼の手を覆う様に押さえ、指輪を握らせた。
「……死んじゃダメ」
「……お、れは」
「ダメ」
有無を言わせぬ真っ直ぐな視線。酷な要求だ。
しかしそれは、同時に救いでもある。
高々30%だとしても、その両目に宿る物は変わらない。
どれだけの死を超えても、大きな苦しみに苛まれても、彼女は変わらず、真っ直ぐな瞳で生きてと願う。
……彼が少しでもそう感じたなら儲け物である。
僕は立ち上がり、幼女の頭を撫で——
「その子を頼めるかい?」
「ん」
——病室を後にした。




