第58話 夜明けの舞台 二
第三位階下位
サンディアが最後の標的を討った。
何やら定めていたらしき個人目標も達成した様で、ご満悦である。
ウェンザードはサンディアが倒した後に回収しようと思っていたが、見事に邪気のみを消滅させ、その上おまけでウェンザードを鍛えてみせた。
流石にレベル800程のエネルギーを持つ負の化身を相手にしてはエネルギー的消耗は避けえなかったが、魔力がほぼ空の割に精神消耗は7割程度に抑えられており、まだ余力は残している。
折角だから、サンディアにはその余力を使って仕上げをして貰おう。
ふわふわと戻って来たサンディアを笑顔で迎える。
「お疲れ様、良く頑張ったね」
抱き着いて来たサンディアを撫でた。
これでもかと撫で摩り、甘やかした所でお仕事である。
「じゃあ、支配。行ってみようか?」
は? 今? とでも言うかの様に此方を見上げたサンディアに、有無を言わせず微笑み掛ける。
まぁ、今じゃ無くても良いけどね。
このまま全員連行して教育してから支配しても良い。
だけど、今が最大の好機なのだ。
僕は笑みを浮かべたまま、サンディアの頬に手を添えて、じっと、その瞳を覗き込んだ。
「今が1番、苦しいでしょう?」
だから今なんだ。それに、時間的にもちょうど良いしね。
サンディアは暫し呆れた笑みを浮かべた後、僕をガバリと抱き寄せた。
「……! ……♪」
何やら元気ハツラツに僕の首筋へ牙を突き立てる。
いや、僕にやっても意味ないから。
◇◆◇
その力を見て、脅威と感じた。
その力に晒されて、遥か高みを知った。
その戦いを見て、その高みすらも手加減された物だったと知った。
それは最早、異次元の怪物だった。
「はは……とても敵わぬな……」
何やらイチャイチャとし始めた麗しき2人の女児を見つめながら、独りごちる。
方や青目は、弱いと思った。
だがどうだろう? 今や先の面影も無い程に弱体化している。
何が行われたのかは、何となくでしか分からない。
一つ言える事は、青目はその身に宿す深淵を、自在に操れると言う事。
邪神は遍く全てに恐れを植え付ける。
であれば、それと相対した彼女の自信は無根拠の代物では無く、ただ事実を把握していたに過ぎない。
弱く見えた。更に弱くなった。然らば、邪神を前に弱くなれる事、それこそが強さの証明。
見えたと思った深淵の底は、遥か奈落へと消え失せた。
赤目は言わずもがな。
怯まず、恐れず、迷い無し。
己の全てを知るが故に怯まず、邪神の全てを知るが故に恐れず、それ故に迷いは無い。
赤目がこうなのだ。それに慕われる青目の深淵はどれ程の物なのか、最早想像の埒外だった。
「命運は、彼女等次第、か……」
その軍勢に、その気安さに……つい、夢を見てしまう。
邪神を知り尽くし、容易く滅ぼして見せた彼女等に、この腐り落ちそうな国を浄化して貰えるのでは無いか?
だが一方で、死者も多い……アンテの奴も、殺された。
……まぁ……最初から滅ぼすつもりではあったのだ。
邪神を討ち祓った彼女等になら、その深淵の糧となる事に、今更恐れる事は何も無い。
ただその行く末を受け入れるだけ。それだけの事だ。
ふと、赤目が空へ舞う。
青目を横抱きに抱え、空高くへ登って行く。
何をするのか、そう思った次の瞬間——
——赤い閃光が弾け、天蓋が消滅した。
突如現れた空は、朝焼けで赤く染まっている。
後者だったか……。
それもまた定めと受け入れる。
間も無く激流がこの国に流れ込み、日の出と共に弱き者達は死に絶えるのだ。
強者もまた、見逃されはしないだろう。
生かしていたのは荼毘に付す為か。
腐り果て、死んだ様に生きるよりも、灰と消え行く方がずっとマシだ。
抱いた微かな希望を捨て去り、せめて終わりから目を離すまいと、顔を上げた、次の瞬間だった。
——雨が降った。
ポタッ、ポタリと、大粒の雨が頬を打つ。
妙に暖かな雨、触れた指先は、真っ赤に染まっていた。
——雨足が強まる。
ザーザーと、降り頻る雫が大地を赤く染める。
暗闇に堰き止められていた苦しみが、誰かの涙が、流した血が、溢れたかの様だった。
見上げた朝焼けには、2つの銀が輝いている。
膨大な力が渦を巻いて集束し、血の雨となって降り注ぐ。
そこに宿るのは強靭な、それでいて気楽で、余裕に溢れ、優しさに満ちた、強大な支配。
——慈愛の紅雨。
抗う事に意味は無く、抗う力もまた、ありはしない。
染み渡る血の支配を、受け入れた。
じわりじわりと、体を満たして行く。
じわりじわりと、魂へ染み込んで行く。
空を見上げた。
いつしか、雨は止んでいた。
晴れ渡る空に、双星が瞬く。
光が駆け抜けた。
——夜明けだ。
降り注ぐ光は心地良く、世界を包んでいた。




