第56話 昏迷の舞台 五
第六位階上位
邪神の欠片が解き放たれた。
弾けた金の因子を、何よりも先ず、掻き集める。
そこに残っているのは、風化しボロ屑と成り果てた封鎖の意思。
無事な所など一つも無く、溶けて消え行くそれを押し固め、再生を試みる。
銀に呼応し、それ等は微かに煌めいた。
崩壊を逃れた僅かな粒子を編み上げて、小さなチェーンを作る。
消滅間近だった代物だ、大した力にはなるまいが、ティアにでも送り付けるとしよう。
僕がそうこうやってる内に、負の化身は這い出でる。
金の軛から解き放たれたからこそ分かる。
真っ黒な謎の棒状物質は、小刀だ。
同時にもう一つ、理解する。
この負の化身は、金の力を隠れ蓑に利用していた様だ。
その力は、想定の上限値に到達している。
余程永きに渡って、じっくり力を蓄えて来たのだろう。
狡猾さの根源こそアジ・ダハーカの物だが、悪心を濾し出し押し固めた様なそれとは違い、雑多な悪意が入り混じっていた。
——邪悪が鎌首をもたげる。
黒く変色した小刀は、邪悪が抜け出ると共にぼろぼろと崩れて消える。
刻まれた銘は、常世天元。
それだけしか分からなかったその小刀は、刀身諸共闇へと消えた。
噴き上がる邪悪はウェンザードへ乗り移り、その肉体と髪を黒く染め上げる。
受け入れているからだろう。
その肉体を奪い取らないのは、目的が合致しているからだ。
激しい激突の最中、突然の邪気顕現に動きを止め、影で簀巻きにされたリブラが咆える。
「おいッ貴様等! 今は争っている場合では無いっ、奴は邪神! この世の全てを呪う者ッ! 奴を討たねば貴様等とてただではすまんぞッ!!」
全力を出し切り、もはや 一割どころか一分すらも余力の無いリブラは、赤い瞳を光らせたまま、必死に叫んでいる。
それには特段取り合わず、サンディアを見た。
特に合図も無いが、ゆっくりと降下する。
欲を言えばもう2秒程度あれば、リブラもヴァンディワルもより良い感じになる筈だったのだが……まぁ良い。
ヴァンディワルに限っては、レミア転んだしね。
全力状態で僕の動きを模倣しようと欲をかいた結果だ。
そこ等辺はやはり、サンディアやメロットの様には行かない。
親の前だから少し緊張もしていた様だし、基本的に見栄っ張りだからそう言う事もあるだろう。
リブラの方も、もう少し上げて行けるチャンスではあったが、赤系統持ちなら急ぐ程の事では無い。
城跡地へ降り立つ。
近くには、片腕が肩から無くなっているヴァンディワルと砂埃を払っているレミアがいた。
少し遠くには、純白の鎧を真っ赤に染めて片膝を付くぼろぼろのカルミエラと、優雅に戦い抜いたちょっと焦げてるリアラが見える。
簀巻きから解放されたリブラは、よろよろと立ち上がったと思えば力なくへたり込む。
「……よもや……邪神が復活するとは」
戦意はあるが戦う力は残っていない。
邪悪の顕現を前にしては、残る意識も朦朧としているだろう。
それでも、彼我の戦力は把握出来ている様だ。
「妾が万全であったなら、刺し違える事も出来ように……」
非難する様にサンディアを睨め上げるその赤い瞳には、生に対する執着が見て取れない。
ここの高位吸血鬼達は、欲望渦巻く永い停滞の所為で、生きようと言う気が薄れている。
誰かの為に、何かの為に、と簡単に命を投げうってしまう傾向にある。
疲れているのだろうね。
何にせよ、試練はここまでだ。
負の化身には早々に御退場頂こう。
「貴様とて万全ではあるまい……なれば今は逃げるが良い。我等が滅びた後、貴様等が確実に奴の息の根を——」
何やら悲壮な決意を固めようとしているリブラを横に、僕はサンディアへ歩み寄る。
両手を出すと、サンディアは剣を鞘に納め、両手を握る。
その手の甲を覆う様に握り返し、言葉を贈る。
「出来るね、サンディア」
信頼であり、激励であり、確信だ。
流石に同格クラスの相手と戦った直後で、相応の消耗はあるが、そこも問題無い。
僕は僕に積み重ねられた魂を削り、その肉体をも削ぎ落として、人の身まで退化する。
意思の欠片を込め、作り出したのは青白い球体。
サンディアと僕の手の上に浮かぶそれは、宝珠の様な物だ。
実際にはそれ程の安定度は無い。僕の意思を宿した、僕属性のエネルギー塊だ。
多少の演算補助が出来るだけ、消費したエネルギー量は精々が3割くらいしか回復しない。
重要なのは、その質だ。
金の力がアジ・ダハーカを容易く切り裂いた様に、極めて高質に練り上げられた僕の魔力は、彼女の助けになるだろう。
「さぁ、最後の方を、付けて来て」
キラキラとした目でそれを見詰めるサンディアから手を離し、送り出す。
にへへと締まりの無い笑顔を浮かべたサンディアは、僕に背を向け空へ浮かび、戦場へと飛び立った。
さてさて、惑う者達の第四幕はこれにて幕引き。
第五幕を始めよう。
題名は差し詰め、闇を照らす使者。
サンディアには、吸血鬼達に二度と闇夜が訪れない事を、しっかり知らしめて欲しいな。




