第55話 昏迷の舞台 四
第八位階下位
お父様と向かい合う。
そこに、かつての様な恐れや気負い、威圧感は無かった。
寧ろ……寧ろだ。
遠く、重く、大きく、暗かった、この場所は、今となっては、どうしようもなく弱々しく、小さく、惨めで、哀れだった。
数多の吸血鬼達の背は、遠く、大きかった。お父様はそれ等を遥かに超えて、大きく、君臨していた。
お姉様もまた、大きく、遠くにいた。
だからこそ、自分の弱さが、小ささが嫌いだった。
王族としてあまりにも矮小な自分が嫌だった。
今、お父様と向かい合う。
遠くない。大きくない。恐れも、気負いもない。
あるのはたった2つ。
やはり、お父様は偉大だった。
やはり、お父様は哀れだった。
あの、ユキに鍛えられた、この、私が……よもや同格。
私には、果てを見渡す導があった。
その道は未だ遥か遠くへ続いている。
お父様には、導は無かった。
霧に覆われ、足元も見えない道を、ずっと、歩き続けて来たのだろう。歩き続けて、いるのだろう。
それがどれ程の恐怖か。どれ程の絶望か。
己が道が見えずとも、決して怠惰に沈まず、ひたすらに邁進し続ける事の、どれ程の苦痛か。
その努力、その迷いに、いっそ愛おしさすら込み上げて来る。
寄る辺を求めて彷徨う手を、しっかりと握って引いてあげたくなる。
これが……これこそが……ユキの気持ちなんだろう。
我ながら強くなった物だ。
そう思いながら、内に秘めたる竜血を励起した。
角が生え、尾が生え、翼が生える。
手足に竜鱗が生じ、爪や牙が鋭く形を変える。
ユキに曰く、竜血鬼最大の利点は、体内に流れる竜帝級の血液。
これは、なんか元々ある吸血鬼の侵食する性質、スナワチ血が持つ演算力を強化した代物だそうで、サナガラ神血の様な性質を持つのだとか。
血の形をした竜帝玉。ユキはそう言っていた。
なんでも、科学の粋を極めた到達点の一つである神血。それと同質の力を得るに至った竜血鬼は……なんか凄いらしい。
そんな血の力を解放し、肉体全箇所を満遍なく補強する。
あまり強化し過ぎると、吸血鬼種最大の利点である肉体破壊によるダメージの受け流しが上手く出来なくなるので、即分解出来る程度の強化にしておくのが良いのだとか。
攻撃時は血の意思を瞬間的に一つに纏める事で、最大威力を発揮させる。これは迅斬術の応用でナンタラカンタラウンタラとにかく凄いかった。
お父様も同じ様に竜化して、私達は静かに、向かい合う。
生憎と私は作戦行動中なので、時間は無い。
先手を取り、前へ飛び掛かる。
対するお父様は、迎え撃つ様に血の剣を振り上げた。
——交錯。
瞬間的に力を増した事で、お父様の剣が弾かれる。
「ッ!」
即座の追撃は、大きく後方へ回避された。
たった一度の交錯で生じた余波が壁や天井をぶち抜き、城を半壊させる。
お父様は直ぐに折れた剣を元に戻し、先よりも強化されたそれで斬り掛かってくる。
「ふッ!」
先と同様衝突の瞬間に力を込めるも、今度はやや押し込むに留まった。
同じ様に血を動かしたかどうかは分からないけど、対応が早い。
それでも負ける気がしないのは、見えている物が多いからだろう。
◇
剣の衝突の余波で城周りが更地になった。
開かれたそこを埋め尽くす程の血と影の衝突は、凄まじい消耗を強いられた。
僅か数秒ながら濃密な攻防は……やはり、私に軍配が上がった。
要因は多々ある。力のコントロールであったり、大きな力の運用経験差であったり。強者との 1秒を争う戦闘経験であったり。
それ等が積み重なった上で、最たる要因はなんだったかと言うと、メンタル的拠り所の有無だろう。
私の後ろには、私が何をしても何が起きても絶対に勝てないユキがいる。
お父様の後ろには、お父様ならばやり方次第で勝てる伯母様しかいない。
万が一何か起きても、絶対に大丈夫と断言出来るからこそ、全力で戦う事が出来た。
あちこちに再生が間に合わない傷を残し、お父様は私を見据える。
「……随分、強くなったな」
「私なんて、まだまだですよ」
告げた事実に、お父様は少し、目を丸くした。
初めて見るその顔に、思わず笑みが浮かぶ。
余計な重荷を下ろして、世界のあまりにもな広さを知れば、これからきっと、もっと笑顔が多くなる。
全部が、これから広がって行く。
だから、お父様——
「終わりにしましょう」
「……あぁ」
もはや勝負は見えていても、最後の、その一瞬まで、全力でっ。
ユキの、そしてサンディア様の教え、迅斬なる異界の武術。
肉体と魔力の精密操作による、最速、最大の一撃。
最初と同じ合図の無い、最後の一刀。踏み込んだ次の瞬間——
——……転んだ。
「はぅぁっ!?」
「なッ!?」
極限解放した血の剣は手をすっぽ抜け、私は地面にダイブする。
衝撃で大地が砕ける中、私は急いで顔を上げ——
「……最後に、締まらぬ奴め」
——お父様の笑みを見た。
迎撃しようとした血の剣は砕け散り、片腕を首元から切り落とされ、血の侵食を受けている。
今際の際の笑みに、私が口を開きかけた次の瞬間——
——邪気が膨れ上がった。




