第49話 蒙昧の舞台 三
突如現れたアスフィンと数合打ち合い、ウェンザードは笑みを浮かべた。
「少し見ない内に随分と、良い女になったじゃねぇかッ!!」
「ははっ! 貴殿にそう言われるとは光栄だなッ!!」
両者笑みを浮かべながら、激しい剣戟を響かせる。
その暴風が吹き荒れる戦いに、踏み入る影は無い。
交わる剣線の最中、言葉が交わされる。
「貴殿はまるでレーベ殿の様だな」
「ほぉ? 俺に似た奴がいんのか? そりゃ良いなぁ……!」
強者がいると言う事実が、戦闘狂の血を昂らせる。
アスフィンは深く頷き、鋭い視線を送った。
「んむ、故に分かる。貴殿は本気を出していないと」
「あぁん?」
ウェンザードは少し、首を傾げた。
本気を出していない? ……確かにそうかも知れない。
永らく。そう、本当に永らく。全力で戦っていない。
最後に戦ったのはいつだろうか? ……それは最早、記憶の彼方だった。
ただただ、増え行く力を抑えて振るう。それだけ。
時折配下と模擬戦はしても、あまりに弱過ぎて満足に力を振るう事は出来なかった。
そうだ、俺は……俺はもっと強かった筈だ。
剣戟が振るわれる。
当たり前に流れる力を、より深く、より鋭く。
あぁ、そうだ——
「ははっ、それでこそ……!」
「おぉぅ、悪ぃな、剣の振り方思い出したわ」
アスフィンは爽やかに笑った。
「それじゃあ私も全力で行かせて貰おう」
その一言を境に、一つの町を破壊する程に荒れ狂う暴風は唐突に収まる。
地響きは未だ鳴り止まず、風は吹き荒れてこそいる物の、それでも戦場は先よりも静かになっていた。
化け物同士の戦いも遂に終わりか? そう戦場へ視線を向けた吸血鬼が一人、不意に世界が斜めにずれるのを感じ、絶命した。
——戦場は静かだ。
響くのは剣戟。
最早周囲に瓦礫は無く、大地が偶に爆ぜるのみ。
鋭い斬撃が飛んだ。
それは幾らか床を破壊し、深い斬撃痕を残した。
また、鋭い斬撃が飛んだ。
それは天蓋を斬り裂き、僅かな崩落を引き起こす。
戦場は静か。
力は流麗に流れ、線状一切を斬り裂く。
斬撃に生じる余波は、彼等の未熟の証。
衝突に生じる余波は、彼等の拮抗の証。
戦場は静か、暴風は木枯らしとなり、衝撃は斬撃へと変わった。
死を撒き散らしながら、凄絶な笑みと共に、化け物達は剣を交える。
あちこちで血が飛び散り、灰が舞った。
ふと、ウェンザードは思う。
僅か数日前、アスフィンはこれ程強かったか?
否、断じて否。
目にも入らぬ小物では無くとも、大して強くも無い小娘だった筈だ。
然らば何故、此処までの力を手にするに至った?
楽しい戦いの最中だ。そんな小事に構ってはいられない。
そう、思う以上に、何か、更に大きく、楽しい戦いの気配に、ウェンザードは聞かざるを得なかった。
「小娘っ! それ程の力っ、一体誰に教わったッ?」
それに対し、アスフィンは自慢げに胸を張り、剣を振るった。
「全ての訓示は、我等が神に帰結する!」
——いる。更なる高みが。
喜びに体が震え、僅かに逸れた剣戟が大地を捲った。
「神かっ! 会いてぇなぁっ、会いてぇなぁぁ……!!」
やや雑になった振り下ろしを、アスフィンは受け止めた。
風が土埃を吹き飛ばす。
狂気を宿した瞳が、アスフィンを覗き込んだ。
「テメェを倒せば、神に会えるかなぁッ?」
対するアスフィンもまた狂気を宿した瞳で、ウェンザードを睨め上げた。
「勿論だともっ! ……いや、その前に我等が王が出るか?」
「は?」
付け足されたその言葉に、僅かにウェンザードの思考が止まった。
アスフィンはその隙を特に追わず、鍔迫り合いは続く。
ウェンザードは一時、思考した。
はて、神の前に王だと?
コレよりも強い奴がいて? ソレよりも更に強い奴がいる?
それは、どれほどの、技の冴えなのか?
——ウェンザードは理解した。
神とは、強き者を指すのでは無く、尋常ならざる者を指すのだと。
あぁ、それは、どれ程の力なのか。
きっと、今の己では到底及ぶまい。
故にこそ、その選択は当然の帰結だった。
ウェンザードは徐に懐から、金の鎖で縛られた筒を取り出した。
「あぁッ! クソッタレッ! テメェの思惑通り、使うぜッ!!」
それは誰に向けられた言葉か。
アスフィンはただ、それを見下ろす。
急速に色褪せて行く、金の鎖を。




