第46話 愚者の舞台 二
第六位階上位
先走った馬鹿者が死んだ。
ここ数百年で力を磨き、伯爵足る実力はあった。
少なくとも愚か者では無い事だけが、確かだった。
「……」
振るわれたのは、影の刃。
複数の影が交錯し、体をバラバラに切断したのが見えた。
その威力、練度……とても伯爵級に収まる力では無い……少しは牙を隠していたか。
「ふん、公であっただけあると言う事か」
——しかし、底は見えた。
剣を引き抜き、一息に踏み込む。
永きに渡り溜め込み、練り上げて来た魔力を解放する。
光となって噴き上がるそれを操り、魔剣へ注ぎ込む。吸血鬼とて癒えない傷を生み出す、呪いの魔剣だ。
決して逃さぬ様に、己の肉体を限界を越えて強化する。
血を封ずる赤の指輪から溜め込んだ莫大な血を引き出し、闇を増大する腕輪を励起して影をより大きく、より強靭に肥大させる。
唸りを上げる赤と黒は、刃の坩堝となってフォーレンを包み込んだ。
呪傷の魔剣、絶大な肉体強化、膨大な血、強大な影、一つあれば侯爵級ですら屠る力……!
長く生きただけの貴様にっ、最早活路は無——
——刹那、視界が黒に埋め尽くされた。
「なッ!?」
血が、影が、剣が、全て黒い棘に受け止められる。
黒い何かは一瞬で全ての血と影を破壊し、目にも止まらぬ速さで周囲を囲んだ。
「馬鹿なッ!」
ありえんっ、これはまさか……影なのか……!?
迫り来るそれは、もはや吸血鬼が使う影とは別物だった。
遥かな深淵が如き黒が流動し、無数の棘が現れる。
「おのれッ、おのれッ!!」
残った血と影を操り四方八方を囲む針の進軍を抑えるも、それをまるで紙束とでも言うかの様に貫いて、影の刃は迫り来る。
まさか、まさかっ……フォーレンにこれ程の力があったなどどッ……!
なら、何故……!
びくともしない針の群れを前に——
「フォーレェーンッッー!!!」
——俺は叫ぶ事しか出来なかった。
針の迫る刹那、見えたのは、フォーレンの変わらぬ笑み。
「掃除ご苦労。後の処理は私がやっておこう」
降り注ぐ棘は全身を刺し潰し、意識はそこで暗闇に沈んだ。
◇◆◇
「は、ははっ……」
目の前で、あの化け物であったエングレイが、闇の繭に包まれ姿を消した。
闇が消えると、エングレイだったと思わしき肉片が床に散らばる。
あぁ、フォーレン。
深淵の名を持つ吸血鬼の王者にして、数千年の歴史の中で僅か3人しかいない、公爵の格を与えられた者。
ダンピールの革命軍も、吸血鬼の革命軍も、最初から無意味だった。
——ダンピールに、未来など無かったのだ
「は、ははっ、はは、は……」
知った気でいた。
エングレイと言う化け物を通して、吸血鬼どもの限界を。
分かっていなかった。
吸血鬼の真の王足る——怪物を。
フォーレンが立ち上がると共に、その影は何処かへと消え去る。
大方、外に蔓延る小虫を払っているのだろう。
歩み寄る死を、僕はただ、茫然と見上げた。
腕が胸元へ掲げられる。
正しくそのまま、払い除ける様に、死が——
ふと、向けられた手の甲、その指に視線が吸い寄せられた。
赤い、指輪だ。
ラーナの目と同じ、深い赤の宝石——
「——すまない……」
仇討ちは叶わなかった。
迫り来る死を前に、僕は目を瞑り、その時を待った。
あぁ、もう直ぐ、君の元へ——
——衝撃は、訪れることは無かった。
「…………?」
目を開くと、無言で此方を見下ろすフォーレンの姿があった。
「……お前は——」
次の瞬間、咆哮が響き渡る。
明らかに人ならざる叫び。
しかし同時に、見知った誰かの、悲痛な叫びに聞こえた。
壁を、その先を見ていたフォーレンが呟く。
「ふむ……覚醒者が出た、か……目を回収して来い」
「はっ」
いつのまにか、血濡れの吸血鬼が2人現れていた。
2人の吸血鬼は、目の前にいたと言うのに、闇に溶ける様に消え去る。
フォーレンもまた、扉へと歩みを進めた。
その背に、僕は、声を掛けざるを得なかった。
「なぜ……なぜ殺さないッ!!」
フォーレンは振り返り、虚空の瞳で僕を見下ろす。
僕を見ている様で見ていない、どこか遠い所を見る瞳だ。
「死にたがりにくれてやる餌に持ち合わせが無くてね」
「っ」
僕が……死にたがり……?
そんな筈は無い、あの子の仇を取るまで、僕は……僕は………。
——あの子の笑顔が浮かんだ。
見えない瞳で、精一杯笑う、あの子の。
相手が吸血鬼ですら、救おうとする、ラーナの。
…………僕は、死にたかったのか。
剣に手を添えた。
ふと、ラーナの笑顔に、ロイの仏頂面が重なった。
響き渡る何かの咆哮に、何故か、あの子達の顔が浮かんでは消える。
あの子達を巻き込んだのは……。
「っ」
それでも、此処で立ち止まってしまう訳にはいかないんだ……!
緩み掛けた手を強く握り、剣を抜き放った——
——刹那、世界が変質した。
「ッッ‼︎⁉︎」
痛みすら伴う強烈な寒気に、体が凍り付いた様に動かなくなる。
フォーレンが何かをしたのかと視線を上げれば、そこには、大きく目を見開き、どこかを見詰めるフォーレンの姿があった。
「……なんだ……何が来たッ……!?」
次の瞬間、鈴の音が鳴る様な声が、確かに響き渡った。
——殲滅しろ。




