第43話 終幕 一
第四位階上位
ふと、意識が戻って来た。
冷たい血溜まりから、体を起こす。
「……っ……?」
貫かれた筈の腹部に触れると、そこに傷は無かった。
敵の血が流し込まれ、癒えない傷の筈だったのに。
生きていると言う事は……ロイが吸血鬼を倒したか、吸血鬼の意識が私から外れたかのどちらか。
まるで深く眠っていたかの様にはっきりとしない意識を、頭を振って少しでも引き締めて、音がする方へ視線を向け——
「おや、まだ生きていましたか」
——息が止まった。
心臓がびくりと跳ねた。
ロイがいた。
ロイの背中から、赤い……赤い、剣が生えていた。
辺りは赤で、染まっていた。
「……ロ、イ……?」
剣が溶け崩れ、ロイの香りが充満する。
倒れ掛けたロイは、吸血鬼に蹴り飛ばされ、私の目の前に転がった。
体中から血が流れている。目には光が無く、その視線は何処にも向けられていない。
「ろ……ロイ……?」
ふらつく足を動かして、ロイに歩み寄る。
頭を抱き抱え、その頬に触れた。
「ロイ……」
世界がグラグラ揺れている。
「ロイ……」
じんわりと、冷たい床が温かい水で濡れていく。
「ロイ……!」
呼んでも呼んでも、ロイが応えてくれる事は無かった。
だってもう——死んでいるから。
何かが、割れて砕け散る音が聞こえた。
「……」
生きる理由が無くなった。
鋭敏な感覚は、はっきりとそれを捉えている。
ヴォーグおじさんも、ギムおじさんも、ランダおばぁちゃんも、もう息をしていない。
ナタちゃんも、イネちゃんも、穴だらけになって血溜まりに沈んでいる。
ロイはもう、立ち上がる事は無い。
戦う理由もまた、もう無かった。
ロイの頭を抱き締める。
「……」
その香りを胸いっぱいに吸い込み、その血を舐め取る。
牙を突き立て、肉を食い破り、血を啜った。
ロイ、ロイ、ロイ、ロイ、ロイロイロイロイロ——
突然の衝撃に地面を転がる。
蹴り飛ばされたのだと気付いたが、どうでも良い事だった。
直ぐ近くに転がるロイの手に、手を伸ばす。
「あぁぁぁああぁぁ、ロイ、ロイロイ」
行っちゃダメ、何処にも行っちゃダメ、私の——
伸ばした手の先、目の前で、ロイの手に剣が突き刺さった。
「ぇ……?」
その剣はロイの手を何度か切り刻み、次にロイの壊れている心臓を突き刺す。
「ぁぇ……?」
何度も、何度も、何度も何度も。
「ぁ、ぁぁぁ……」
血が飛び散る。ロイが飛び散る。ロイが、ロイがロイがロイが——
「——ぁぁあああッ! 私の、私の、わたしのわたしのワタシノワタシノワタシノ——」
何で、なんで、ナンデナンデナンデッ、ナンデソンナコトスルノ?
——わタシのろイを壊サなイで……!!
次の瞬間、剣に滴るロイの血を吸血鬼の男が舐めた。
「ァァァァアアアアーーッッ!!!」
ロイをロイをロヲイヲを食べたタベタタべワタシのワタシノのノワタノシノ——コロス、コロスコロスススッ。
ワタシノロイヲタベタコイツヲコロスッ。
メギリメギリと良く分からない音が鳴っている。
でもそんな事は関係なくて、目の前にいる吸血鬼を見下ろした。
響く叫びの中で、ふと、それの声が、やけにはっきりと聞こえて来る。
「さて、最後はあなた一人だけですね」
アア、ヒトリヒトリトリトリ、ソウソソソウワタシトリヒトリひとり。
「他は全部、ちゃんと死んだ様で」
しんだしんだしんだしししんだしし、わたしひとりしんだししみんな。
「いえ、殺せたというのが適切ですね」
ころせころしころころころしたころしたこいつみんなろいろいロイころした——あぁ、殺そう。
ロイヲタベタコイツヲ。
ろいをこわしたこいつを。
ロイを殺したこいつを——
——私は殺さなければならない。




