第42話 死の舞台 七
それは太初の力。
偉大なる吸血鬼の帝王にして、さる神族の因子に適合した、新たな始まりの力。
それは異変の源だが、異常の源には非ず。
——それは小さな目醒め。
果てしなく大きな奔流の中生じた、ありふれた奇跡の一つ。
◇◆◇
人ならざる咆哮が、大空洞に響き渡る。
理性を縛る鎖は弾けた。
知性の殻に楔は打ち込まれた。
悟性を失ったそれは、最早人では無い“何か”であった。
「ほぅ……」
それは感嘆であった。
それは憧憬でもあった。
背を突き破り、血潮を纏って広がる雄大な翼。
大地を打ち据え、亀裂を刻む鋭尾。
双角は天を突き、その四肢は全てを拒絶するかの様に棘と甲殻に覆われている。
——竜と人が混じるモノ。
猛獣の如く歪んだ真紅の瞳には、俺の姿がはっきりと映っていた。
これこそが、彼の血統の覚醒。血の瞳と呼ぶにはあまりにも変異し過ぎている。
進化したその瞳を、進化したその姿を、我等が神はこう名付けた——
——血竜の魔眼。
それは咆哮と共に、剣を振るった。
素早く、重い一撃。
理性の無い、ただ真っ直ぐな一撃。
軽く避けたそれは、直線上の大地を割り砕いた。
理性を捨て、知性を捨て、悟性を捨てて、その感情を一つに絞り、辿り着いた境地は——
——それでも尚、俺の足元にしか及ばない。
否、俺がただの伯爵級であったなら、意思の差故に互角であったかもしれない。
或いは、この状態にあって理性があったなら、この怪物は今の俺とも互角であったかもしれない。
そう、そうだ。間も無く幕引き。
——序章の幕を閉じるのは、少年では無いのだ。
影を、血を操り、側面から攻撃を仕掛ける。
それと同時に、正面から剣を振るって見せた。
少年だったモノは、正面からの攻撃を受け止め、側面からの攻撃を無防備に受けた。
何度でも思う……理性があったならば……口惜しい事だ。
それなりに闘気を練り込んだ影と血は、竜翼を根本から切断した。
「グルァァァッッ!!」
それすらも気にせず振り下ろされた竜人の斬撃を受け止める。
ズンッと重く響く衝撃が大地を砕き、余波が周囲の瓦礫を吹き飛ばした。
怒りに染まるその瞳には、俺しか映っていない。
死んだ少女達が瓦礫に埋もれるのにも、気付いた様子は無かった。
——あまりに哀れだ。
必要な試練であったとは言え……一人の戦士として、一人の人として、早く終わらせてあげよう。
影の斬撃が尾を切り裂き、血の斬撃が角を削ぎ落とす。
凄まじい速度で回復しようとするそれを押し留め、次は腕を1つ飛ばした。
強靭故に魔力は持っていかれるが、それだけ。
何度でも、何度でも……残念だ。
怒りの咆哮と共に振り下ろされた斬撃を、受け流した。
炸裂する大地を気にせず、俺は彼の、無防備な心臓を貫く。
血の剣を介して我が血を流し込み、その命を蝕んで——
——舞台は整った。
ふいに見下ろしたそこには、此方を見上げる赤い瞳。
「おや、まだ生きていましたか」
全てを捨てても足りなかった少年とは違う、血竜の魔眼の真の覚醒者。
その器に——竜の魂を宿す者。
「……ロ、イ……?」
赤き竜眼が星の様に瞬いて——




