第41話 死の舞台 六
第五位階下位
赤い光が走り抜け、奴の剣が弾かれた。
それは大きな隙だった。
「はぁぁッッ!!」
全力の袈裟掛け。それは吸血鬼の首から脇を切り裂き、両断した。
血が噴き出し、斬られた頭が地面に転がる。
即座に俺は振り返った。
そこにあったのは、血溜まりに倒れ伏すナターシャの姿。
その命が、今正に尽きようとしているのがはっきりと分かった。
「ナターシャァァーッ!!」
傷を塞がないとっ、塞げばきっと助かる!!
駆け出そうとした次の瞬間、その声は聞こえた。
「自滅しましたか、どれ——」
振り返ったそこには——無数の血の槍が、浮いていた。
「——トドメを刺してあげましょう」
「やめろォォーーッッ!!」
迎撃に振るった剣は僅か数本を撃ち落とし、自らを盾としてもまるで足りず、すり抜けた槍は——
——ナターシャの全身を貫いた。
「ぁ……」
◇◆◇
「っ……ぅ……?」
遠くで響き渡る咆哮に引き上げられる様に目が覚めた。
獣の叫びの様なそれは、あまりにも大きな悲しみと、それよりも遥かに大きな怒りが、はっきりと感じられた。
霞む視界、見下ろした体には、枝分かれした影の槍があちこちから突き刺さり、夥しい血が影の暗闇を赤く染め上げていた。
「ひゅ……」
その様に意識が遠のく。
離れ掛けた意識は、激痛に繋ぎ止められた。
「っぅ……ぅう……いたい……! いたいよぉ……兄さん…姉さぁん……!」
ぼろぼろと涙が零れ落ちる。
「……けてぇ……たすけてよぉ……」
声を出すだけでも、全身が痛い。
その声も、響き渡る咆哮でかき消されている。
私の中の冷静な部分が、自分がもう長く無い事を察していた。
ゆっくりと首を持ち上げ周りを見る。
暗く狭窄する視界に入ったのは、兄さんの姿。
「兄さ……ん……?」
その兄さんには、角があった。
両腕は赤黒い鱗に覆われ、鋭い爪が伸びていた。
大きく開かれた口には、同じく鋭い牙が生えている。
そこで、さっきから聞こえていた獣の咆哮が、兄さんの声だと気付いた。
どうして……?
いろんなどうしてだった。
どうして助けてくれないの? どうしてそんなに大声を出しているの? どうしてそんな姿になっているの? 皆はどこにいったの? 敵は倒したの?
その答えは、全て視界に収まっていた。
「っ! ……ぅ…そ……?」
コルニ姉さんが血溜まりに倒れていた。
ナターシャ姉さんが血溜まりに倒れていた。
敵は生きていて、兄さんと戦っていた。
兄さんの怒りに血走ったその目は、まるで獣の目の様で、いつもの濁ったそれは今は澄んだ赤色になっている。
咆哮を上げる度に、兄さんの角や爪が伸び、鱗が体を侵食していた。
はたと、涙が止まった。
最後の一滴が頬を滑り落ち、血溜まりに波紋を刻む。
暗く狭窄していた視界が、今度は赤く染まった。
それは怒りだった。
兄さんの怒りが、咆哮を伝わって私の中に入って来る様な気がした。
噴き上がった悲しみを、遥かに凌駕する、その怒りが。
コルニ姉さんも、ナターシャ姉さんも、死んでしまった。
私ももう、助からない。
だけど……せめて、せめてあいつに、一矢報いてやる……!
姉さん達を殺して、私の事も殺してっ、兄さんを殺そうとするッ、あの吸血鬼にッ!!
「ふっ、くっ」
とにかく影を伸ばす。何をするにしても、今の私に出来る事は、それだけだから。
影を伸ばしたらどうしよう? 攻撃に使う? きっと威力が足りない。それじゃなんの助けにもならない。
私に出来る事は妨害のみ。
今の兄さんなら……それだけで、きっと大丈夫。
生半可な力じゃダメだ。
一気に、私の全部を懸けてッ、命の全てを搾り出す……!!
際限なく大きくなる影へ、際限なく力を注ぎ込み、可能な限りそれを押し固め、より鋭く、より素早く、敵がしたのと同じ様に……!
「と、ど…いてぇ……!」
伸ばした私の最後の刃は、敵の影を貫いた。
「はァァッ……!!」
勢いそのままに吸血鬼の足へ影を纏わり付かせ、それを全力で押し固める。
——兄さん……!
狭まる視界の奥で、赤い飛沫が舞った。
◇◆◇
猛り狂った獣の様に咆哮を上げ、基本が出来ているが故にがむしゃらに振られていながらも的確な斬撃を避け、受け、流す。
その一撃は最早先の少女のソレより遥かに重い。
手勢で戦場を支配していなかったら、今頃異常を察した吸血鬼やダンピールが集まって来ている所だ。
そんな戦いの後ろで、目覚めた最後の楔、もしくは鎖が、命を燃やそうとしていた。
所詮は操気法しか出来なかった彼女等は、戦いの中で練気を覚え、その気を更に研ぎ澄ませて、闘気の領域へと至った。
練り上げられた闘気を宿す影は、確かに俺に届き得る刃だ。
未だ数十と言う幼き少女が、数百年を生きるロードであるこの俺の、所詮は常態とは言え影を貫けるなど、尋常の力では無い。
並々ならぬ才能。
俺と同じ時を生きていれば、今頃は侯爵か? 或いはもしかしたら、三公にすら匹敵する力を持ったやもしれん。
少女の影は俺の影を貫き、足へ纏わり付く。
「……っ!」
見下ろした影から、少女の燃えたぎる双眸、俺を道連れにせんとする、激しい執念が見えた気がした。
正しく逸材。
背筋が震える程の熱情。
死を見据えた揺るぎない覚悟。
これが愛の成した偉業ッ、才の成した偉烈ッ!
竜の少女に然りっ、血の少女に然りッ、影の少女に然りッ! 竜の少年に然りッ……!
これで、死んでやれない事の、なんと心苦しい事か……!
影に縛られ、僅かに生じた隙を、彼の少年は見逃さない。
それは彼が剣士だから。
それは彼が希望を背負っているから。
突き込まれた刃は我が心臓を貫き、捻られた刃がそれを破壊し、更には我が頭部をも両断し——
「——まだ息があったか」
「っ! うぉォォあぁァァッッ!!」
——影を伸ばす。
少年の焦燥に駆られた、無数の斬撃が、俺の肉体を破壊し尽くす間に——
——影の少女の心臓を——
——一条の影が破壊した。
さぁ、序章はそろそろ、幕引きの時間だ。




