第39話 死の舞台 四
第四位階下位
「……コル…ニ……?」
もう直ぐ間に合う、筈だった。
もう戦場は目の前だった。
赤黒い視界の中、見知った背が、匂いが、もう直ぐ、後少しの場所に、立っていた。
「ロ…イ……」
腹部を貫く腕が抜け、コルニが地面に転がる。
流動する赤い何かが吹き出し、地面に広がっていく。
「コルニ……」
ふらりと踏み出した直後、コルニの腹に誰かの足が乗った。
「ァガ、グッ……ゴブッ」
「コルニッ!」
コルニを踏み付けた奴は、ニヤリと笑った。
「随分遅かったですね。彼女等を甚振るのにも飽いて来た所です」
そう言って、吸血鬼は足を振り上げ——
「——あぁッッ!!」
一息に距離を詰め、剣を薙いだ。
吸血鬼は飛び退り、俺は剣を向けたまま、コルニを抱き起こした。
「コルニ……!」
◇◆◇
やけにはっきりと見える視界。やけに回らない思考。
ゆっくりと見上げた彼の濡れた瞳は、宝石の様に輝いて見えた。
「……ロイ」
「コルニ……!」
あぁ、ロイだ。ロイだ……!
良かった……最後に、会えて……。
ゆっくりと伸ばした手をロイの温かい手が握ってくれた。
抗いがたい眠気、世界が遠ざかって行く中で、そのぬくもりが、私を繋ぎ止めてくれる。
何かを伝えなきゃ。
話したい事は沢山ある。
いつも一緒にいてくれてありがとう。守ってくれてありがとう。
一緒にご飯を食べて、一緒に寝て、ずっと隣にいて、楽しかった。
ずっと一緒にいれなくてごめんね。置いて行ってしまってごめんね。
さよなら。
違う、違うっ……伝えたい事を、伝えなきゃ……。
「ロイ……」
もつれる口がもどかしい。薄暗い視界の中で、ロイの澄んだ赤色を見上げ、握られる手のぬくもりを感じながら——
「——愛してる」
あぁ、良かった……これだけは絶対に、伝えておきたかったから。
ふふ、ロイ、驚いてるかな? 喜んでくれてるかな? 喜んでくれてると良い——
「——俺もだ、コルニ。俺も……愛してる、コルニ……!」
…………。
「……ふ、ふふ…………」
そっかぁ……ロイ、私の事、愛してくれてたんだ…………あぁ、嫌だなぁ……もっと一緒にいたかったなぁ……もっと、もっと——
ロイのぬくもりも、澄んだ赤色も無くなり、何も感じない、ただただ真っ暗で、冷たい世界。
ふと気付くと目の前に、大きな青白い月の様な物があった。
……?
◇◆◇
するりと、弱々しく握られていた手が滑り落ちた。
生暖かい血が、どうしようもなく甘美な香りが、とめどなく溢れて、地面に広がっている。
いつの間にか、視界が変わっていた。
赤黒く澱んだ世界は、未だ赤を残しつつも、全く違った世界となって俺の目に映る。
そこにあったのは、初めて見るコルニの顔。
頭には、小さな角の様な物が生えていた。今までは髪で気付かなかったんだろう。
仄かに笑みを浮かべて此方を見上げていた、何も映らない瞳を、そっと閉じさせる。
ごめんな、コルニ。俺も、直ぐに追いつくから。
コルニを地面に横たえ、剣を拾った。
「おや、もう良いので?」
何かが何かを言ったが、まるで頭に入って来ない。
そんな事よりも、体が燃える様に熱かった。
何処かで誰かが叫ぶ声が聞こえる。
燃え盛る様なそれは——
——俺の声だ。
「ぶち殺してやる……!!」
激情に駆られるまま、俺は剣を振り下ろした。
◇◆◇
残念な事だ。
絶望の中で見出した希望は、怒りを挫いてしまう。
彼は直ぐに、周りの状況を察し、その中でもナターシャとイーネシスの生存を把握してしまった。
それ故に、吹き上がる怒りはその勢いを挫かれ、僅かにでも希望を抱いてしまっている。
あぁ、だが、我等が神は正しく鬼畜。
希望をチラつかせ、大きく、深い、絶望へ、彼等を引き込もうとしておられるのだ。
竜化が進行して瞳孔は縦に開き、爪や牙が鋭く伸びて、額には小さい角が生えている。
その表情は隠せぬ憤怒に歪み、強化された身体性能を十全に使い、縦横無尽に剣が振るわれる。
「はぁァァッ!!」
咆哮と共に振るわれる一撃は重く、怒りの表情の割に我を失っておらず、やや雑なれど確かな技量を感じさせる。
我が血と影の武威足るは、偉大なる神の薫陶を受け、かつての己など比にならぬ程の冴えに至っている。
然るにこの少年は、我が血と影の刃に、それなりの質と量で対処している。対処出来ている。
それ程の強化、それ程の狂気に晒されて尚、これ程の練度。
強い、まごう事なき強者……だが、これでも尚、少年の限界では無い。
もっと上がある。もっと上に至れる。
これはその、大切な仕込みなのだとか。




