第36話 死の舞台
全ての吸血鬼を殺し尽くすなんて、到底出来やしない。
そんな言い訳を罪悪感の免罪符にして、ロイ一行は街を駆ける。
あちこちが戦場となり、逃げるダンピール、戦うダンピール、惑う吸血鬼、戦う吸血鬼が入り乱れる。
悲鳴、怒号、火の手が上がり、激しく土煙が舞う。暗い世界は赤に塗れ、血の香りが充満していた。
激しいデジャヴに頭を振り、ロイはひたすらに街を駆け抜ける。
次の瞬間、3体の吸血鬼が同時にロイ一行を襲った。
「死ね! ダンピール!」
「ちっ! 邪魔だッ!」
切り結び、押し除けようとするも、互角。
吸血鬼が不意に距離を取り、ロイは一息にその距離を詰める。
数合剣を交えた末、横合いから現れた新たな吸血鬼がロイを蹴り飛ばした。
家屋を突き破ったロイを、1体の吸血鬼が追う。
「ロイーっ!!」
コルニが後を追おうとするも、そこに3体の吸血鬼が立ち塞がる。
「死ね! ダンピール!」
「ダンピール!」
「シネダンピール」
やけに語彙の少ない吸血鬼達は無事任務を終え、後は少しの誘導と時間稼ぎをしつつ、格上足りえるダンピールの少女達へ命を掛けてぶつかるのみ。
碌に戦いもせずダラダラと生きて来たその身が御神のお役に立てる事に喜び、最低限とは到底思えない程の与えられた力を持って、それでも尚格上である者達へ全力で挑む。
それ程の喜びがこの世にあるだろうか? いや、無い! ……雑な教育だが効果的である。
その他の手勢の協力を受け、舞台は急速に整えられて行く。
◇
ぐちゃりと肉を打つ拳。ボキリと骨の折れる感触が手に届く。足を蹴り砕くと温かい血が飛び散り、棍棒を隔てて、確かに何かを殺したと言う感覚が伝わる。
同じ形をした生き物を殺したのは初めてだった。
それは思いの外大した事は無く、獣を殺すのと何ら変わらない。
ただ一つ違った事は、殺した相手が何故か牙を剥いて笑っていた事。
死は怖くなかったのだろうか? そんな事を意識の端で思いつつ、コルニはその場を後にする。
「……」
迷いはほんの一瞬。
ロイなら大丈夫。ロイなら大丈夫。そう心の中で呟き、目的地を定めた。
どのみち、混沌とする戦場からロイを見つけ出すのは不可能に近い。
それならば、ロイの勝利を信じ、ロイが向かうであろう場所を目指すのが最善手。
街を抜け、荒野へ——
「ナタちゃん! イネちゃん! 荒野へ!」
ちょうど良くそれぞれの敵を討ち、少し青ざめた様子の2人へ、いつもの様に、導く様に、コル二は声を張り上げる。
「ロイなら大丈夫!」
2人が口を開く前にそう断言し、コルニは前に進む。
迷い、立ち止まる暇は無い。もう始まっているから。
あちこちが崩れ、荒廃した街を駆ける。
そこが道だったかどうかは最早分からない。ただひたすらに、コルニ達は大空洞の真ん中を目指し、そして——狙い通り、そこに辿り着いた。
「ヴォーグおじさん!?」
周辺の家々が粉砕され、大きく開かれたその場、倒れていたのは老練の戦士達。
ヴォーグが、ギムが、ランダが、ボロ雑巾の様になって倒れ伏していた。
ダンピールの強力な生命力が尽きかけるまで戦い、力を使い果たしたのだ。
辛うじて生きているが……もう、長くは無い。そう察したコルニ達は、武器を構えた。
「……貴方がやったの?」
問い掛ける先にいたのは、1人の吸血鬼。
——オグデン伯爵。
そこだけ瓦礫が跳ね除けられた様にぽっかりと広がる円形の舞台。
その中心にいたのは、やや太った、そう強くは見えない、無手の男が1人。
「そうだと言っ——」
オグデンが言い切る前に、コルニは棍を振るった。
それは虚をつく一撃。
しかしそれも、突如生じた赤い剣によって、さも当たり前の様に防がれた。
「ほう、力は中々——」
「っ」
言葉の途中で地面から影の槍が突き出し、コルニは紙一重でそれを避ける。
次の瞬間、ナターシャの槍とイーネシスの影がオグデンへ放たれ、生じた血の槍と影の槍がその両方を弾いた。
「まだ少し時間がありますから、彼等の様に遊んであげましょう」
オグデンは挑発する様に笑みを浮かべ、影がイーネシスへ、血の槍がナターシャへ、自らはコルニへと襲い掛かった。




