第35話 狙いすまして
何も眠らぬ墓標を前に、フォーレンは誰にも届かぬ言葉を紡ぐ。
「……もう直ぐだ……もう直ぐ、君の無念を晴らせる」
フォーレンはそっと指を撫でた。
そこにあるのは、小さな赤い宝石の付いたシルバーリング。
灰と消えた最愛の人が残した……それしか残っていなかった、僅かな力の欠片。
決してあの日の怒りを忘れぬ様に、二度と無力を嘆かぬ様に、シルバーの指輪には厳重な防護と保存の術式が刻まれている。
遠い過去を眺めていたフォーレンは、不意に顔を上げた。
「……余計な事を」
まだだ……まだその時じゃない。
起こる悲劇に目を背け、ただじっと、フォーレンは時を待つ。
その懐に、かつて悪魔から渡された呪具は、もう無い。
◇
吸血鬼の突然の宣言。
それから間も無くして、老人の多い旧居住区が襲撃された。
おそらく、大した抵抗も無く甚振れる相手が欲しかったのだろう。
ヴォーグはそう考えた。
老いたダンピールは何かを企んでいる筈だ。そんな聞くに堪えない偏見から、旧居住区を襲ったのだろう、と。
吸血鬼達は何かと難癖を付け、老若男女問わず死に追いやり、無抵抗の者に暴力を振るい、その末やりすぎて殺し、非道の限りを尽くして来た。
今回は迷宮の氾濫という、かつて無い災禍を受け、強靭な吸血鬼達すら被害を受けた結果、溜まっていたダンピールの嫌悪と鬱憤を晴らす為、この様な大規模殺戮を仕掛けて来たのだろう。
そんな見え透いた吸血鬼達の嘘と殺戮に、ヴォーグ達は沈黙を示した。
否……その魂は引き裂けんばかりに咆哮し、血の涙を流しながら、未だその時では無いのだと耐え忍んだ。
強く握り締めた拳、噛み締めた唇から血を流し、怒りに飲み込まれぬ様に目を瞑り、耳を塞ぐ。
そう、もう直ぐだ。
出来得る限りの備えをし、可能な限りの情報を集め、ようやく、後数日で、最初で最後のチャンスが訪れる。
掛けた命が、見捨てた命が、繋いだ命が、無駄では無い事を証明出来る日が、もう直ぐそこまで迫って来ている。
だからこそ、今は、動く時では無い。
ダンピール達はそう思い、願い、信じていた。
状況が変わったのは、吸血鬼達が別の旧居住区にも襲い掛かった時。
1つめの旧居住区を適当に荒らしまわった吸血鬼達は、更なる血を求め、幾つかの旧居住区へ同時に攻撃を仕掛けた。
その中の一つに、革命軍の隠し拠点があった。
証拠を焼き捨て、隠蔽しようとした正にその瞬間、適当に狙いすました攻撃が拠点を襲い、応戦せざるを得なくなった。
それでも、戦った者が時間を稼ぎ、その間に証拠を隠滅すれば、戦士が何人か犠牲になるだけで済んだ筈だった。
ただ、ひたすらに、相手が悪かった。
古き吸血鬼の王。伯爵級とされる吸血鬼。レベル300のソレは、一兵士が止められる物では無い。
全てを聞いたヴォーグは、憤怒に身を震わせた。
弱き同胞を見殺しにしたのは、吸血鬼の気を逸らす為無抵抗に殺された同胞の死は、未来の為に繋いで来た命は、この様な憂さ晴らしの為に無駄になって良い物では無い、と。
彼等は武器を取った。
最早引き返す道は無い。
フォーレンを討たねば、ダンピールに未来は無い。
◇
動かぬ証拠を確保する事でダンピールを動かし、気配を隠して待つ様に。
偉大な主からそう仰せつかったオグデン伯爵は、鄙びた路地裏で気配を断ち、堂々と立って時を待つ。
オグデンは思う。
かつて愚かだと思ったフォーレンの偉大さ、想像以上に強大であった王達、それを考慮したうえで……あまりにも哀れだ。
我等が神と、その眷属であり新たな主となるお方の、なんと尊く、偉大で、強大な事か。
それと比べればこの地に棲まう者共なぞあまりにも矮小だ。
目を付けられた彼等に心底同情するし、祝福もする。
今宵、複雑に絡み合った思惑が、謀略が、悲しみが、怒りが、憎しみが、その全てが、降り注ぐ銀の光に照らし出され、余す事なく粉々に、破壊される。
根ざす秩序は新たな秩序に塗り替えられ、愚かしき全てが光の元に浄化されるのだ。
まるで狂信者の様な事を思いつつ、オグデンは戦場を見回す。
サクラとして放った同胞に扇動され、品性下劣で哀れな吸血鬼達が思い思いにダンピールを襲っている。
大した情報も無しに煽られ動くのは、紋無し程度の木端のみ。
憂さ晴らしに満足するまで殺戮を楽しむと言った様子であった奴等も、先の情報を受け、功績を上げんと得点を競う様にダンピールを殺して回っている。
実に愚かだ。
先んじた者も遅れた者も、革命軍の戦士に囲まれ、いとも容易く灰へと消える。
同胞達の扇動により、戦場はダンピール有利に進んでいる。
しかし、それも時間の問題だ。
剣の手の者がやって来れば、そこは最早戦場では無く、まともな抵抗も許されない屠殺場へと変わるだろう。
剣の者が動けば、堪え性の無い虎の馬鹿共も功績を求めて動き出すだろう。
故に速攻。
それをダンピール達は良く理解している。
メインディッシュはまだ遠く、先ずは前菜から頂こう。
オグデンは剣を抜き放ち、気配を殺しながら進む大きな鼠へ斬り掛かった。




