第34話 夜の帳
その日、激戦を生き抜き、迷宮の氾濫を越えて、更なる氾濫に備えていたダンピール達に、悲劇は訪れる。
「愚かにも我等貴き血統に反旗を翻した穢れた血共に天罰を降す!」
虎の紋を持つ伯爵が声を上げ、吸血鬼達が無差別にダンピールへ襲い掛かる。
老いも幼きも男女の別も無く、武器を持った者も降伏した者も、皆惨劇を彩る贄となる。
全てが終わり、全てが始まる夜は、斯くして始まった。
◇
「は? なんだって?」
拠点で僅かに休憩を取り、武装を点検していたロイに、その一報は届く。
「もう一度だけ言うぞっ、虎の連中が襲い掛かって来やがったっ、奴等戦えない奴も女子供も無差別だ!」
「なんでだよ!」
革命軍の動きがバレたか、もしくは……瞬時に様々な可能性を考えたロイは、怒りに震える同胞の、血を吐く様に振り絞った言葉を聞いた。
「……上の見解じゃぁ、革命軍がばれたんじゃ無く、迷宮の氾濫の鬱憤晴らしだって見立てらしいが」
「クソどもがッ!」
ドンッと壁を叩く音が響いた。
奴等ならやりうると納得した。大した裏もなく、ただ機嫌の良し悪しで同胞達を殺しうると。
「虎以外の紋無しも便乗しようって動きがあるらしい! もうがやるかやられるかだっ! ヴォーグさんは既に動いてる! お前らも頼む!」
「くっそ、直ぐに行く!」
駆け出した同胞を見送る暇もなく振り返ると、既にコルニ達の準備は終わっていた。
「っ……」
見えなくとも分かるその姿に、ロイは息を呑んだ。
これから、本当に、命運を賭けた殺し合いが始まるのだと気付いたから。
自分達が有利で、自分達が仕掛けるのだと油断していたから。
「……遂に、始まるんだよね?」
コルニは囁く様に言った。
遠くから聞こえる悲鳴と轟音に、ロイは背筋を震わせた。
失いたくない皆と、命が失われる場所に行く。
戦わなければ、どの道叛意がバレて皆殺しだ。いっそ逃げてしまえたら……。
そんな思いを振り切って、ロイは剣を持った。
「……皆、覚悟を決めろ」
自らに言い聞かせる様に、ロイは言葉を紡ぐ。
「誰が死んでも構うな……フォーレンを討つ。それ以外に、俺達が生き残る術は無い」
鍛えた武技を振るうに邪魔にならない軽装鎧を着込む。
言葉とは裏腹に、ロイはいもしない何かへ祈る。
死なないでくれ。
生きてくれ。
あぁ、目が見えていたら、もっと苦しかったのだろうか?
装備を整え、外へ出る。
その前に、少し立ち止まった。
——この家とは、最後かもしれない。
そう思うと、色んな記憶が、思い出が溢れて来る。
焦げた匂いがもうしない台所。寂しく無い様に一緒にした寝床。よく物を落として傷付いた食卓の床。
走馬灯の様に駆ける全てがどうしようも無く懐かしくて、それらを全て捨て置き、ロイは一歩、前に出た。
底なし沼の様に絡み付く思い出を振り切り、未来へ。
先に外へ出た皆がロイへ振り返る。
そこに浮かぶのは、僅かな緊張に固くなり、それでも覚悟の決まった笑み。
「ロイ、この戦いが終わって平和になったらね……私達からロイに伝えたい事があるんだ」
コルニは2人と目を合わせて頷き合った後、ロイへ視線を戻した。
「だからね……絶対にっ! この家に帰って来ようね!」
「ッ……! ……あぁ、絶対だ……!」
最後かもしれないと怖気付いていた自分を戒め、多くを語らずに、ロイは覚悟を決め直した。
どんな事があっても生き抜く。
それが叶わないのなら、せめてこの3人だけでも、家に帰れる様に。
「行こう……!」
4人は街へ駆け出した。
ダンピールの未来の為。自分達の未来の為。
惨劇に彩られた、戦場へ。




