第23話 撫でておけば良い
第五位階下位
「はぁ」
大きなベッドの縁に腰掛け、一息付いた。
貧弱ボディでは中々に大変なお仕事だったが、レベル700近い化け物の肉体構成を阻害する抑制を無事破壊した。
実際のアンテのレベルはおおよそ697前後と目され、その魂魄内部及び周辺、また肉体には、特段上位者による盗聴等の機能は取り付けられていなかった。
あったのは予想通り、ヴァンディワルの強力な支配のみ。
ざっと見た感じ、被支配者の死亡や被支配者が別の支配を受けた際にヴァンディワルはそれを感知出来る。後は、被支配者がヴァンディワルに攻撃しようとするとそれを抑制する様だ。
詰まる所、ヴァンディワルは公爵クラスの吸血鬼を完全に支配出来ていないと言う事である。
敢えて支配していないと言う事もあるまい。底が見えたな。
振り返り、アンテを見下ろす。
「はぁっ、はぁっ……!」
荒く吐き出される吐息、乱れた服から覗く上気した肌、鳴り止まない鼓動。
片手は心臓を掴む様な胸部を押さえ、もう片方の手は醜態を少しでも隠そうと顔の上部を覆っている。
貧弱ボディ故の荒い施術だったが、それは僕ではなくこの地に棲まう全ての吸血鬼のせいなので、何某か後から文句を言われても知った事ではない。
呪うのならば半端に強い己等を呪うが良い。
僕の血を吸い、吸収していたからこそ大した疲労では無いが、ハイレベルの器を操作するのは本来それなりに消耗がある事、感謝して欲しいね。
幾らかの注意事項を説明する必要があるので、アンテの横に寝そべり、耳元へ顔を近付ける。
「アンテ」
「ひゃうっ!?」
「施術後暫くは違和感があるだろうけど、慣れの問題だから直に収まるよ。肉体の変形時は意図して男性型に変形させるともう一度施術しないと行けなくなるかも知れないから気を付けて。体の違和感が無くなったらそこも問題なくなるからね」
ビクビク震えながらも一応話は聞いてくれている様だ。
……全体的に再設計したから少し敏感になってるかもしれない。まぁ、慣れれば大丈夫だろう。
そして、今、正に、好期。
「それじゃあ、アンテ——」
僕は少し身を乗り出し、目元を覆うアンテの腕を押し除けた。
濡れて光るその赤い瞳に、視線を合わせる。
「——僕のお願い、聞いてくれるよね?」
◇
「……ボクだって何でも聞ける訳じゃあないんだけど、幸い今日の夜に召集があるから、その時に着いてくれば会える筈だよ」
「今日の夜ね……」
お腹の辺りを抑えて微妙な顔をしているアンテに、取り敢えず微笑みながら頷く。
どうやら城に三公爵を集め、地上への侵攻に付いて話し合うそうだ。
その会合には2人まで配下を連れて行けるそうなので、僕はそれに混じって三大公爵や王家の者と直接対峙しその戦力を測ると共に、おそらくフォーレンが所持していると思わしき負の化身がどの程度の物か調べる。
それとは別に王城に忍び込む必要はあるが……いつだって戦闘になり得るこの状況では、直接強者達の力を測るよりは隠し玉の有無を確認する事の方が先決だ。
どうせマレやディアリードの様な神級の怪物はいないので、敵の戦力はぶっつけ本番で測っても問題ない。
先に城へ潜入し、その隠し玉や万が一負の化身に関わる何かが無いかを探る。
その為にも……。
「……それまで僕は色々と遊んで来るから、君の血、少し貰うよ」
「えっ」
ベッドに腰掛けるアンテへ身を乗り出し、その整えられた服を再度乱して、露出した首元へ牙を突き立てる。
「ひぁっ!? ちょ、直接はっ……無礼っ……! 無礼千万……!!」
と言いつつも抵抗は無いので遠慮なく頂く。
顔を真っ赤にする彼もとい彼女から十分な血を頂き、チロッと傷を舐めて塞ぐ。
「はぅぅっ……!」
ぷるぷる震える彼女の首元から伝う唾液の線を、浄化の指で切った。
もう一つ用事があるので、目を瞑って息を整えるアンテを待つと、程なくして視線は交わり、ビクッと後退りされた。
得た血液で肉体を300程度、伯爵級までアップグレードしているが、引かれる事ではあるまい。
アンテは一瞬視線を逸らすも、今度は睨め上げる様に僕の瞳を見上げた。
「……あのねぇ……ボクは一応凄く強いんだよ? それをこうも勝手な事するのは、如何な物かと思うんだけど?」
「望まれない事はしていないよ。僕に入れたかったんでしょう? 君の血を」
「……直接は無礼」
むむぅと視線を逸らしたアンテの顎を引き、視線を合わさせる。
僕に対して常に若干及び腰なのは、本能的に僕が格上だと理解しているからだろう。
ボディは雑魚だし演算力は本体の十分の一にも満たないが、知識と経験は本体の物。最適解の決め打ちが出来れば演算は最低限で良い。
アンテはそれを、何となく理解しているのだろう。
「アンテ」
「……」
「顔真っ赤だよ」
言うやアンテの掌が僕の顔を押し、アンテの顔が逸らされる。
しかしそれも束の間、不意にその手はハーフマスクに伸び、それを外した。
僕の顔を、刻まれた二筋の傷を見たアンテは、傷を刻んだ時と同じ様に眉根を寄せて、傷をなぞる。
傷跡を残す為に込められていたアンテの魔力が抜けて行くのを感じた。
「…………他意は無い」
「そう」
何処か張り詰めていた様な、剣の様に尖っていた雰囲気がゆるっと丸くなったアンテ。
これから何かを変えて行こうと思っているかも知れない所で悪いが……。
「体の事は少しの間誰にも言わないこと」
「……なんで?」
「皆性別変えたいって言って来ても困るからね」
「……成る程、確かに」
……拗れてるな。
こんな事でも納得してくれた様なので、早速城へ忍び込みに行こう。
そそくさと移動しようとした僕の両肩を、アンテが掴んだ。
「ボクを辱めておいて、お気楽に遊びになんて行かせるとでも?」
「君が僕に勝てるとでも?」
魅了系の魔眼を発動させながら流し目を送ると、アンテは半歩、たじろいだ。
撫でテクは知識と経験だぞ。




