第21話 美童アンテ
第五位階下位
向かう先は、鳥の一派の拠点。
——美童アンテの本拠地。
その街は、深淵フォーレンや暴君ウェンザードの街並みと比べて明らかに整備されており、綺麗に整えられていた。
当たり前に自分勝手な吸血鬼の中にあって、美童アンテは王家と同じくらいには責任感があるのかもしれない。或いは箱庭でも作っているつもりなのか。
少なくとも、迫害を放置してたり平気で石畳みを踏み砕いたりする様な主人では無い事は確かだ。
もしくはその配下が優秀なのかもしれないが。
事前情報によると、美童アンテは美しい物が好きらしい。
それ故、その配下たるロードやノーブルは見目麗しい者ばかりであり、おおよそ8:2くらいで女性が多い。
ロードは全て女性だし、ノーブルも大半が女性。白いハーフマスクの集団、美童アンテの直属配下はそのほぼ全てが女性と言う事である。
また、美童アンテ率いる鳥の一派は、他と違ってロードや一部上位ノーブル等が美童アンテの屋敷を住処としている。
虎の一派はロードがそれぞれの拠点を持ち、ノーブルや他吸血鬼を従えている。剣の一派は何人かの取り巻きがローテーションでウェンザードにくっ付いては実戦形式で試合をしている。鳥の一派に限っては、美童アンテの親衛隊が如く周囲にいつも侍っている様なのだ。
その為、一応とばかりにあるロードそれぞれの拠点も、管理するノーブルや吸血鬼、職能を持つ人間が少しいる程度で、詳しい情報が分かる様な代物は何一つ無かった。
それでも得られた情報、念入りに隠された各員の日記によると、美童アンテはサラサラブロンドでクリクリおめめの可愛らしい男の子なのだそうだ。
また、美童アンテの配下、通称白妖会なる集団は、そのハーフマスクの下にアンテ直々与えられた傷を持つらしい。
美しい物を好むが美しい者には傷を刻み、その上で顔を隠させる。
傷を刻むと言う事は、美しく無くさせると言う事だろうが……詰まる所アンテは、美しい者は美し過ぎない様にさせ、それを物を使って補わせると言う事だ。
また、数少ない男の吸血鬼達は傷を刻まれていないらしいと言う事も分かった。
女性に限って顔を傷付けるその意図とは……?
……僕が行ったら首切り落とされたりしないだろうか?
分からないが、取り敢えず言えるのは、女性ロード達の日記によると、美童アンテは美しい物に執着したり顔を傷付けて来るが、それ以外はまともらしいと言う事。
まぁ、僕の美貌なら悪い様にはならないだろう。
ゴミみたいな血肉を捏ねて作ったこの体も、丸一日僕の気に晒された事でかなり僕化が進行しているし。
それでは行ってみよう。
綺麗に整えられた屋敷を覆う鉄柵。その門の前で立ち止まると、門番である白妖会の美少女、ロードクラスの吸血鬼が訝しげに此方を見下ろして来た。
僕は深く被っていたフードをヒョイっと下ろす。
「っ……」
目を見開いた彼女に歩み寄り、その目を覗き込む様に見上げた。
「開けて」
「っ……ど、どうぞ」
白妖会の女達は、より美しい者こそ価値があると言う認識がある。
それはアンテの価値観を元にする物であり、美しければ美しい程に寵愛を受けるが故、彼女等にとっては極自然な判断材料であった。
僕の美貌に混乱したロードは、ノーブルクラスのエネルギー量しかない僕に敬語を使い、門を開いた。
僕は門番ににこりと微笑んで、その横を通過した。
「ッッ……!」
少し長い石畳の道を進みながら、ロードクラスでないと聞き取れない様な微かな呟きを拾った。
「……すっごい物見ちゃった……筆頭が変わっちゃうかも……」
特に有用な情報は吐かず、ただドキドキと高鳴る鼓動だけを響かせるダメ門番を捨て置き、屋敷の扉へ歩みを進める。
僕が近付くと、扉は1人でに開いた。と言うより新たなロードが扉を押し開いた。
感じられる気配からして、この屋敷の中ではトップクラスのロードだ。
中々の美貌の女は、僕と視線を合わせるや、少したじろぐも、毅然と言の葉を紡ぐ。
「……此処より先はアンテ様の御座所。臣下ならざる者が歩み入る事、まかり成りません」
鋭い目付きで此方を見下ろす黒髪の美女に対し、僕は首を傾げ、刹那の無拍子でその横を歩き抜けた。
「っ!?」
反応が遅れた彼女が振り返る。
その彼女と僕の視線の先に、それはいた。
「ようこそ」
短く揃えられたサラサラの金髪に、ぱっちりおめめの赤い瞳。小さな体躯を覆う豪奢で品のある衣装に黒いマント。
——美童アンテ。
アンテは微笑み、黒髪の美女は膝を付く。
その次の瞬間、アンテは僕の顔を認識し、ストンと微笑みの表情が落ちて消えた。
その瞳の奥には、確かな狂気が見て取れる。
「……」
「……」
「……」
まるで時が止まったかの様な数秒の後、アンテは僕の顔を包む様に持ち上げ、目を合わせた。
更に数秒経った後、徐に伸ばされたアンテの親指の爪が、僕の目元に突き刺さる。
そのままギリギリと目元から頬に掛けてを切り裂き、血の雫が顎を伝った。
「……?」
アンテはまた少し僕の顔を見下ろし、首を傾げた後、今度は反対側の目元に爪を突き立てた。
「?」
「?」
「っ!?」
背後で黒髪さんが動揺する中、何故か2回切り裂かれた僕と切り裂いたアンテが首を傾げる。
また更に少し経ち、アンテは僕の目を見つめた後、眉根を寄せて僕から離れた。
「……まぁ、良いや。綺麗にして? 部屋で待ってるから」
「っ!? ……はい、直ちに」
それだけ聞くと、アンテは此方に背を向け、屋敷の奥へと戻って行った。
滴る血がぽたりぽたりと、屋敷の床を濡らす。




