第14話 夢現の邂逅
第四位階下位
ぐらぐらと世界が揺れている。
あちこちで何かが弾ける様な壮絶な音が鳴り響き、立ち込める甘美な香りが暴風となって世界を満たしていた。
ふと、視界に光が入った。
真っ赤で仄かな形しか見えず、炎すらも間近でなければ見えない俺の澱んだ世界に、あまりにも鮮烈な光が。
それはきっと、星と呼ばれる物だ。
チジョウとやらを映し取った、イカイ化迷宮とやらの上にある、無窮の天蓋に輝くと言う星。
それは白色をしているらしい。
星の欠片とやらが無窮の天蓋を彩り、それはそれは美しい景色なのだと、イカイに辿り着けた戦士達は皆口を揃えてそう言う。
俺にはそれは見えなかったが、きっとこれが、星なんだ。
きっとこれが、白なんだ。
赤く、黒く、澱んだ世界、その全てを塗り替える様な、無窮の光。
星は微笑み——
ゾッとする様な無尽の好奇が俺を貫いた。
◇
「——ッッ!!」
「ぴぇぁ!?」
跳ね起きて、目を抑える。
「っ、はっ……はぁ、はぁ……」
目玉がある事に安堵し、荒い呼吸を整える。
ここは、そう、家だ。家の寝床。
何処とも知れない戦場じゃなければ星の前でも無い。
どうやら夢を見ていたらしい。
「はぁ……はぁ……」
それにしてはやけに鮮明に感覚が残っている。
目玉を直接抉り出され、ズタズタに引き裂かれる様な。もしくは無数の小さな針の様な物で切り裂かれる様な。
あぁ、だが……どんな夢だったか……?
星? 戦場? ……いや、何だって良い。夢は夢だ。
額を伝う冷たい汗を拭い、煩い鼓動を鎮める。
その時、不意に声が聞こえた。
「ろ、ロイ?」
「っ」
「大丈夫? 怖い夢見たの?」
「コルニか……別に」
コルニは片目が俺と同じ澱んだ血色の瞳の癖して、隙あらば姉ぶりたがるから、面倒な事にならない様に隙は見せない。
やたらと力だけはあるから張り切って空回るしな。
そもそも怖いってよりは……何だろうな? 絶望感は無い……いや、なんか絶対避けられない様な絶望感はあったか? でも死ぬってより絶対安全だけど怖いみたいな有り得ない感覚だった気がする。
つまり……大した恐怖では無いって事だろう。目玉抉られるのが? ……まぁ、所詮夢か。
そんな事を考えていると、ベットの上の塊がモゾモゾと動き出した。
「ぅ、ん……ロイ、コルニー、イネちゃーん、いるのー?」
「ナタちゃん、いるよー」
「気配で分かるだろ」
ふらふらと伸ばされたナターシャの手を取る。
本当は甘やかすつもりは無いんだが、その体中に刻まれた古傷を見ると、つい甘やかしてしまう。
手を伸ばし、顔に触れる。そこに刻まれるのは、3本の古傷。
深層の獣に深く抉られ、回復が追い付かなかったが為に、ナターシャは視力を失った。
見えていた物が見えなくなる感覚は俺には分からないが、最初から無いよりは失う方が辛いだろう。
その一件でナターシャは、ガキの頃からの他者を見下し嗤う様な態度は鳴りを潜め、愛玩動物の様に成り下がってしまった。
迷宮の空気に体を硬くし、雑魚に怯えこそしないものの、同格や格上、図体のでかい獣を前にしたら途端に穂先が震えだす。
戦士としてはもうほぼ終わってしまっている。
それでも、俺は彼女にもう一度立ち上がって欲しいと思う。
一方で、全身に刻まれた古傷を見ると、もう戦わなくて良いと言いたくなる。
この傷は、ガキの頃から強かったナターシャが、ガキを食わして行く為に、無茶して戦い続けて来た証だから。
暫しナターシャの古傷をなぞっていると、寝室の扉が開く。
「……兄さん、またナターシャ姉さんとイチャついて……早くご飯食べてください」
「何言ってんだか……これは戦士を労ってんだよ」
そう言いつつ、イーネシスの足から伸びて来た影を押し退ける。
相変わらず器用なもんだ。
何かが欠けているからこそ何かが他よりも優れていると言う説はあながち間違いじゃないだろう。
俺が目が良く見えない代わりに他の感覚が鋭い様に、イーネシスは生まれ付き足が無い代わりに、影を操作する術に置いてはダンピールは勿論、吸血鬼達すら及ぶ者を見た事が無い。
昔から人見知りで臆病な所があるから、その力は隠して、普段外では拙い義足を黒い布で隠していると偽っている。
「おら、早く飯食って迷宮狩りに行くぞ」
「1番遅かったのはロイだよ! イネちゃんなんて私よりも早かったんだから」
「1番遅いのはナターシャだろ」
「ナタちゃんは良いんだよ、寝起き弱いもん」
「イチャついてないで早くしてくださいコルニ姉さん。ナターシャ姉さんも寝ないで、起きて」
「ねみゅぃよぉ」
さぁて、今日も何処ぞのガキ共の為に飯とって来るかね。
さっさと飯を済ませ、フードを被って、それぞれの得物を持ち、俺達は迷宮に向かった。




