第5話 地に棲まうは血を喰らう者
第五位階下位
ゴミですら無い黒い何かが駆除され、掃除された綺麗な暗闇を通り抜けた。
ゴツゴツとした岩肌の洞窟は、程なくして舗装された道へと変わり、遥かに地下へと続いて行く。
幸いにも、虫どもはちゃんと駆除されている様で、僕の感知範囲に塵屑の気配は無い。吸血鬼もやるでは無いか。
相対的に吸血鬼達の株が上がり、そこそこの時間を掛けた闇の果て、世界は唐突に開けた。
先ず真っ先に目に入ったのは、大きな門と、検問。
青い月の紋様が描かれたハーフマスクの集団。彼等は、王家直属のエリート集団。青き血の会、青血会の騎士だ。
本来検問に関わる連中ではなく、王家直轄の領地を警備、運営している筈だが……それ程厳格に出入りを管理したいと言う事か。
「戻ったか、護石を回収する」
「あぁ」
吸血鬼達が青血会に陽光耐性の装飾品を渡している中、僕は気配を殺し、フードを目深に被ってうろちょろと死角を潜り抜け、検問を擦り抜けた。
そのまま先へ進んだ吸血鬼のローブに一体化する様に張り付き、少し待つ。
「良し……門を開けろ」
重い音を立て、大きな門が開かれる。
そこを潜る吸血鬼達に合わせて僕もするりと門を抜けた。
ザル……に見えてその実、しっかり気配を探知して、吸血鬼であるか否かを調べていた。
それだけでは無い。
帝国という極めて巨大な勢力はしかし、吸血鬼が故に、その末端に至るまで、大なり小なり血の支配が行き届いている。
その全ては帝王、ヴァンディワルの影響を受けている為、端的に言って、それとそれ以外の違いがはっきりと分かる。
吸血鬼であるかどうかを認識すると共に、それが同じ血の元に集う同胞か否かも分かる。
ザルに見えて存在隠蔽をしなければ、1発でバレるだろう。
それなりに強力な監視体制にうむうむと頷きながら通り過ぎ、見えて来た地下大空洞の景色を臨む。
その大きさは、ざっと王国地下の地底湖並み。
王都丸々一つに周囲の草原は愚か森にまで届くあの地底湖と同じ程度となると、普通の方法では天井を支えられない。
つまり、迷宮があると言う事だ。
そも、吸血鬼だって外部からエネルギー摂取をしないと生きていけない。
つまり、この島には迷宮の様な大量の資源を産出する機構が無いとおかしい。
最初から迷宮があるだろう事は分かっていたのだ。
そんな大空洞の中で、僕がいるのは北辺。壁の袂で、少し小高い丘の上。
遠く、空洞の中心に見えるのは、良く整備された綺麗な街並み。
おそらくそこに吸血鬼のロードクラスがいるのだろう。
そこにはただ上下を分ける為だけの外壁があり、外側には多少雑多な街並みが、更に外側には平らに整備された平野が広がり、そして壁際には……今にも朽ちそうな無数の家屋が、壁にへばり付く様に建ち並んでいた。
良く見渡すと、地上への出入り口があると見られる場所には門と壁があり、中央へ整備された道が続いている。
貧民街らしき物とはきっちり分けられていた。
詳しい所は実際に赴かなければ良く分からないが、貧民街らしきそこの住人は、どうやらダンピールの様だった。
調べたい気持ちはあるが、取り敢えず帰還した吸血鬼達に足並みを合わせ、中央の都市へと向かう。
飛べば早いだろうに、用意されていた複数の馬車の一つに乗り込む。
その御者は、身なりの良い人間だった。
◇
あちこちに仄かな灯りが点在する地下空洞。
吸血鬼やダンピールには必要ないが、それでも灯りがあるのは、人間と言う便利な道具を使用する為だ。
身なりの良い人間は、ノーブルやロードクラスの吸血鬼が飼う職能を持つペット。
食用の家畜とは少し扱いの異なる、仕事と少しの言葉だけを覚えさせられた、ロード達御用達の奴隷。
それを飾り付ける事が、ロード達のちょっとしたステータスの一つとなっている。
ブリーダー気分な訳である。実際はブリーダーなんて高尚な物ではなく、そこに愛だのと言った心持ちは一欠片も無いが。
一言も発さず礼を取る御者を横目に、仄暗い町へ入る。
特段検問等は無く、あっさりと侵入出来たその町は、ほぼ石造りな点以外は人の町と殆ど変わらない。
特別な指示があるまではいつも通り、普通に過ごせ。そう指示を出しておいた吸血鬼達があちこちに分かれたので、此処からは自由と言う事だ。
取り急ぎ僕がやる事は、吸血鬼の頭数等がしっかり管理されているのかの確認。
記憶を調べた結果それに類する制度等は無かったが、下々が気付かない、上から見たら分かる戸籍の様な物があった場合、体こそ因子を混ぜて誤魔化しているが、そこまではどうしようも無いので、不法入国がバレる可能性がある。
慎重且つ迅速に、調べよう。
なに、時間はある。仮にポンと邪神の欠片が飛び出しても、吸血鬼をしばき倒している内に此方の準備は整うのだから。
◇
仄暗い町を気配を最小にちょこちょこふらふら歩き回り、分かった事を纏める。
先ず、この町の住民の比率だ。
この町に住んでいるのは、大半が下位の吸血鬼であり、また幾らかの職能を持つ人間、僅かな数のダンピール。それとノーブルクラスの吸血鬼が極少々いる。
また、町内にも区画分けがある様で、極低い壁と門があった。
北側のこの町は比較的穏やかだが、東側はダンピールの数が多く荒んでおり、南側は怒号が絶えず響いてあちこちで喧嘩やら試合やらが行われていて、西側は北と比べてやや汚れている。と言うより、北側の管理が良く行き届いていると言うのが正しいか。
詳しい所はまだ分からないが、北区画が他の区画の整備の手本となっている様である。
また、壁に張り付いて中央の気配を探った所、中央には全くダンピールがいない事が分かった。
それどころか、下位の吸血鬼も殆ど居らず、専らノーブルやロードクラス、そのペットたる人間の住む場所の様である。
では、肝心の戸籍についてだが……基本的に無い。
正確には、全ての吸血鬼が管理されている訳では無い。
街行く吸血鬼達を見ると、何人かが家紋の様な物を身に纏っているのが分かる。多種多様あるそれらは、良く見ると5つの系統に分けられていた。
虎の紋章、鳥の紋章、剣の紋章、薔薇の紋章、百合の紋章だ。
その内、虎、鳥、剣の紋章には荊の意匠が見える。その事から、この紋章が血と眷属を表している事が分かった。
皇帝は薔薇であり、他の3種が公爵。百合は例のリブラ・ドラクルの事だろう。
他の3種が人や下位の吸血鬼に見られるのに対し、薔薇は青血会、百合は白い服に百合の花のハーフマスクをした集団、聞いた所による白い百合の会、白百合会しかしていなかった。この事からも、薔薇と百合が特別であると分かる。
その比率は、東に虎が多く、南に剣が多く、西に鳥が多い。
またそれらの特徴は、虎の者達が全体的にヒョロイか太っており、剣の連中は引き締まっていて、鳥はすらっとしている。
鳥の紋章の者達は彷徨いている数自体が少なく、また青血会や白百合会を意識している様なハーフマスクをしていた。
その所作までは真似しきれていない様で、青血会や白百合会の劣化コピー感は否めないが。
また、それらの紋章持ちは全員が全員、紋章を持たない他の吸血鬼より大なり小なり強く、そしてそれら下位の吸血鬼を文字通り下に見る傾向がある様だった。
その他にも、薔薇を象ったデザインの独自の貨幣が流通していたり、金物屋や食堂、冒険者ギルドみたいな施設があったりと、吸血鬼の町も人間の町とそう変わらない様だ。
やはり、共同体が形成されると役割分担も生まれる物だ。天使も悪魔も吸血鬼も、そこら辺は人と大して変わらない。
……まぁ、店で売ってるのが血や肉だったり、公然と人間が取り引きされてたり、迷宮へ廃棄する用に押し固められた人骨混じりのブロックが山積みされていたりと、中々人間にはヘビィな場所だったが。
特に純家畜用の人間なんかは教育なんて当然受けて居らず、安い個体等は薄汚く小さな檻に閉じ込められており、一応人間の身としては思う所が無い訳では無い。
だがまぁ、何度も言ってきた様に、人も獣も変わらない。
ある場所では獣が家畜として育てられ、殺されて消費されている様に、ここではそれが人間だったと言うだけの事。
やがては救うが、今では無い。
その時まで生き抜いたのなら人としよう。僕は一応、人間贔屓だからね。
ここまでで分かった事をざっと纏める。
吸血鬼達は極めて階級に厳しい。
ノーブルやロードクラス等強い者達は大体が紋章を持ち、紋章の無い者は下に見られるし実際に下。
紋章は大きく分けて5種類あり、その内薔薇はヴァンディワル、百合はリブラ・ドラクルの配下を表す。また他に虎、剣、鳥の勢力があるが、それには荊の意匠が混じっている為、ヴァンディワルの支配下にあると思われる。
独自貨幣が流通し、それを使った商店がある。
それから、人間は家畜や便利道具として使われている一方、ダンピールは忌避すべき下等生物として扱われている様で、道を歩けば物を投げられ、何かを売れば安く買い叩かれ、何かを買えば足元を見られる。
そして、それらヒエラルキーの影響や、吸血鬼自体が僅かに纏う不浄があちこちに蔓延っているせいで、この義体では邪神の欠片の位置が全然分からない。
まぁ、例によって急ぐ必要は無いし、一つ一つ確実に調べて行こう。
コレはテストも兼ねている。僕の雑魚分体が、どれほど調べ物を出来るかのね。




