幕間 夜の帳の中で
【白夜の夜】
「……これはインテリア、インテリアさね」
そんな事を言いながら、棚から分厚い本を取り出す。
ユキが欲しいと思ってとか言いながら押し付けて来た本だ。
装丁はやたらと豪華で、火の紋様が掘られた赤い宝石が並んでいたり、やたらめったら線が走っていたりする。
実際の所は、魔法陣や術式の類いでは無く、極めて大雑把に魔法発動の様子を記した図なのだと分かる。
この魔典はエクスプロージョンの魔典だ。
パラパラとページを捲る。
内容の9割は、火の属性に関するルーン文字がランダムに並べられた物で、はっきり言って殆ど意味を成さない。
でも魔力が通るので、魔法を発動させようとしたら文字が光る。
術式の殆どは一番前のページと最後のページ、そして真ん中のページにある。
後はパラパラと小さな術式が各ページに散りばめられているくらいか。
「こほん」
何と言うかこう……内から滲み出る様な何かが、刺激されている様な感じ。
にやつく頬を抑え、本を棚に戻した。
この魔典……一度使うと、インクがしょぼいから術式崩壊を起こして使えなくなるんだよねー。
一応紙の質が高いから物質耐久力は問題ないし、魂魄質は最低限だけど1発くらいじゃ疲弊しないから魔導耐久力も問題ないけど。
書き直すのは面倒くさ過ぎるからオーナメントみたいな物さね。
何とは無しにベッドへ飛び込み、足をバタバタさせながらベッド下を覗き込む。
引っ張り出した物は、宝石セット。
なんかカッコいい感じの金ピカな宝石箱に入れられた、一粒がピンポン玉くらいある宝石達だ。
「ふ、ふふふ」
特別強力と言う訳では無いけど、一応本物の宝石だ。大事にしてればそれなりに強くなる筈。
一つ一つ丁寧に磨き、宝石箱に戻した。
さぁ、次は——
◇◆◇
斯くて夜は更けていく。
なりきんごっこと言われる時が刻一刻と近付いて来ている事を、彼女は予想だにすらしていない。
◇◆◇◆◇
【彼等の夜】
今日も今日とてお祭り騒ぎだ。
水の都市、エルネシアで行われた水神の残影イベントを越えた打ち上げである。因みに明日は風の都市、レグリスタで襲撃イベントがある。よって明日もお祭り騒ぎだ。
なんなら6連続お祭り騒ぎの予定だ。
休んでおけとは形ばかりの注意。
武技を錬磨し、レベル100に至って、身に染みて分かる。
この肉体、普通にやってたら全然疲れない……!
集中力も全く落ちないし、喉も乾かなければ腹も減らないしトイレにも行かない。
ユキさんメイクのとんでもボディだった。
その土台を支えているのがレベルやスキルを含めた魂であるとか何とか。
理論的な部分は詳しく分からないが、要約すると魔力の回復と生命活動による消費が大体釣り合う様になっているとか。
そんな事を考えつつブルーなんちゃらと言うカクテルを呷る。
柑橘っぽい香りに爽やかな甘味が抜けて、まるでジュースでも飲んでるみたいだ。
名前の知れないグラスを置き、バー的なカウンターから視線を逸らす。
楽園都市バランディースの夏島、外の宴会場は、黄色いライトに照らされた木製の机や床が何とは無しに温かみを感じさせる、異国情緒溢れる広場だ。
異国情緒溢れるってか、工業社会が形成された後の多少平和な時代の異国って感じか。
量産された机や椅子に、一応魔法故にオーナメントと化した剥き出しのライト。
この世界の文明レベルと比べて明らかに隔絶している。
おかしいと思う一方で、いやでもユキさんだしおかしくないかと思う。いやいやユキさんはおかしいだろと思うが、でもユキさんはおかしくないよ、普通普通と言っていたし、前世ではこんな物で普通だった筈。いやでもやっぱり——いやドツボだ。
俺は考えるのを辞め、違和を酒と一緒に飲み込んだ。
既に夕食は終えてるが、食おうと思えば消化分解が多少早まるとかで、折角だからと軽く肴を摘み……延々に食えるから永遠にポリポリむしゃむしゃしてる。
これは美味いのが悪い。
あっちこっちで仲間達も酒を飲み、好きに騒いで好きに摘んでいる。
やはりハイレベルでも酔える質の高い酒がただと言うだけあって、皆カパカパ飲んでいやがる。
「ユーイチ君、飲んでますか?」
「ゆーいちぃ〜、えへへ〜……」
「おう、飲んでる飲んでる。折角だからな」
酔っ払ったエミリーを伴って現れたのは、エミリアさん。
竜を模した面で口元しか見えないが、いつも笑顔のお姉さん、いやお姐さんだ。
身体中のあちこちについた傷の跡と、程良く鍛えられた筋肉、健康的な小麦肌、酒宴用のちょっとしたドレスの隙間から覗くその肢体は、彼女が歴戦の猛者である事を示している。
エミリアさんは不意にエミリーの後ろに回り、エミリーを押し出した。
……ちょっと視線が不躾だったか? 俺も酔いが回ってるな。
「ほら、エミリーさっき言ったようにしなさい」
「え〜? えへへ、ゆーいちぃ」
「おっと?」
酔って抱き着いて来たエミリーを抱える。
な、なんだ急——にっ!?
「えへへ〜、ちゅ、ちゅ」
「な、なななっ!?」
なななんだなんだなんだ!? 酔ってるのか!? 酔ってるわ!!
潤んだ瞳で此方を見上げるエミリーが可愛すぎるぅぅ!
「ゆーいちー、しゅきですぅ」
「お、おおう、俺も好——」
「Zzz」
「——きいやおぃぃ……!」
寝るの早過ぎか!
「あらまぁ……飲ませ過ぎましたか」
「いやほんとに……」
エミリー酔ったらキスするんか…………。
「邪な顔をしていますよ」
「えっ!?」
「ふふ、カマ掛けです」
「ぐぁ……やられたわ」
いやいや、エミリアさんは本当に人の機微を見抜くのが上手いな。やられっぱなしだ。
恥ずかしいのを隠す意味でもエミリーを抱き抱えて立ち上がり、さっさと退散する事とする。
「エミリー部屋に送って来るわ」
「鍵はちゃんと閉めてするんですよ」
「あぁ、一応鍵はな」
とは言っても誰も盗もう害そうなんて奴はいないだろうが、鍵閉まるとプライベート空間味があるからなぁ。
鍵とドアは大事だよな。
◇◆◇
「はぁ」
ユーイチ君がエミリーを抱えて連れて行くのを見送り、私はため息を吐いた。
あの様子じゃ全く理解出来ていないだろう。
竜化の影響か昔の自分……いえ、妹の酒精耐性を見誤った点も惜しい。
幸い未だ数回チャンスはあります。初々しいのも良いしひたすらに羨ましいですが、早く恋人から次の段階に行って貰わなければ。
「はぁ」
ぐいっとお酒を呷る。
不思議な気分だった。
まるで自分だけの大切な箱庭を覗き込んでいる様な、心穏やかになるし、羨ましくも感じる。
未だに確かに、エミリー、妹への嫉妬は尽きない。
ユーイチ君がエミリーを抱えているのを見ると、胸がチクリと痛くなる。
それでも……きっと良いのだろう。
私はユキさんを信じる事にしたし、ユキさん以上に信じられる存在はそういない。
ユキさんなら、いつか必ず、答えを見せてくれる。
だから胸の痛みは保留で良い。
例えどんな結果であったとしても、この痛みはやがて、いつか必ず、愛情に変わるから。
「……それにしても」
ユーイチ君、私はユーイチ君の子ならどんな子でも姪や甥として愛を持って抱き締められるでしょうが、一番最初はユーイチ君とエミリーの子が良いですからね?
エミリーを抱えて去って行くユーイチ君に、熱視線を向ける懐かしの面々。
あー、あの子もユーイチの事が好きだったのか、そんな事を思いつつ、私はお酒を飲み、心穏やかに夜風に当たる。
…………ユーイチ君、帰って来たら他の子と飲みますよね? ……良い雰囲気になったらころっと行っちゃいそうだし、邪魔しますかね。
◇◆◇◆◇
【ウレミラの夜】
誰かが泣いているの。
起きると忘れてしまうけど、いつも夜に泣いてるの。
前はとっても大きな声で、痛いよ、怖いよ、って泣いてたの。
それが誰かは分からないけど、とっても近くから聞こえてた。
ずっとずっと、聞こえてた……。
うーたんには、何も出来なかったの。
何処を見ても真っ暗で、声を出す事も出来なくて、ずっとずっと泣いていて、うーたんも悲しくて、苦しくて……。
それが変わったのは、ママに会ってから。
夜の森の中みたいにまっくらだったのに、ママに会ってからは、いつのまにかお空にお月様がいたの。あれはママなの。
全部無くしちゃう様なまっくらがなくなって、声も出せる様になって、泣いている子を探したら、そこにいたのは小さなうさぎさん。
ピンク色で、どうしてか見覚えがあって、なんでかとってもざわざわする。
そんなうさぎさんにどうしたのって聞いても、うさぎさんは何も答えてくれなかったの。
仕方ないから、泣いているうさぎさんを、うーたんはいつも抱きしめてあげたの。
最初はずっと泣いてて、痛いよ、怖いよしか言ってなかったの。
でも暫くすると、痛かったよ、怖かったよって言ってくれる様になったの!
うさぎさんは一度も助けてなんて言わなかったけど、うーたんはママの子なの! 助けて欲しくてもそうじゃなくても、シッタコトデハナイッなの!
だから今日も、泣いてるうさぎさんを抱き締める。
ママがいつも、うーたんにしてくれる様に。
「よしよしなの」
頭が溶けちゃうくらい優しく撫でて——
「大丈夫なの」
——自信満々に胸を張り——
「——僕がいるの」
全部僕に任せるの。
あっとーてきよゆーを魅せつけるの!
◇◆◇
朝。
ログインして起きると、またうーたんがキリッとした顔をしていた。
髪を整え頭を撫でると、まだ眠いのか寝惚けた様子で擦り寄って来る。
「……おちゅきしゃまなのぉ」
「うん、そーだよー」
むしろ僕は羞花閉月の美人である。




