閑話 カナデご飯 二
第五位階下位
度重なる交錯と砲火の着弾。
格上足る獣竜を前にクローネ・ザラニアは防御と回避による持久戦を仕掛けた。
或いはそれは、飢餓と暴食の導きだったのかもしれない。
より時間を掛けて、ゆっくり殺せば、より多くの血肉を喰らう事が出来る、と。
また一方で、クローネ・ザラニアは冷静だ。
数千、数万にも及ぶ捕食と吸収、貯蓄により、魔力総量は目前の強敵の比では無い。
致命打ならばどうとでもなる。
然らばやるべき事は、じっくり煮込んで味見して、ゆっくり食べて味わうのみ。
然して多少の火傷は御愛嬌。
重く、鋭い突進。
スキルを重複発動し、当たり前に避けたその先で、クローネ・ザラニアは撥ね飛ばされた。
宙を舞う中体勢を整え、砕けた骨を再生させる。口から溢れた血はただの摘み食いだ。
——尾による一撃。
遠心力を十分に乗せ、鞭の様に振るわれた鋼の筋肉。
それは咄嗟に張られた竜殻の盾を粉砕し、その衝撃は弾性に富むスライムボディを貫いてクローネ・ザラニアの骨を砕き、胃袋を揺らした。
「ごふっ……じゅる」
『あぁぁ!? クローネ! それはまだ消化してないです! 出さないで!』
「出してませんよぉ〜? 勿体な〜い」
マイペースな会話をしながらも、クローネ・ザラニアは敵の危険度を上方修正した。
成る程確かに、奴の推定レベルは迷宮の裏ボス故に200程。
しかし、その上限は設定されていない。
勝利は揺るがないと言う慢心を戒め、クローネ・ザラニアはコスパを気にする事をやめた。
これはただの食事では無い……踊り食いであるっ……!
……そう思ったかは定かでは無いが、少なくともその程度には上方修正し、彼女等は形を変えた。
「バアル」
『! 行きますかクローネ!』
やはり、敵は幾らでも学習する。
暴竜はここぞと言うタイミングまで、バカの一つ覚えを演じた。
それは必殺だった。
生き残れたのは、クローネ・ザラニア、及川雅奏の生来の処理能力と、バアルの反射のおかげ。
本来であれば上下に泣き別れする筈だった一撃を、骨が砕ける程度に抑えられたのは、狡猾な暴竜にとっての大きな誤算だった。
「Guruaa...!!」
現れたのは——巨獣。
ただバアルのスライムボディを大きく纏い、それを今まで取り込んだ多くの魔獣の形に変質させた、異形の怪物。
もはや誤算は起きない。
あるのは必滅の未来のみ。
クローネ・B・ザラニア、第二形態の食事が、今始まる。
初手、暴竜の突進。
狙い違わず衝突したそれはしかし、暴竜の出血と言う形で終わる。
そこにあったのは、毛玉。否、逆爪と牙の針玉。
間を開けて立ち並ぶ針は、ある物は暴竜の硬い甲殻を貫き、ある物は衝撃により砕けている。
その衝撃は内に満たされたスライムボディにより、針玉の主にまるで届いていない。
火を口腔に宿し、後退する暴竜。
その目前に現れたのは、無数の光。
蛇や狼、熊等の姿を取って現れた顎門は、全てに青白い光が宿り——
——爆発。
激しい爆風をも利用して大きく後退した暴竜は、立て続けに火球を放ち、的確に追撃のブレスを打ち落とす。
対する暴食はブレスを目眩しに左右に触腕を展開、コスパを重視した蛇眼から、大雑把過ぎる竜眼へチェンジした魔眼を発動させた。
動きを止めた暴竜に迫ったのは——巨大な口。
立ち並ぶ大きく鋭利な、そして複数連なる牙の森。
その奥に佇むのは、虚空。
先を見通せない。この世の深淵まで繋がっている様な、永劫の暗闇。
神代化処理を施され、霊験門を越えた英傑の血肉を継承し強化された、正しく——魔神の胃袋。
複数の魔眼、それによる僅かな足止め。次の瞬間には、暴竜は大地を削る大きな顎門に飲み込まれた。
迫る暴食の牙を前に、暴竜もただではやられない。
赤く歪むオーラを噴出して、鋭利な爪で牙を砕き、その肉体を持って牙を跳ね除ける。
しかし、暴食もまた口に入った食材を逃す事は無い。
へし折れた所で万力の如く迫る牙は止まらず、柔軟に迫り来る無数の刃が身体のあちこちに突き刺さる。
怪物の口内と知り、己が死を察したか、暴竜は最後の抵抗に出た。
噴き上がる赤いオーラが、暴竜の口腔へ収束する。
強化を失った肉体に突き刺さった牙は、深く深く体を切り裂き、その血肉を食い破る。
流れ出る命の雫、塗れた内臓、喰い千切られた四肢は最早意識の外。
全て燃やし尽くす命の炎は、今——放たれた。
◇
「けふっ……こほっこほっ……」
『クローネ、漏らしちゃいました!』
「こほっ……気にしないでねぇ?」
口から漏れ出た僅かな火が、空を赤く彩った。
焼け付く喉や食道は瞬く間に治癒され、クローネ・ザラニアは何事も無い様に微笑んだ。
見事胃袋から溢れ出た炎はしかし、天には及ばず。
いつ腹の内に収められていたのかを、彼の竜は知る由もない。
ただクローネ・ザラニアは微笑んで、災禍の跡地を引き返した。
「良い家畜が手に入ったねぇ」
『雄がいませんよクローネ! 増やせませんよクローネ!』
「治療しながら剥げば良いかなぁ?」
『成る程ですクローネ! 流石ですクローネ!』
……哀れな竜に救いあれ。




