第46話 悔しさは糧
第八位階下位
剣先を越える程の意志が込められた斬撃。
拳打蹴撃には激しい魂の闘争が混じり、その余波が花弁を巻き上げ闇を彩る。
然ながら桜吹雪に舞う様に、2人はその場を殆ど動かず戦っていた。
振り抜かれる斬撃は常に二段構え三段構え、瞬きの内に数百の斬撃が衝突し、交錯するほんの一瞬に数千の意志が互いをすり潰さんと激突する。
流麗な演舞の様でいて、人が地に塗れる様な凄惨な戦場でもある。
魔力よりも演算力を行使しているが為に余波が少ない、刃の一閃、拳打の一撃に掛ける熱量は尋常ならざる。
正しく理想。皆が参考にすべき至高の一戦。
永遠に続くかと思われたそれもしかし、終わりの時は来る。
それは演算力の限界だ。
何万にも及ぶ衝突の末、お互い図った様に、この戦いで初めて距離を取った。
「……やるな。眠そうな顔してとんだ情熱家だ」
「…………うっさい死ね」
珍しくも、メロットが雑に暴言を吐いている。それにしてもやっぱり、メロットは意外と情熱的だよね。
雑なのは恥ずかしいからだろう。
桜の神はチラリと僕に視線を送る。
「ふっ、良い忠臣を持っているな」
「……黙って死ね」
言うや、メロットは剣を振り上げた。
そこに宿るのは膨大な魔力。
そう——メロットは負けたのだ。
僕の指示を律儀に守り、圧倒的に不利と分かる技量のみで神と衝突し、演算力の限界に至った。
平気な顔をしているし、平然と剣を掲げているが、最早立っているのも厳しいだろう。
魔力による暴力で勝つ事に、事実上負けている事に、メロットは悔しがっている。
なんて愛おしい事だろう。
桜の神とメロットの戦いの中で分かったのは、桜の神が僕と同じ万能タイプの神であると言う事。
尖った攻撃をして来ないが、24の剣と合わせた手数と、様々な術理からくる技量は、易々とは打ち崩せない。
その強みに合わせてか戦闘スタイルは防御寄りで、より一層堅固であった。
メロットの暴力に対し、構えたのは剣ではなく、盾。
桜色の剣が変化した、六角プレートにあったのと同じ、桜色の盾。
いつのまにか24の剣も消滅し、その全てが桜色の盾に宿っているのが見えた。
「来い、最後まで立ち塞がってやろう」
「……ちっ、潰す」
メロットが雑なのは疲れているからか、対して桜の神には最初程の精彩は無いが、余裕はある。
メロットの魅了混じりの魔力は、遥かに練り上げられ、神性を下ろして鋭く光る。
対する桜の神は、そのやや薄いとも言える盾に仄白いオーラを纏い、幾千、幾万もの魔力層を形成した。
およそ30種類程度あると見られる防壁は全体的に弾性に富み、一つ一つがそう硬くない代わりに対象へ纏わり付いて、内包される攻勢魔力を喰い潰す。
果たして——衝突は一瞬。
集束の甘いメロットの剣は、爆発的な衝撃波を纏い、張られた結界を次々粉砕する。
——正しくそれは暴力。
属性相性を突く事による威力減衰も、重複演算を強要する多重多属性結界も、一点突破を許さない纏わり付く構造も、まるで無意味。
膨大な魔力の螺旋は、くっ付いて来る前に結界を飲み込み、濁流の如く流れて演算を無視し、威力減衰など些末と言わんばかりの激流で盾を破壊した。
全ての結界が瞬く間に破壊され、桜色の盾すらも粉砕し、そして——渦巻く斬撃は桜の木を捩じ切った。
——受け流された。
刹那、抜刀。
既に放棄されていた桜色の盾は即座に一本の剣へと変じ、斬撃が桜を抉る頃には既に引き抜かれていた。
振るわれた一閃は逆袈裟。
桜の残光は赤い花弁を舞い散らし——
——反射的に放たれた蹴りが桜の神の胴を消しとばした。
以前僕がメロットの首を落とした時にくらった奴である。
反射と言う名のプリセットによって、メロットは蹴りに限って瞬間的に真気や神気を宿して来る。
そして、どんな体勢でも、それこそ首がなくても胴が千切れてても座っていても、足が2本あって射程内なら先ず当てて来る。
少なくとも接近戦では、メロットを仕留めるレベルの攻撃とメロットの全力を受け切るレベルの防御ないし回避を同時に展開しないと行けない為、僕でさえ簡単とは言えない。
幼神らしいシャルロッテでも吹っ飛ぶだろうから、メロットも幼神級なのだろう。
何せ神気をまともにコントロール出来るなら幼神らしいし、メロットは既に知と縁によって神権を励起する神降ろしではなく、直接的な神気の操作が出来ている。
そんなメロットキックが当たれば、当然——
《【運命クエスト】『月夜桜の園』をクリアしました》
——勝負は決まる。
胴をぶち抜かれた桜の神が膝を付き、同時に背骨で繋がってるメロットが大量出血しながら地面へ倒れ伏す。
最早治す余力は無い様で、口端から血を垂らしながらゆっくりと瞳が閉じられる。
このままだと死ぬので、取り急ぎ傷口の固有攻勢魔力を分解、及び採取。
基礎再生力によりぐにぐにと治り始めたそれは、しかし先ず間に合わないので再生補助。
破損した肉体の治療を終え、酷使により部分崩壊が起き始めている魂魄の応急処置を開始した。
「……無茶をさせたな」
「これぐらいがちょうど良いさ」
魂の崩壊現象は恐ろしいが、下手な手を打たなければ崩壊し切る前に止まる筈だ。
僕はその何割かの分解が勿体無いから手を尽くしているだけで、治療しなければ完全消滅に至る程の崩壊では無い。
おまけで桜の神の再生を行いつつ、メロットを膝枕して撫でる。
浅い呼吸を繰り返すメロットは、閉じていた瞳をゆっくり開き、弱々しい目で僕を見上げた。
そんなメロットに影が差す。
「これで俺の試練は終わりだ。大した腕前だった。良い主人を持ったな」
「……当然」
「ふっ」
青息吐息で僕を誇るメロットに、桜の神は僕共々可愛らしい物を見る様に見下ろした。
流石は神級2体を統べる神と言った所か、余裕がある。
「餞別だ」
そう言って桜の神は片目に手をやった。
「お前なら、そう時を掛ける事なく目醒めるだろう」
そんな言葉と共に、舞い散る桜は吹雪となり、渦巻く嵐となって、闇に包まれた世界を桜色に染めて行く。
淡い光はやがて集束し、僕達を包み込んで——
◇
光の先にあったのは、夕暮れ。
沈み掛けの太陽が空を赤く染め、間も無く闇夜が迫り来る。
そんな夕暮れの中、僕は季節外れに狂い咲いた桜の下で、メロットに膝枕をしていた。
「……目が熱い」
「ん?」
そのままの流れでメロットを撫でていると、不意にメロットは瞼を押さえた。
見た所少し温度が上がっているが……特に……おかしな所は……無い……筈無いよね。
メロットの瞼を開かせ、よーく観察してみる。
その瞳はいつもと変わらない色だが、仄かに光を纏っている様だ。
はっきりとは分からないが、これはもしや…………魔眼の因子でも入れられたか?
桜の神は餞別だとか言っていたし、何かしら貰ったのだろうと思ったが……色魔眼の因子なら貰い過ぎでは……いや、ダモスの件の追加報酬だと思っておこう。
取り敢えず悪い物では無いだろうし、夕食の時間まであと少しある。ご褒美がてらメロットを撫でてあげよう。
「これご褒美ね」
「……まぁ、いい」
なんだ、今日はやけに聞き分けが良いな。
そんな事を思いつつ、夕暮れの桜の下、僕は暫しメロットを撫でるのだった。




