第43話 かつて滅びし強欲の
第八位階下位
盾の六角プレートに触れ、飛ばされた先は……広い闇の中だった。
広大な闇の中には小さな丘があり、遥かな天井から一筋の光が差している。
光は丘の上に咲く満開の桜を照らし、仄かにオーラを纏う桜は闇に浮かび上がる。
静かに佇む大樹は、時折ゆらりゆらりと花弁を散らし、光を纏う薄桃の絨毯が丘の闇を払っていた。
そんな桜の丘に、人影が一つ。
戦士としては極めて軽装。要所を守る革の鎧に、歩みに合わせて棚引くコート。たったそれだけ。
腰に刷いた二振の剣は、同じ桜色をした心器の類い。
柄にはそれぞれ薔薇と蜂の紋章が刻まれ、それに見合った彼女等の力が感じられる。
コートの背から裾に掛けては、24の紋章が刻まれている、どうやら天竜達の力が宿っている様だ。
火、水、風、土の基本4種に闇と光。それから上位属性の雷、氷、霧、鋼、森、錆、毒、死、生、聖、影。各種闘気の斬、打、突、軟、硬。そして、空間属性と、単なる力の塊、無属性。
見る限り全てが天竜級なのだろうが、中でも火と風、斬と打の4属性がより大きな力を宿している。
それ以外にも、服の各所に様々な整理された力が感じられた。
この迷宮の主、彼等彼女等の象徴足る存在は、整った容姿と長い髪から女性かとも思えたが、男神で間違いない。
切れ長の目は鋭く、おそらく色魔眼の類いと思わしき桜色の瞳と相まって、感情が伴えば凄みが出る事だろう。
何処となくクールな印象を受ける彼は、ゆっくりと口を開いた。
「……先ずは礼を、ありがとう、幼神ユキ。よくぞダモスを討ってくれた」
「ほむ? どういたしまして」
ダモスか、異界から来た強欲の魔王とか何とか言ってたが、この神と関わりがあったか。
「随分探してケリを付けた積もりだったが、まさか大神の管理領域に潜んでいるとは、人の悪いうさぎだ……手間を掛けさせたな」
「……倒したのは死神だよ」
邪魔したのも死神だよ。
……まぁ、僕に対する試練になったのは間違いないし殴るだけで良しとするが。
後、この世界の支配神はうさぎの神だったのか。白兎商会とかの兎の事だろう。
「死神には礼を済ませてある。あの人はあの人で楽しそうだったがな」
本当にね。思い出すだに腹立たしいね。1発殴るよ。
「ともあれ、何か謝礼を贈りたいと思う。何が良い?」
「報酬ならもう貰ったよ?」
「それは試練を越えた者に与えられる祝福、謝礼は別だ」
「ふむ?」
じゃあ貰っておこうか。
何が良いかと言うと戦力だが、別に特別求めずとも神霊があげると渡して来た物ならば、それが何であれ大きな力を秘めているだろうし、使い道など幾らでもある。
報酬は祝福で十分だ、貰うべきはいつだって、情報である。
「……話を聞きたいかな」
「ふむ、答えられる範疇までなら、如何様にも」
さてさて……その実聞きたい事など幾つもある訳ではない。
多くは己で調べ、未知を行けば良いし、神々の事情は規制があるから神になってから調べれば良い、特別気になる事は聞くが、精々が知識欲を満たすばかりの代物で、専ら神々と縁を繋ぐ為の雑談である。
差し当たり聞くべき事は……彼の魔王についてだ。
「……ダモスって、何だったの?」
「奴か……奴は元々、優秀な商人だった。一代で財を築き、ある辺境の伯爵家にさも善人ぶって取り入り、当主と奥方を事故に見せかけ殺害、残った代官は弱みを握り、家督を継いだ子供は洗脳。伯爵家を乗っ取り、当たり前の様に悪事で私腹を肥やしていた」
ふむふむ、絵に描いたような悪徳だね。色んな努力が垣間見える辺り、相応の思いがあった筈だ。
「全て終わった後に分かった事だが、ダモスはその辺境の地の奥にある雪の降る寒村の出身で、元々支援は満足に届かず、寒波による不作と薪の不足に加えて唯一の公道が災害で塞がる等して全滅した様だ。食い物も無く、体を温める術も無い、そんな中で奴がどうやって生き延びたのかは……まぁ、痕跡から押して知るべしと言った所か」
「成る程」
敢えて言わないと言う事はよっぽど酷かったのだろう。
成る程確かに寒さで全滅したなら保存も効くし、人がいなくなったからこそ燃やせる物もある。
……それを始めたのが必ずしも彼とは限らないだろうが。
「思う所は奴しか知らないが、伯爵を憎んでいてもおかしくないし、壁の中でぬくぬくと生きる都市の民を恨んでいてもおかしくはない。だからと言って無辜の子等すら手に掛ける事が許される訳ではないがな」
過去を見詰めるその瞳は、感情が伴ってか美人と相まって迫力がある。
怒りもあるが、それ以上の悲しみと空虚が綯交ぜになった瞳だ。
……神になっても人は人か。
「……だが、奴を狂わせた最たる要因は、遊技神群の遺産だ」
「ほう」
遊技神群か……本当に迷惑だなぁ。何したか知らないけど。遊技神だからそんな謗りを受けても仕方ないね。
彼は徐にコートの裾を引っ張って見せた。
「この、天竜達もまた、遊技神群の遺産による物だ。十分な力を持つ竜核に天竜の名を与え、死後その力を回収して確実に継承させるシステムのな」
「ふむふむ」
力の管理は大事だからね。その点で言うと、長期スパンだが放置してもだんだんと世界全体の力が増して行くその管理システムは……ちょっと構造を良く見てみたいな。
「それと類似するシステムとして、強過ぎる大罪の力を分散配置するシステムがあった。ダモスは強欲の力を植え付けられ、金に物を言わせて強欲の指輪と剣を回収、その末に大逆の魔王と成り果てた……これが奴の顛末だ」
大罪神性を分散配置するシステムね。着想は悪くないけど、それを下手したら何千年も持つ様な物質に投入したら、降り積もった神気はやがて神に至る筈だ。
多分だけど、元は生物に神気を入れて、それを殺させる事で大罪の力を消耗させるのがメインで、物質の方は力の消費が滞った時の為の安全装置だったんじゃないかな?
そう考えると、おそらく同じシステムであると思われるヒナが持っていた大罪神権も、同じ様に安全装置が存在しているのかもしれない。
「遊技神群はかつて大権勢を誇っていた。滅んだ後も多くの世界にその遺産がある。どれも人を人とも思わない様なシステムが埋め込まれているが、それによって世界が活性化しているのも事実だ」
悲しきかな、世界を知れば知るほど、大の為に小を切り捨てる選択を迫られる物だ。
……それにしても聞き覚えの多いシステム構造だが……やっぱりディアリードシステムも遊技神群の遺産だったのだろう。
「まぁ、管理者不在の活性化世界って言うのも良い事ばかりじゃない。中には神々の常識を知らない神が誕生して逆神、所謂異界神になって盗賊紛いの世界侵攻をしでかしたりする」
……シャルロッテが統導主2人を殺して生き残ってたら多分そうなってたな。
まったく遊技神は……良い事をしてたのか碌な事をしないのか分からないな、他の神からどう思われてるのやら……聞いてみるか。




