第30話 朝を迎える
第七位階上位
一晩しっかり休憩した。
寝る必要の無い程強力な肉体とは言え、睡眠は確かに回復を早めてくれる。
我等が主、ユキ様が張った結界の恩寵だ。それが無ければ、ここまで無警戒に休む事は出来なかっただろう。
それでも、魔力の供給が無いから全回復には程遠いが。
黒霧殿の供給に慣れ切っていたが、かつての旅の様に配分を考えねばならないだろう。
◇
水平線に光が灯り、垂れ込める闇が白く染まり始める頃、かつての様にレイと肩を並べて剣を振るう。
幾星霜の時を経て、今やどちらも人では無く、されど変わらず並び立つ。
この奇跡に、そして奇跡を齎した我等が主に、どれ程感謝の念がある事か。いっそ最初の無礼な己を殴り飛ばしたい程だ。
何故あの幼い姿を見た瞬間に脅威ととってしまったのか……いや、そう取られる様に態とやってるんだったか。
もはや絆された物だ。その命には何の疑いも無く、その無邪気な笑みの裏に犇めく神算鬼謀には畏れすら抱く。
ニコニコと微笑みを見せたならば後は沙汰を待つのみ。
そうこう考えながらも昇る日を見つめ剣を振っていると、いつの間にか周りには多くの同胞がいた。
レーベ殿は娘のリオンと軽く組み手を、その横では紅花殿と桃花が同じ様に組み手、他にもアッセリア殿やルーレン殿、ナハトロン殿が武器を振るなり魔力操作をするなりして、それぞれの修行に励んでいる。
そんな折だ——
「ユキ様が御目覚めになりました」
——オルメル殿から報告が来たのは。
起きたら指示を出すとの事、それを除いても馳せ参じねばなるまい。
俺が納刀する頃には、皆歩き出していた。
◇
「やぁ、おはよう。取り急ぎ魔力の供給をしつつ調整も行う。オルメルは朝食の用意を」
「はい、直ちに」
「ゆっくりで構わない。順番に呼ぶから各員この場で待機。手早く進める。先ずはノーレル」
切り株の椅子も、偉大な主が座ればそこらの玉座よりも威風堂々たる気を放って見える。
並び立つ者達が皆一様に強大な英雄であると言うのに、我等が主の御前ではまるで霞む。
彼女にその気は無いのだろうが、何より与えられた情報、その深淵が如き知恵に、比類なき力に、付き従う幾万の英雄達に、畏敬の念が絶えない。
俺は剣を置き、膝を付いた。
幼きその身と視線は水平。全てを見通すその青き瞳と目があった。
「……ナハトロンはドールから魔力供給を得て、一晩休む事で完全回復している。君には再度守り手の役を担って貰う事になるだろう」
「御意に」
「レベル上昇に伴う魂魄の肥大を整理しよう。肉体の再編はイベント会場から帰った時にする」
青き瞳は輝いて、体に、そして魂に温かい何かが満ちて行く。
気付けば魔力も回復し、今朝目覚めた時よりもずっと、まるで生まれ変わったかの様に体が軽くなっている。
「肉体へのアジャストはしていないから暫く不便だろうが、それも此処にいる間だけ。英雄にも対面では負けないだろうから、囲まれる事とアガーラに気を付ければ大丈夫。のんびり慣らしつつ任務を続行して」
「仰せのままに……!」
「次、レイ君」
後方へ下がり、レイとすれ違う。
少し緊張した面持ちだが、おそらく俺もそうだっただろう。
庭のやたらと頑丈な木壁に背を預け、レイの調整を見る。
「さて、レイ君。先ずは昨日のリターニァ討伐、ご苦労と言っておこう」
「は、はい」
「それで、どう感じた?」
その真っ直ぐな問い、レイは少し考え、同じ様に真っ直ぐ返答した。
「……僕は、この戦場では足手纏いなのではないかと思いました」
「うむ、結構。この戦場においてアガーラ、ナハトロン、リターニァの3人は飛び抜けて強い。他の英雄は今の君でも十分戦える相手だ」
「……そう言えばそんな情報もありましたね」
「うむ、取り急ぎ魂の調整を行うが、先も言った様に、多勢には無勢である事を留意し対応する様に」
そこまで言うと、ユキ様の瞳が薄く光を纏い、青白い光の靄がレイを包み込んだ。
次の瞬間には、レイの放つ威圧感が増していた。
密度が上がったとでも言うべきか? 威圧感が増しているのは放たれる力の質がより鋭くなったからだろう。
たかが調整、調節などと軽い言葉を使っておいて、その実別物。
俺とレイで言うなら、1日でそこらの鉄屑を聖剣に打ち直した様な物だ。
教えられた事の量と質を考えると、正しく俺達は鉄屑でしかなかった。
……賢神グリエルの教えを受けた俺達が、だ。
……しかし、賢神グリエルがその知識を全て俺達に与えられたとは思わん。
思わんが……ユキ様程自在に事を進められるとも思わん。
かつては賢神の偉大さに天を見上げている気になった物だが、今にしてみればはっきりと分かる。
かの賢神ですら、何処ぞの高き山の頂きでしかなく、天には程遠かったのだと。
そして何より、頂きで天を見上げる彼のお方に我々は天を見て、その偉業を良く見もせず、甘え切っていたのだと。
次々調整され、力を増す同胞達。
それを苦もなく、それどころか笑みを浮かべて成す我等が主。
俺はどうしてか、夜闇を掻き抱き輝く明月を幻視した。




