第29話 英雄の死線 二
第七位階上位
弾ける様に現れた赤色。
爆発でもしたかの様な衝突音と、迸る高質な魔力の奔流。
立ち昇る赤は収束し、その足に付いた浅い切り傷を塞いだ。
吹き飛ばされた敵は、まるで無傷だと言うかの様に、宙で身を捻って着地する。
直前までまったく感知できない隠密、一瞬の交錯で見えた鋭い剣技と、打撃を受け流す体捌き。奴が無貌のアガーラに違いない。
ドスンッと重い音が響いた。
それはもしかしたら、そうと感じただけなのかもしれない。
重い、圧力を纏う、力ある声が聞こえた。
「……アガーラは俺が討とう。お前達はリターニァを仕留めろ」
「はい!」
——レーベさん。
常に錬成される高質の気。漏れ出る絶対強者の風格。
まるで大山を前にしているかの様な頼もしさ。
僕の倍はある巨躯。その背中に——憧れる。
……かつて相対した事はないが、もし出会っていたら……そう思うとゾッとする。
これ程の人が味方なのだと思うと、いっそ何でも出来てしまうのではないかと思ってしまう。
……まぁ、ユキさんはそれ以上どころか天と地程の差もあるらしいけど。
どうにも、見た目が幼いせいか、頼りにはなるし何でも出来ると思うのに守らなければと思ってしまう。
それも狙い通りなのだろうが。
そんな思考を意識の端へ追いやり、リターニァへ攻撃を重ねる。
何度なく止められ、流され、時に拳打の衝突。
彼女は間合いが近く、恐れが無い。格上の体術使いとはこれ程までに恐ろしいのか。
だが、魔力総量では2人掛かりの此方が上。技量ではナハトロンさんが互角。
時間稼ぎをする戦い方だからこそ、防ぎ切られていると言える。
だからこそ、全力で攻め続ければ、やがて限界が来る筈だッ。
果たして、僅か一瞬、数百合の果て——その時は訪れた。
走る一筋の赤。
舞うのは微かな血の雫。
時間稼ぎをするが為に、無傷である事を、彼女が諦めた証明。
「レイ!」
「任せて!」
此処ぞと一気にギアを上げる。
練り上げていた魔力を行使し、演算力をフルで使い思考を加速。持って数秒が良い所だが、此処でやらねば次が来たらもう耐えられない。
更に加速された世界の中でも一瞬で数十合。
剣と拳の衝突の末、腕を掴んだ。
普通ならば、体術で劣る僕では手痛い反撃を受ける。だが——
「っ!」
——ナハトロンさんの槍が、リターニァの足を凪いだ。
同時にリターニァを引き倒し、のしかかる様に地面へ押さえ付ける。
意識の端で、ナハトロンさんが槍を捨て、リターニァの足を押さえたのが分かった。
「やれッ!」
ナハトロンさんの声が届く時には、既に剣を逆手に持ち替え、リターニァの心臓目掛け振り下ろしていた。
しかし——剣はリターニァに突き刺さる前に、その手によって止められた。
剣を押さえる手は半ば切れ、血が滴り落ちる。
「う、おぉぉぁぁッッ!!」
全力で突き込むも、その刃は震えるばかりで進まない。
このまま耐えられるのは不味いッ。
とは言えもう全力。後何秒待つかも分からない。
ここまでか——
どの道死ぬ訳ではないと諦めかけたその刹那、突如として力が増し、ガクッと刃が押し込まれた。
いつのまにか腕にナハトロンさんの尻尾が巻き付いており、純粋な攻勢魔力が剣を伝っている。
刃は瞬く間にリターニァの心臓へ突き刺さり、ナハトロンさんの魔力がリターニァの内部を破壊する。
暫しの吐血と痙攣の末、リターニァは息絶えた。
「はぁ、はぁ……」
青い粒子が拡散する中、息を整える。
とんでもない強さだった。
まだ、たった1人目でこの有り様。期限が3日とは言え、とてもじゃないが情報にある英雄達を全て倒し切れるとは思えない。
「引くぞ! レイ、ノーレル、レーベッ!」
ナハトロンさんは言うや、黒い槍の一投をレーベさんの方へ放った。
凄まじい音と共に揺らいだ空間を弾き、即座にレーベさんが砂浜を弾き飛ばしながら此方へ駆ける。
「如何に我とて全力の黒槍を5度も投げれば限界だッ! ノーレルよ、急げ! 次が来ているッ!」
そんな言葉に森を見ると、角を生やした大男、情報通りならノーデンスらしき者と、小柄ながら凄まじい剣気を放つ男、ヴァーミュラーらしき者、それから無数のドール達が駆けて来ている所だった。
消耗した現状あれに合流されたら不味いッ。
盾を構えて後退するノーレルさんを援護して斬撃を飛ばすも、消耗した今では大した妨害にならない。
ナハトロンさんはナハトロンさんで、黒い槍を何処かに投じている。おそらくアガーラを攻撃しているのだろう。
迎撃しつつ後退する為に前へ行くべきか、それとも此処で援護すべきか、迷った次の瞬間、何かがノーデンスとヴァーミュラーを襲った。
火の玉に思えたが、違う。燃える石だ。
それが凄まじい速度で2人を次々襲い、2人とドールの軍勢の足止めをしている。
——レーベさんだ。
駆け抜け様に拾った砂が燃え上がり、石となって敵に投じられる。
受け流された石は後ろの木々を粉砕し、土砂を巻き上げ、ドールを弾き飛ばし、破壊の嵐を巻き起こす。
「引け」
重く響く声に、ノーレルさんは盾を背負って撤退。
少し待つか悩んだ僕は、ナハトロンさんに手を引かれた。
「赤獅子も黒鎧も今の貴様の加勢は無用だ、今が引き時よ!」
「う、すみません」
「なぁに、見誤るのは致し方あるまい! 敵はお前が思う以上に狡猾で、強大なだけの事、見よ!」
向けられた視線の先にあったのは、巨大な火球。
空の一部を覆い尽くす程の炎の塊。それが瞬く間に迫って来ている。
あんな物に気付かなかった……!?
「火球自体はギランとやらだろうが、気配が薄いのはアガーラの仕業だ。あやつは極めて強力な隠蔽の力を持ち、任意の対象に影響を与えられる様だ」
「……ノーデンスとヴァーミュラーが出て来たのは、ブラフと言う事か……」
「そうなるな」
僕達が境界を越え、それとほぼ時同じくして加速したレーベさんがノーレルさんを掴んで境界を越えた。
刹那、激しい炎が砂浜を焼く。
熱気も音も伝わっては来ないが、溶けた大地へ砂が流出し、拠点が丘に変わって行く。
こんな化け物達を掻い潜って、狙った獲物を倒していかないといけないのか……。
未だ消えない猛火を見ながら、僕は地面に座り込んだ。




