第28話 英雄の死線
第七位階上位
申し訳程度と言えない程にはしっかりした大きめの海の家。
ロの字の平家で畳敷きの木造建築、木や生垣、花壇の生え揃った庭まで完備されたそこから外に出て、境界を見据える。
「……ここから先が例の……」
化け物レベルの英雄がわんさかいると言う、仮想の試練場。
僕達に与えられた任務は、その中でも邪魔になる存在の先行討伐だ。
配置されている英雄の詳細データは送られて来ているけど、実際の脅威は直接対峙してみない事には分からない。
僅かに躊躇し足を止めた僕の背を、軽い衝撃が襲った。
「このナハトロン様と肩を並べる事を誇りに思うが良い! はーはっはっはっ!!」
僕の背中を何度も叩き、高笑いするナハトロンさん。
ふとその姿が、今は亡き最愛の人と重なった。
彼女も、僕が怯み足を止めた時、いつも背中を押してくれた。
「……ありがとう」
「ふ、存分に感謝するが良い!」
胸を張るその姿までそっくりだ。照れが無いのは言われ慣れているからだろうか?
僕達は境界を越え、砂浜へと歩み出た。
「さぁ、来るぞ!」
「黒槍は俺が防ごう」
「勝利を此処に……!」
剣を掲げて祈りとし、迷わず敵を斬る為の導とする。
勝利の為に敵を定める戦闘前のルーティーン。いつしかその意味も忘れ、僕は命を奪う事に慣れきってしまっていた。
野盗や法で裁けぬ悪人、そう言った人と戦い、その命を奪うのは慣れる様な物では無かったが、それも今となっては愚かで蒙昧、稚拙の所業。
人も獣も変わらず、そして僕はこれからも命を奪い続ける。
今こそ、剣に祈りを捧げよう。
かつて直面し、いつしか忘れ、慣れと言う名の思考停止に縋り、今、愛を詠う様に薫陶を受けた、この祈りを。
偉大な主の命に従い、須らくを遂行せんが為に、僕は僕の意志を持って、敵の命を奪う。
だからどうか、安らかに。次は主の袂で目醒めん事を、切に願う。
刹那、遠い城の上から、黒い槍が放たれた。
それに追随する様に、地上から金の光が輝く。
同時に来るのか!?
「ふ、我が金を除けようぞ」
「俺は槍を受け流そう」
「僕はリターニァへ追撃する」
次の瞬間、飛来した槍とノーレルさんの盾が衝突し、激しい火花を散らしながら、槍は後方へ流された。
それと時同じくして、別の黒槍が金と衝突。拳が槍の腹を打ち、受け流されると共に回し蹴りがナハトロンさんを襲った。
素早い切り返しだ。しかし流石はナハトロンさん。裏拳で回し蹴りを受け、その蹴りや突撃に倍する勢いの掌底が——リターニァの拳と衝突していた。
驚く程のスピードだ。槍の速度に追随していた時点で分かっていたが、まさかこれ程とは……。
追撃で背後から振り下ろした僕の斬撃は、当然の様に身を捻って躱される。
それを予測した切り返しも腕甲を滑る様に受け流され、同時に振るわれるナハトロンさんの槍も腕全体を添える様にして流された。
とんでもない技量だ。これで手負い。
ユキさんが皆を一つ場所に集める際に、なんでもない事の様に大地を捲りながら弾き飛ばした英雄の実力。
瞬きの一瞬に数百の剣戟。
弾ける火花と舞う金色。
2対1でありながら、体捌きと拳打で此方の攻撃を往なし続けているッ。
「小癪な! 時間稼ぎが狙いかっ!」
金色を仄かに纏っていたのは、その場その場で身体強化を施して魔力を節約していたからかッ。
未だ一瞬だがされど一瞬。その一瞬で十分な英雄の群れが此処にはいる……!
刹那、ナハトロンさんが赤黒いオーラを纏った。
爆発的に身体強化を施し、一気呵成にリターニァを叩く為だろう。
僕もそれに合わせ、光と聖の属性を練り上げる。
「はぁぁぁッ!!」
咆哮と共により勢いを増した剣戟。弾ける金と黒と白。
はっきりと感じるのは、リターニァがより多くナハトロンさんへ意識を割いている事。
この戦場では、僕でさえ未熟なのか……!!
それでも、それでも僕は——
——そう、剣を振り上げた刹那、視界の端で何かが動いた。
危険が迫っている。かつて悪魔王の軍勢と戦い、幾度も感じた、危機がッ。
——急加速した意識の端。
僅かに空間が揺らぎ、ゆっくりと動く世界の中——
——僕の首目掛け——
——何かが迫る。
意識を集中させたからか、それは突如として姿を現した。
——ギラつく剣。
殺意がまるで無い。ただ無造作に、虫を払うが如く迫る、必殺の刃。
どうにか錬成した気を剣から首に移すも、それは遅々として進まず、防御は到底——間に合わないッ。
次の瞬間、赤色が舞った。




