第12話 昼食前だよ
第八位階下位
リンカちゃん達と戯れ、ピィコ達を強化した次は、古き吸血鬼の1人、アンリース伯爵の様子見だ。
元ルベリオン王国南部の果て、森の侵食により後退し、領土と言えなくなって久しい古城。
所々外壁に崩れた痕跡こそあれ、良く整備されたそこは、真昼の今、不気味な沈黙を保っていた。
——地下に無数の吸血鬼がいながら。
そう、ここはかつては古き吸血鬼の住む居城。しかして今は、吸血鬼ホイホイ。
他所からやって来る吸血鬼をホイホイして処分する吸血鬼処理場である。
差し当たりの教育と黒霧の設置だけを行なっていたが、少し改造にも手を付ける事とした。
城の地下に侵入し、改めて状態を把握する。
先ず、この城の吸血鬼、アンリース伯爵は、ルベリオン王国時代の初期の人物だと分かっている。
古城は古くからの住処であり、王家の書庫から得た記録によるとその古城に住んでいたのは、ルベリオン王国初期の辺境伯、ノーティ伯爵。
その娘に、アンリースと言う名があるので間違いない。
尚、アンリース嬢は没年16歳であり、それから1年後に起きた迷宮災害によって、ノーティ伯爵は撤退を余儀なくされ、ルステリア公爵領へ逃亡する最中全滅した。
歴史上ではままある話だ。より細かで詳しい情報こそ残っていなかったが、記述によると霊体系のアンデットが大量に発生した事で、防壁が意味を成さなかった様である。
顛末はそれとして、では何故ノーティ伯爵領が滅びる1年も前に死んだアンリース嬢がアンリース伯爵となって復活したのか?
その答えは、城の地下のちょっとした広間にあった。
幾らかの大きな扉に守られたその広間には、当時ノーティ伯爵領の鉱山で取れていた闇属性の金属、ノルク希少鉱を使って作られた金属板がある。
丁寧に掃除されているその金属板に刻まれている術式は、力の解放と集束、そして生命の循環と申し訳程度の防御膜の付与。
つまり……一種の蘇生術だ。
防御膜により魂の流出を防ぐとともに、風化もとい腐敗を防ぎ、尚且つ生命の循環……と言う名の魔力をただ掻き混ぜるだけの術式で生命力を強制活性させて死体を生きた屍とする。
魔法陣外周部にある力の解放を行う術式で魔石等から魔力を取り出し、集束の術式で経路を通じて屍に魔力を供給する。
蘇生術と言うよりも性質上は生命維持装置と言う方がより適切だろう。もしくは新鮮な肉の貯蔵装置だ。
また、アンリース嬢に対して行われた蘇生術は、蘇生術と言うよりも強制進化と言うべき代物であったと分かった。
迷宮災害により発生したのは、大量の霊体系魔物。
生物が死ぬ以外の物理的被害は大きく抑えられており、その後の火の不始末か落雷によって焼失したと思われる所以外は綺麗な物だ。
丁寧に掃除されている書庫には、数百年に渡って管理、維持され、風化を免れた貴重な古書がある。
その中にあった日記によると、アンリース嬢蘇生に使われた素材は……竜血石。
上級ポーションの素材にもなる竜草と似たアイテムである竜血石は、竜の生き血を浴びた石が変質した物だ。
竜草同様に竜属性と生属性を持つが、属性を中和して適合した竜草と比べて遥かに高質の竜属性と生属性を持つ。
……ただし竜の生き血を浴びる必要がある上、適合する石でないとエネルギーが霧散するだけなので、あるとしたら竜の巣か竜との戦いがあった戦場跡地のみだ。
そんな竜血石のエネルギーを注入されたアンリースは、しかし蘇生しなかったらしい。
そうこうやってる内に迷宮災害が起きて、アンリースの遺体を運び出す事も出来ず、アンリース付きの侍女含む何人かが城に残り死亡。
アンリースが目覚めたのは、正にその瞬間だった様だ。
迷宮災害の引き金となったのは、魔が濃くなるとされる満月だった。
それと闇属性の金属板に、竜血石、ゴーストの残滓、アンリースを抱き締める様にして死んだ、縁深き者の魂の欠片。
これ等の要因が重なった事で、アンリースは吸血鬼として再誕した訳である。
即ち、アンリースは事実上吸血鬼の始祖なのだ。
勿論問題はある。
先ず第一に、アンリースやその眷属、記憶から見る限りだと……このアンリースが本物のアンリースなのか、もしくは迷宮災害によるゴーストが混じるないし成り代わり、肉体の記憶と縁によって変質した個体なのかが分からない点だ。
何せまともな蘇生術式ではない物で、その精度足るや正しく古のホムンクルス生成方法と同じである。いつのまにか魂が別物に成り代わっていてもおかしくないし、そもそもただの病弱な令嬢だったアンリースの魂や肉体が、高質の竜属性に晒されて無事だったとは到底思えない。
まぁ、これは僕にとっては非常にどうでも良い事だし、わざわざその様な可能性がある旨を伝える必要性も無いが。
次に、アンリース覚醒時の状態が、極めて悪質であった点。
アンリースの従者やアンリース自身の記憶から、アンリースが目覚めたのは迷宮災害があった晩なのは間違いない。
ただし、アンリースが正確に自意識を取り戻したのは、空が白む時間帯だ。
空白の数時間、各記憶から得られた状況証拠からアンリースがやっていたのは城内のゴーストの殲滅だろうと推測出来る。
この事から、アンリースは覚醒時点で暴走状態にあった可能性が示唆され、肉鬼人とまでは行かないまでも、それに成りかねない崩壊状態であったと考えられる。
近くにいたゴーストを駆逐し吸収する事で、どうにか定着までの時間稼ぎが出来たのだろう。
その事から見ても、発生当初のアンリースは極めて不安定な状態にあったと言える。
例によって本物か混じり物か分からないのも問題だが、基礎部分がつぎはぎになっていて、辛うじて吸血鬼の体を成していると言うのも問題だ。
長い時を掛けてある程度改善されているが、洗練はされていないので手を入れる必要がある。
唯一良かった点は、完全な吸血鬼の始祖では無く、亜竜にすら届かないとは言え竜変種でもあった為、陽の光が大きなダメージにならない所だ。
その性質上、アンリースには竜血鬼になれる素養がある……細部が異なったり足りてなかったりするが、相似形と言っても良いだろう。
だからと言って竜血鬼になるのに十分なエネルギーを詰め込んだら、進化する前に爆ぜて死ぬだろうが。
また、アンリース付きのアンリースと同い年の侍女は、アンリースの側で亡くなった事により竜血石や闇属性の影響を受け、アンリースの血で蘇った結果ゾンビ・亜種となっている。
唯一人間のフリが出来る立場として、町や村と取引しており、悩みはいつか自分も腐敗して役目を果たせなくなるのではないかと言う事。
ゾンビ・亜種は間違いなく死んでいるが、むしろ生前よりも高質な生命力を内包している為腐らない。
アンリースに関してはこんな所。
その他、城や城下に残って死に、アンリースに血を与えられてスケルトンやゴースト、ゾンビとなった兵士や侍従、町民達の体を調整する予定だ。
多くが老人だったのは、ゴーストの矛先を自分等に向けて時間を稼ぐ為だろう。
その甲斐無くして迷宮災害によりノーティ伯爵領が滅んだ事は、アンリースの侍女しか知らなかった。
◇
溜まったゴミを纏めて処理場に輸送し、不死者達を日中でも活動出来る様少し強化した他、消臭及び整形もとい成形した。
一応吸血鬼ホイホイの役目を果たす為、町民達はアンデットのままだが、臭いのと汚いのは良くないのでそこだけ綺麗にした形だ。
大した事の無い作業を終えた次は、アンリースとその侍女の改造だ。
アンリースの方は、僕手ずから調節すると休憩にならないので、竜血鬼の後継であるレミアと僕の眷属であるサンディアの血をブレンドした薬液を投与し、変化していく様を観察しながらちょこちょこ手を加え、施術を完了した。
続けて、僕があれこれやる様を後ろから興味深げに見ていた侍女、カローナへ振り返る。
「……君には3つの選択肢がある」
僕は微笑みながら指を3つ立てた。
「不死族のまま進化するか、フレッシュゴーレムとなって傀儡系になるか、生命力を活かして精霊種になるか……どうする?」
「アンリは不死族ですか?」
「アンリースは不死族だね」
「では不死族でお願いします」
「うむ」
こう言った所からも、彼女からは主従以上の思いが感じられる。一年も死体の世話をしていただけあるね……死体が好きとかでなければだけど。
やがては皆精霊体に到達するし、折角特異性を持っているのだからそれを活かさない手は無い。
高質な生命力の錬成と保持が出来る肉体ならば、例えば肉体自体を変形させて武器とするのも良いだろう。
「肉体の変形を出来る様にしよう。例えばこんな感じで」
言うや、僕は指先の骨を長く尖らせた。
指先の肉を裂き、出血と共に骨が突き出てくる。
「……痛くないんですか?」
「ゾンビなら痛くないだろうね」
骨を戻すと、忽ちに傷が塞がる。
眠っているアンリースが血に反応して身じろぎするのを他所に、話を続けた。
「あと霊体の操作も出来る様にしよう」
見える様にした魔力の手を肩口からにゅっと生やし、アンリースをよしよしと寝かしつける。
「……それは良いですね」
「便利でしょ?」
便利だよね? 精霊体になった時の訓練にもなるしね?
同意も得られたので早速施術。
「良い夢を」
「っ、これ、は……」
……なんで皆、眠らせる時ちょっと抗おうとするの?




