第3話 欠けた入れ物
第八位階下位
何とは無しに鍛錬島の夜空を見上げ、椅子に深く座り込みながら色々な動きを見下ろしていると、唐突に黒霧が僕の両脇に手を入れて持ち上げて来た。
交錯する視線。落ちる沈黙。
「……」
「……」
無言で何事かと問う僕に対し、黒霧は珍しく歯切れ悪く返答した。
「……私の主人……何かが、ありました」
「……何処に?」
「ゴブリン系統の研究居住区です」
「ふむ……」
どうしようか迷った末に報告して来た様子。黒霧の演算力で理解不能な何かを見つけた……?
それもゴブリン師団の育成施設で……?
……あり得ない話では無いな。何せゴブリン師団は神からただで貰った物で、何かを仕込む余地は十分にあった。
何よりゴブリン師団の進化研究をしていた頃の僕と今の僕では演算力に天と地程の差がある。
眠いが仕方あるまい。黒霧が見抜き切れない事態、それ即ち一大事である。
◇
とは言え長い間放置していたし、即座に何かあると言う訳でも無いだろう。のんびり転移した。
鬼人や妖精、巨人、単純な上位種等に進化している奴等や、未だゴブリンのまま進化待ちをしているそれらを見下ろす。
「……ふむ」
広く、浅く。満遍なく見渡す様に見る事で、ようやく微かな違和感に気付いた。
一人一人を見ると、何の変哲もない異分子。
本来なら目もくれない様な、誰もが持ち得る浅い土壌の混沌。
成長に伴いやがて意志に淘汰され行く、無限数の命達の残滓。
その中に混じって、大小強弱様々ながら、根幹を同じくする物と思われる因子があった。
幾らかは他と混ざっているし、進化個体の物は溶けて消えかけている物もあるが、間違いなく何らかの強者の記憶と力の断片だ。
おそらく、意図的に分配されたのだろう。
何らかの神が仕掛けて来た物と考えて間違いない。
さながら砂と崩れた石板を修復するかの様に、茶摘みの如く因子を回収し組み立てつつ、以前は見切れなかった魂の深淵を覗き込んでいると、見つけた。
釣り堀の端でのんびりと糸を垂らしているゴブリン。
レベルこそ低いが、その魂の限界値はおそらくレベル400を越える。
即ち、生体限界を越えて天身に至った経験のある器と言う事だ。
ただし中身が無い。あるのは空虚な外殻のみ。そこにゴブリン程度のエネルギーとスキルが入っているだけで、おそらく時間経過と共に虚な器は力を弱め、レベル限界値が低下して行くだろう。
それ等の情報だけではコレが誰なのか分からないが、因子を搔き集めて再構築すればその正体も判明する筈だ。
◇
眠気と言う名の怪物との激しい戦争を制し、その人物の蘇生に成功した。
しかし、残念ながらパーソナルデータが喪失しており、個人の顔や名前が特定出来ない状態になっていた。
これでは本人の特定は出来ないが、残る記憶データと僕の知る歴史に合致する面が幾らか見られ、そこから本人の特定に至った。
この魂の主は……レイ・セードー。
七聖賢の一人。聖剣の勇者レイ・セードーその人である。
記憶の消失率は、全てのパーソナルデータに加えて幾らかの些末な記憶、虫食いとなった記憶、立ち消えた死の記憶から、およそ30〜40%、或いは半分程度消失してしまっている可能性がある。
その内、虫食い記憶や幾らかのパーソナルデータは、その他の記憶や賢者、ノーレル、ミュリア、ミルちゃん等の記憶から再現し、でっちあげる事に成功した。
現時点での消失率はおよそ25%。立ち消えたその先がどの程度かにも寄る訳だが……本来ならそれでもある程度の予想は出来る。微かな断片記憶があるからだ。
しかし、レイ・セードーにはそれが無い。まるで何者かに消されてしまったかの様に。
何らかの神の仕業であるとも考えられるが、態々レイ・セードー程度にそれをする理由は無いだろう。
となると、考えられる事は……おおよそ2つ。
レイ・セードーは、邪神の類いと接触し、敗北した。
または、神権等の強過ぎる力の行使により魂の幾らかが崩壊した。
内、後者は満遍なく崩壊している筈なので、おそらくその線は無い。
そしてエルミェージュの記憶から、レイ・セードーは確かにディアリードらしき者との戦いで負った傷等が原因で、衰弱する様に死んでいる。
邪神の類いと接触した様子は無い。
となると…………そう、おかしな点が一つある。
ノーレル・クレッヒアは何故この時代に転生した?
ミュリアはリオンの封印が綻び始めたが故だ。だがノーレルに関しては不明である。
神が何かを仕込んだが故ならば簡単な話だが、そうじゃなかった場合、おかしな話になる。
彼等程の存在が、一度も転生する事なく、この時代に狙った様に転生した事になるからだ。
……まぁでもそうなると、誰かが魂を保持していないとそんな事にはならないので、やっぱり神が持っていたと考えるのが自然だ。
エミリーとかリターニァとかナハトロンの魂も持っていたのだから、レイ・セードーやノーレルの魂を持っていても不思議では無い。
不可解なのは、それを何故リリースしたのか。レイ・セードーに関しては仕込んで来たと判断出来るが、ノーレルに限っては事によっては再度死んで見逃す可能性も高かった。誤って落っことしたと見る事も出来る。
また、レイ・セードーの記憶の欠損状態から、レイ・セードーは一度、ほんの一瞬だけ転生し、邪神の類いと戦っていても何もおかしくない。
そう考えると、犯人に当たりがつく。
——天使だ。
天使は英雄の魂を回収し悪魔に備えているらしい。そして極最近、黒の災禍と言う邪神が起こした大きな戦争があった。
その戦いに天使も参加していて、ノーレルとレイの魂を利用。それが殺害され、回収する暇もなかった。
……ノーレルの転生時期は数年前なので、時系列は合う事になる。
あくまでも予測だが、それが事実ならば天界を調べれば裏付けとなる何かが見つかるだろう。
差し当たり、蘇り掛けのレイ・セードーと対話を行う。
◇
何の変哲も無いゴブリンは、光に包まれた。
ヒーローゴブリン LV88
いつか見た様な種族名だ。
何の変哲も無かったゴブリンは、今や別物に変化している。
髪や肌はレイの持つ属性の影響だろう、髪の方はブロンド、肌は乳白色に変わり、顔付きはキリッとしているものの童顔。
身長はゴブリンがベースだからか子供サイズで、体にはしっかりと筋肉が付いている。
それだけだと、身長以外にゴブリンの要素は無く、病的に白い人の子供にしか見えないが、一つだけ、明らかに人では無いと分かる部分がある。
おそらく、ベースがゴブリンである事と、何も知らないゴブリンの時に鬼人になりたかったからだろう。
その額には角が2本生えていた。それに間抜けに開かれた口元には鋭い犬歯が見えていて、耳が少し尖っている。
そんなゴブリンならざるゴブリンに声を掛ける。
「こんばんは」
「っ……」
事態を把握し切れずに驚く彼に、一つ一つ区切って問いを掛ける。
「僕は誰か。ここは何処か。委細理解しているね?」
「ああ……うん……僕は、それを……知っている」
「ならば良い。各種情報は入れてあるし、今夜はじっくり考えたまえ」
「わ、分かった」
明日にはレベルも上がってるだろうし、整理も付いているだろう。
それじゃあ僕は寝る。




