幕間 灼星のナハトロン
だだっ広い草原。
先程まで血濡れであったそこは、今やただの草原となっている。
『連続戦闘試験全行程、完了しました』
「よ、ようやくか……」
『疲れましたか?』
「い、否……このナハトロン様がたかだか100万の獣程度に疲労等——」
『では次の試験に移ります』
な、なに……? まだあるのか……?
「……良いだろう、この最強にして無敵のナハトロン様が相手になってやる!」
……とは言ったものの……流石に木端の地上の獣とは言え100万も相手にした後では……流石の私とて少しくらいは……面倒と言う物だ。
「それで、ナハトロン様の次の相手は一体何処の何奴だ」
『では先ずは試し斬りを』
言うや、目の前に赤き竜が出現した。
むむ、これは若竜か、属性質は低いな、火竜かもしくは赤竜だろう。
特別強力な部位は無く、極平均的な地上の竜だな。
……しかし今の私の魔力保持容量を大きく上回っているし、何より魔力の供給量が1割以下に固定されているとなると……いや、このナハトロン様に負けは無いっ!
無いのなら奪えば良い。少ないのならもっと効率良く運用すれば良い。
槍を構え、突進する。
対する竜は、先ずは小手調べとでも思ったか、鉤爪を振り下ろした。
「ぬるいわっ!」
身体性能によりそれを回避、所謂仙気にまで練り上げた突属性を穂先に宿し最小の魔力で竜の鱗を貫く。
それと同時に竜の膨大な魔力を一息に吸い上げる。
横に振われた腕を跳んで避け、竜属性の混じる斬の仙気で軽く傷を刻んだ。
……ざっと1割か。
暴れる竜属性を忽ちに中和、分解し、我が物とする。
やはり竜は強い。それが地上の竜であったとしても、纏う魔力は高質で、分解に僅かに手間取る。
「グルルッ」
「どうしたっ? 臆したかっ?」
手傷を負って僅かに怯みを見せた竜を嘲り、挑発する。
コツは殺気の要領で嘲笑の気を飛ばす事。
果たして竜は牙を向き、火属性を練り上げた。
放たれたブレスを、大きく後方に跳んで避け、拡散する魔力を回収する。
「はっ、弱い犬ほど良く吠えるとはこの事だなっ」
「グルルァァッ!」
言ったそばから鳴いたな。正しく弱者である。
振り下ろす腕の一撃を容易く避けて傷を刻み、全身で押しつぶす様な体当たりはガラ空きの下に滑り込んで躱す。
隙だらけの背後から背に飛び乗り、槍を突き立てて魔力を吸う。
竜は愚かにも暴れ回り私を振り落とそうとするが、その程度の足掻きでこの私から逃れようなどと笑止千万!
弱い身体性能を操魔力で補い、暴れる竜を乗り回す。
「グルァッ! グルルォォンンッッ!!」
「はっはっ! どうしたどうしたっ! 竜ともあろう者がその程度かっ?」
当然、その程度ではあるまい。
流石に力を吸われている事に気付いたか、竜は魔力を纏い、大空へ飛び立つ。
急上昇からの急降下。そのまま背を地面に叩き付けるつもりだろう。
もしそうなれば、魔力量の少ない此方が不利。
良手だが、同時に諸刃の剣よ!
落下の直前に槍から手を離し、離脱する。
凄まじい衝撃音が辺りにこだました。
「ふっ、愚かな」
まだまだ健在である筈の竜をしっかりと挑発し、宙を舞いつつ槍を再度生成した。
それと同時に、竜の体内へ深々と突き刺さった槍が爆発する。
「グルォォッ!」
痛かろう? それが100万の獣の血を吸った槍よ。
「さぁ、終いとしようかっ……!」
生成した槍に、吸い出した魔力を強く練り上げ、術式を緻密に編み込んで行く。
全盛期のそれと比べれば稚拙極まれりと言わざるを得ないが、弱った若竜程度なら十分だ。
「臆せよっ、我こそはグラシアの戦士、灼星のナハトロンっ! 遍く敵を燼滅せし者なりっっ……!!」
言ってから、その必要は無いのだと思い出す。
私はもうグラシアを守る立場には無く。グラシアは私がいなくとも今を生きている。
そして新しき我が主は、そのグラシアさえも纏めて呑み込まんとする者。
ふははっ、これから忙しくなりそうだなっ!
投じた槍は、竜玉と魔石の両方を粉砕し、大地へと突き刺さる。
竜は一声吠える事も無く、ズズンと重い音を立てて絶命した。
竜は宙に溶ける様に消滅し、私は槍の元へ降り立つ。
「ふっ、こんなものか……さぁ、次にこのナハトロン様に挑む者は誰だっ?」
『では耐久試験を。エヴァ』
「はい、エヴァはギリギリの試し斬りをすると宣言します。首は1つだけですか?」
唐突に現れた少女に、少しだけ面食らった。
おかしい……魔力の密度が尋常では無いぞ……? この私の全盛期を……超えている、だと……!?
『処刑では無いので悪しからず』
「はい、戦闘行動を開始します」
「ま——」
◇
「はぁ〜……」
控えめに言って地獄だった。
神癒槽とやらに浸かりながら、今日の戦いを思い出す。
「……はぁ」
……思い出すだに蹂躙だった。
あのエヴァとやら、技量に関しては私よりも下かと思われるが、私の最も得意とする操魔力で私を遥かに凌いでいた。
グラシアの深淵に曰く、魂が終わりを迎えるまでの永劫を生きる者の秘儀、仙術を行使するのに使うのが仙気。
私はそれを行使し練磨して随分と極めたつもりになっていたが……奴めが使った力は仙気を優に越える凄まじい質であった。
離れれば恐ろしく正確な致死の狙撃、近付けば竜鱗を紙の如く貫く我が槍を枝切れの如く切り飛ばす剣。
技量で少し上回った程度ではとても敵わぬ装備と操魔。
精も根も尽き果てるとはこの事だな。
「……」
……だが、確実に成長した。
かつての力、技の冴え。今や見る影も無く衰えていたと言うのに、それをほぼ取り戻したと言っても過言では無い。
本格的な調整は明日であり、今夜はレベルだけ限界まで上げるとの事だが……明日以降の己の成長が楽しみでならない。
ザバリと水を掬う。
疲労が忽ちに抜けて行くのを感じる。
力が忽ちに増大して行くのを感じる。
「あぁ……」
なんと凄まじい環境か。
澄み渡る空の様に果てない道のその先が見えている。
「これが……海の広さと言う事か……」
明日、私は更なる高みへと飛翔する。
しかし今はこの身と魂を休めよう。
「……冗談じゃない」
温かな水中に潜る。
このナハトロン様が、負けたままでいると思うなよ……?
年内は読みやすさの改良と描写不足の改善、閑話や掲示板回の投稿等を行う予定です。




