幕間 クルーエルの蜜月
ゆっくりと意識が浮上する。
意識を完全に手放すのはいつ久しく、その微睡みは甘い香りに解かれて行く。
「んん……」
窓から差し込む仄明かり。
本来重要度の低い眠りの割に、思いの外寝入ってしまった。
その原因に目を向ける。
薄い陽光に照らされ、ベットの上で踊る銀糸。
あどけなく、可愛らしい寝顔。
触れ合う手足は熱を持ち、長い事感じていなかった温もりに心まであったかくなって行く。
「ふふ」
つんと頬をさす。
ふにっと柔らかく滑らかな肌。
銀糸を一房掴む。
するりと指の間を抜けるさらさらな髪。
昨夜の様にその胸元へ顔を埋める。
柔らかく、温かで、甘い匂いがする。
その端正な顔を見上げる。
「……」
……この子を、私が守るんだ。
そう思うと、不思議と活力が湧いて来る。
早く力を得る為に沢山獲物を狩ろう。
お金を稼いで一緒に美味しい物を食べに行こう。
多少修復した物もあるけど、この子に合う家具を探しに行こう。
……念の為ポーションとかいろんな道具を揃えておこうかしら? ちびっ子達のご飯もあげないとね! 天使の力の使い方も教えて、後は後はっ——
あれこれと色んな考えが浮かんで浮かんで、頭がいっぱいになる。
眠るブランの額に、コツンと額を合わせた。
私……こんな性格じゃないのよ? ブランがあんな事言うからだわ……昨日まで、こんな気持ちがあるなんて思いもしなかった。
ブランを抱き寄せる。
あったかく、柔らかくて、良い匂いで、空の様に澄んだ青——
「……ブラン」
「なに」
「……」
開かれた澄み渡る様な瞳と目が合う。
咄嗟に視線を逸らすも、鼻先が触れる様な距離なので意味はない。
「なに」
「……お、おはよう」
絞り出す様にそう言う。ちょっと照れくさいのは、慣れてないから。
「うん、おはよう……ん」
「っ」
なんて事はない挨拶を返したブランは、徐に私の頬を抑え——唇が触れ合った。
「ぇ……」
え、え、え、い、い、いいまいまいまっ、ぶぶぶらんにににっきしゅっ、きしゅっ!!?
「? 顔、赤いよ?」
「にゃにぇっ、ななぅぇ……?」
「……家族はキスすると聞いた……」
「ぅっ」
何も変わらず表情の薄いまま、上目遣いに此方を見るブランに、息が詰まる。
家族ってそう言う物だったっけ? でも確かに額とか頬とかにしたりしたかも……?
……そ、そうよ、ブランが良いって言うなら、多分そうなのよ。そう。
「じゃ、じゃぁ、お、おはよう……んん」
「ん」
ふにっと柔らかい感触。じわりと熱が伝わり、体が熱くなる。
……やっぱり、おかしいわ……で、でもブランがしたいなら、し、仕方ない、わよね?
◇
「はぁ……」
するりと、なんでもない事の様に、ブランは準備をすると言って下に降りて行った。
両手で顔を覆う。
「……初めてだったのに」
最初からそう言った願望は無かったけれど、それにしたって……こんなあっさりだなんて……。
そんな考えが過った所で、パチンッと両頬を張った。
「……駄目よ、クルーエル。ブランはまだ幼いのっ……じゃなくて……義理とは言え妹よ! 邪な事を考えるなんて最低のする、こ……と……」
言葉は尻すぼみに消えて行った。
……もしかして……ブランはそっちじゃない意味で言ったのかも……?
……あり得るわ。
だって………………キス……したし……。
「……」
唇に触れる。
軽く触れあっただけなのに、そこは未だ熱を持ち、甘い残り香と相まってまるで印でも付けられたみたいだった。
家族になるって言っちゃったし……もしブランがその積もりでも……私……。
「ブラン……」
その瞬間、ドアが開いた。
「ふひゃっ!?」
「? 朝ごはん作るから働いて?」
「わ、分かったわっ」
も、もうっ、間が悪いんだからっ!
急いで装備を整えようと髪留めを取り出すと、ブランが歩み寄って来た。
その口元に、どうしても目が引き寄せられる。
「急がなくて良いから、ほら」
差し出された手に、つい髪留めを渡す。そのまま押し切られ、ベットの上に座らせられた。
「ぶ、ブラン? ちょ、ちょっと、別に良いわよっ」
「良いから」
良いと言っても止まらず髪を結うブランに、されるがままにする。
……少しわかって来たわ。ブランは押しが強い。
「綺麗な髪だね、好きだよ」
「え、え、そ、そう? ふへへ」
……やっぱりブラン、そっちの意味で家族になろうって言ったのね!
「わ、美味しい! 美味しいわブラン!」
「そう」
にこにこと微笑みながら朝食を食べるクルーエル。
みすぼらしい皿に木のフォーク。碌な調理器具も無いから、適当に下拵えして炙り焼きにした鳥魔獣の肉と卵、塩少々、それを挟んだパンを食べ、心底幸せそうな彼女に、僕も微笑む。
なんて安上がり。驚愕のコスパ。滑稽で、可愛らしい、僕のペット。
愛しのユキ姉様の御用が済んだら、僕が一生飼ってあげるからね。
「ふふ」
「えへへ(……笑顔も可愛いわ、ブランは非の打ち所なしね!)」




