掌話 燃え盛るは火神の残影 十一
足がぼろぼろと崩れ去り、次の刹那、拳姫が吹っ飛んで行った。
幸い死に戻りはしていないが、気絶の状態異常になっている様で動かない。
マイト達が慌てて後退するのを横目に、拳姫が示してくれた弱点への攻撃を始めるべく、大剣士に声をかける。
「俺達が右足を砕くっ、援護を頼む!」
「っ! 任せろっ、佐助! ミヨ!」
「承知!」
「任せて!」
「他は撹乱しろ!」
「了解!」
「任せるにゃ!」
即座に大剣士含む3人が散開し、地を這うゴーレムの腕へ攻撃を開始した。
「行くぞっ!」
応じる声を背に、ゴーレムの手元を迂回、右足へ迫る。
十分な距離。外敵はいない。当たる!
「シャークジャベリン!」
投じた銛が青い鮫となり、膝の結晶へ迫る。
鱓や6つのブルージェム、青いナイフや火の魔法、果ては遠くから緑の矢と黄色の球体までがそれに追随し、狙い違わず結晶へ直撃した。
どうだっ!?
「……っ」
巻き上がる煙が晴れ、見えて来たのは、色が薄れた仄赤い結晶。
倒しきれなかった……。
パーティーを確認すると、アニキもミナモも俺も同じ状態異常のアイコンが出ている。
体がずしりと重く、足を動かすのも億劫なこの感じ、精神消耗だ。
ここまで攻撃が集中して壊れないとなると、たった二撃で結晶そのものを破壊した拳姫の拳は相当な威力だったんだな。
舐めちゃいないと言うと嘘だ。過小評価していたのは間違いない。
ならその分、不義理を返上せにゃならんだろ。
「……アニキ、ミナモ、俺がぶっ倒れたら、出来たらで良いから運んでくれ」
「任せな」
「……分かった」
振り返るまでも無く、呆れた顔をしているのが分かる。
「ミヨと佐助と言ったか……俺が倒れても気にせず戻ってくれ」
「……承知」
「……はい」
不承不承と言った様子だが、合理的に考えて、倒れた奴は放置すべきだ。
「なに、最悪死に戻りするだけさ」
そんなセリフを吐いて、鈍い手足を叱咤する。
流石に疲労が蓄積し過ぎたか。
拳姫に曰く、精神消耗を根本的に解決するには、しっかりとした休息の時間が必要らしい。
マインドヒールはその場凌ぎでしかない。
ほんの十数メートルの射程距離までが、どうしようも無く遠い。
それでもがむしゃらに足を動かし、駆けていると、ゴーレムの足が赤く光り始めた。
「やべっ」
爆発の予兆だ。
そう認識するのと、射程圏内に入るのは同時。
急速に赤く染まるゴーレムの脚部を見据え、銛を掲げた。
「ぶっ壊れろっ、ヴォルテクスハンマー!!」
炎が吹き出すと同時に、渦巻く激流が衝突する。
破裂する様に水蒸気が拡散して結晶の色が薄れ、勢いを減じさせた渦が衝突する事でそれに罅が入る。
「くそっ……」
ガクッと膝を付いた。
視界が歪み、呼吸に伴いチカチカと明滅する。気絶の前兆だ。
苦しみが少ないのはゲーム的配慮だろう。実際にこんな事になれば思考をしている余裕なんて無い。
そうさ、まだ余裕はある。
歩けなくても手は動く。叫べなくても口は動く。
「……アポート」
引き寄せたのは、何度も世話になった鮫の銛。
魔力は残り1発分。砕けるかどうかは半丁博打。義理を果たすにゃ悪い賭けだが、信じる以外に他は無い。
頼むぜ……相棒……!
「——シャークジャベリン……!」
半自動的に体が捻られ、最後の力を振り絞って銛を投じる。
噴き出した青いオーラが鮫となって突き進むのは視界の端。
微かな硬直の中、前のめりに倒れ込みながらも、牙剥く鮫の行く末を見守り——
遠くで大きな音が鳴った。
ガラスの様な物、色を失った膝上の結晶が散乱するのを最後に、世界は黒に染まる。
「よくやった!」
暗闇に落ちる前に、誰かの声が聞こえた。
一瞬大剣士かとも思ったが……声の圧とでも言うべきか? 声を通して伝わって来た、力としか形容できない圧力が、大剣士ではない誰かだと告げていた。
今際の際に聞いた幻聴かもしれないが……思い返して見るに、大剣士だったり拳姫だったりと言う連中は、他と比べて力ある声をしていた様な気がする。
……まぁなんにせよ……これで舐めてた分はチャラだろ!
俺ももっと強くなりたいもんだな。
◇◆◇
一撃当たれば即死級の腕を振り回し、暴れていたゴーレムが、唐突に両手を地面に突いた。
すわ、新たな攻撃パターンかと思ったのも束の間、ゴーレムの後方で大きな音が鳴り響く。
水蒸気や煙で何も見えないが、どうやらカイトの奴がやったらしいな。
大きく下がり、状況を把握する。
あちこちでは今も尚、プレイヤーやNPCが魔物と戦っている。
拳姫の方を視線を向けると、ちょうどマイト達が此方へ向かっている所だった。
拳姫はどうなったかと更に後ろを見ると、そこには赤い球体があった。
直ぐ側には旗頭の赤い女がいて、その球体の周りで舞う様に斬撃を放ち、一刀一殺の勢いで敵を殲滅している。
……多分拳姫は赤い球体の中だな。結界的な何かだろう。
NPCの自由度の高さには毎度驚かされる。
「大剣士! 大駒落ちだが微力を尽くすっ!」
「助かる! 右を頼んだっ!」
「承知したっ!」
ミヨと佐助がゴーレムを回り込む様に戻り、戦列に並ぶ。
さぁ、大詰めだ。
大剣の柄を握り締め、いざ——一歩踏み込んだ所で、それは起きた。
「……そりゃない——撤退っ!!」
あまりの光景に、ツッコミが先に出たが、踏みとどまって撤退を指示する。
だが……ダメだなこりゃ。
ゴーレムは両腕を急速に赤く染めながら、大きく空へ振り上げている。
聳え立つ壁そのものとなったそれは、目算距離で手の届かない筈の位置にいる俺等に、確実に当てられる算段であると言う事。
迎撃するしかない。しかしそうなると倒しきれない……! どうする? ワンチャン受けるか? 生き残ればイベント用の上級ポーションがある。だがマイト達は——
次また次へ、流れる様に思考が巡る。
それでも尚、突然の危機の打開策が出ない中、それは瞬きの刹那に現れた。
「衝撃に備えよ」
「ーー♪」
黒い大鎧と、あまりに小柄な白い鎧。
黒鎧がマイト達の方を指すや、白鎧は大地を踏み砕き、矢が飛ぶ様にマイト達の前に移動する。
まるで速度が違う、基礎ステータスが違い過ぎる……!
「付け焼き刃だが……問題あるまい」
刹那、黒鎧から風が吹いた。
いや、風じゃない……これは……?
「マナフォートレス……!!」
噴き上がる様にして、不可視の何かが溢れ、形を作る。
仄かに黒く色付いたそれは、都市を守る外壁の様に分厚く大きな壁。
今のは魔力か? 色が黒みを帯びているのは闇属性だからなのか? 分からない、がこれなら……!
掲げられた両腕が、赤き炎を纏って振り下ろされる。




