掌話 燃え盛るは火神の残影 四
辺りを見回す。
広い戦場に、沢山の凡夫達。
プレイヤーの殆どは、授業で習う程度のお試し武術を噛んでいるだけの素人。
対するNPCは、中にはとんでもない達人級が幾らか混じっている。
これは多分、護鈴の人を模して作られているんだろう。
そんな中で、あの人の影を探す。
「ヨウ? また探してるの?」
「……別に」
探してない。
……ただもし、あの人があの方なら……私は……。
「第二波、来ます!」
ハルキの報告に戦場へ視線を向けると、さっきと同じ様に無数の炎が森から現れる所だった。
「……気張って行くわよ」
4人の応じる声を背に、押し寄せる炎の波を見据えた。
◇
あれに突っ込んで行った連中はほんとに馬鹿よね。
山火事にバケツで挑む様な物だわ。
流石に2回目となると、1回目の失敗から学んで大剣士の見様見真似で協力してるけど、それにしたって付け焼き刃……ま、精々壁になると良いわ。
ノロノロと歩み寄って来た木に近づき、尖った枝の一振りを避ける。
練気を拳に込めて軽く薙ぐ。
木片が飛び散る中、軽い蹴りで残りを粉砕した。
周りではマイトとアサヒが防御主体で多数の敵を引き付け、ハルキとツムギは魔力や矢を温存する為1匹ずつ引き受けている。
そこから離れずに雑魚を処理して行けば良い。
鼠に蟹に木に、時折人形。
踏み潰し、蹴り飛ばし、殴って避けて逸らして壊して——
「——ヨウ!」
「っ」
「疲れたから一旦下がろう」
マイトの声で我に返る。
どうやら、少し奥まで入っていたみたい。簡単に倒せるから全く気にならなかったけど、敵の密度が増している。
魔力も、操気法や練気法が効率的とは言え、半分以下まで減っていた。
「……しょうがないわね。下がるわ」
「応! それじゃあマナポーション」
投げ渡された小瓶を即座に呷る。ふわっと爽やかでフルーティーなりんごジュースを飲み下すと、魔力がぐぐっと回復した。
……これ、ちょっとラグがあるのよね。しかもポーションと違って飲まないと殆ど回復しないし。
疎らに襲い掛かって来る雑魚を倒しながら、一番後ろの壁際まで撤退した。
「ふぅ、疲れたっ」
「流石にあんなに連続で襲い掛かられると疲れるね」
「兄妹揃って座り込んで、シャキッとしなさい! 此処だって100%安全じゃないのよ」
「まぁまぁ、ツムギも休んでおきなぁー。直ぐに取って返すから」
「そ、そう? それじゃあ」
いつものパターンだ。
アサヒとハルキがへたって、それをツムギが注意する。
ただ今回はツムギも疲れてるらしい。マイトに言われて2人の横に座った。
軟弱……いえ、それ程の数って事よね。
敵が小さいってのも疲れる要因かしら?
「ヨウ、何時出る?」
「……」
ざっと戦場を見渡す。
ふと、遠い森から、ぬっと大きな影が出て来た。
マイトもそれに気付いたみたい。
「直ぐ行く?」
「……もう少し待つ」
大きな影はボスだろう。
その周りには沢山の人形がいて、ゆっくりと進軍して来ている。
ただ、雑魚の数もまだ多いし、指揮官気取ってる大剣士が出る様な事もまだ無いだろう。
飛び込んで行った馬鹿もいるし、多分大剣士の一団に接敵するのは……3分後くらい?
流石に軍団に接敵したら大剣士も出るだろうし、それまでに取りたい。
「2分後に走るか1分後に歩く」
「うーん……行くなら早い方が良いかな。1分後に走ろう」
「そう」
活動再開を早める為の呼吸を整え、目を瞑っている皆の変わりに、マイトはそう答えた。
マイトがそう言うなら、それで良いんだろう。
そうと決まれば待つのみ。
同じ様に呼吸を整え直し、戦場を見据える。
敵は赤い石の巨人だ。
ゴーレムと言う奴ね。まるで動く鎧の様にも見えるし、像みたいな大型生物の皮膚みたいにゴツゴツしている所もある。
手や頭に胴体なんかは嫌に人工的なのに、下半身だったりが自然な岩肌をしている。
動きは遅く、のそりのそりと戦場を進み、その周りを木の棒みたいな物で武装した人形が歩いている。
ゴーレムが拳を振り上げた。
多分進み過ぎた馬鹿が挑みに行ったのね。
そうと思った次の瞬間には、ゴーレムの拳が振るわれ、数人の人影が宙で青い粒子になって弾けた。
「一撃で数人もって事は誘導されたかな? 周囲の人形が誘い込んだって所だね」
「そうね」
そうかもしれないわね。
あちこちで赤い粒子が立ち昇り、時折青い粒子が舞う。
人や獣の叫びが響き、仄かに吹く風が鉄臭さを森へ押しやっている。
生まれてこの方見た事もない、ゲームでなければ阿鼻叫喚の地獄絵図。
一度戦場へ飛び込めば、何の躊躇いも感傷も無く敵を屠るのみ。
だけど、ただ漫然と見下ろす戦場は、仄かな恐怖と確かな狂気を漂わせ、どこか遠い所の出来事の様な逃避的思考が鎌首をもたげる。
……慣れていないだけよ。怖くて動けない程私は惰弱ではないもの。
ただ、どうしようも無く現実感が無い。
ゲームだからと言えばそれまでだけど、殺す感触はどうしようも無くリアルで、肉が潰れ、骨が折れ、飛び散る血が温かい。
響く悲鳴や憎しみの視線、殺意のこもった一挙手一投足全てが、この世界にリアルを感じさせ——
「——ぅ……ヨウ……ヨウ?」
「っ」
「ヨウ、準備出来てるよ」
振り返ると、全員が武器を持って待っていた。
「……行くわよ」
応じる声を背に、戦場へ駆け出す。
◇
悲鳴。怒号。咆哮。
あちこちで獣と人が争う中、飛び散る粒子と血飛沫を掻い潜り、突き進む。
魔力を温存しながら駆けると、まもなく巨人を囲う人形の集団と接敵した。
「ハルキ!」
「はい!」
ハルキは練気法で杖に魔力を込め、魔法を唱えた。
「大地よ、隆起して壁となれ! ロックウォール!」
唱えるや、巨人を囲む様に2メートルくらいの壁が現れる。
即座に壁内へ飛び込んだ。
「風よ、見えざる壁となれ! ウィンドウォールッ!」
唯一の出入り口を、ツムギが作った風の壁が塞ぐ。
「殲滅」
「応!」
「任せろ!」
壁内の雑魚を他に任せて、巨人へ突貫する。
突き出された木の棒を避け、一撃で人形の胸部を粉砕。
振り下ろされた木の棒を避け、すれ違い様に人形を粉砕。
横なぎに振るわれた木の棒を跳んで避け、回し蹴りで人形の頭を粉砕。
あちこちから来る攻撃を避け、時に逸らし、邪魔な人形を破壊して——
——振り下ろされた拳の一撃を避けた。
さぁ、此処からよ!
拳に飛び乗ると、直ぐにその上を駆け、練り上げた闘気を拳に宿した。
勢いそのまま巨人の頭部をぶん殴る。
「はぁぁッ!!」
鈍い音が鳴り響き、巨人の頭にひび割れが走る。
腕は装備と闘気に守られているのに、少しの痛みが走った。
それに構わず、魔力を闘気に練り上げながら、拳を振り上げる。
「まだまだぁッ!!」
一撃。ひびが広がる。
二撃。亀裂が太くなる。
三撃。石屑が舞う。
「ぅぁぁあああッッ!!」
叫びで深層筋を使い、闘気を宿す拳を乱打する。
より壊れやすい様狙って拳を叩き付ける事で、次々と石屑が飛び散り、ひび割れが大きく広がっていく。
あと少し…… 最後っ!
なけなしの闘気を込めて振るった拳が、頭部の中心を捉え——爆散。
「……ふ……はぁー……勝っ——」
「——危ない!」
マイトの悲鳴とも聞こえる声で、反射的に頭を庇う。
刹那、左右から凄まじい重圧が襲い掛かって来た。
「うっぐぅぅッ!!?」
万力で挟まれる様な圧力と視界の端に映る赤色から、ゴーレムが掴んで来ているのだと分かる。
頭は壊した筈ッ!?
襲い来る重圧に対し、血の一滴まで絞り出すつもりで魔力を引き出す。
それでも、無い袖は触れない。
「ヨウ! ヨウ……! チエ!!」
「くそっ! 邪魔だ!」
「ぇ、嘘……? 駄目……駄目っ!」
「チエを離せ! このっ!」
皆の声が遠くに聞こえる。
魔力ゲージは既にゼロ。抵抗とすら呼べないそれは直ぐに限界を迎え——




