掌話 燃え盛るは火神の残影 一
黒霧と言う名の化け物から様々な情報を与えられた。
どうやら俺の新たな主人は、とんでもない怪物らしい。
与えられた選択肢は、所詮全てあの方の掌の上でしかなかったのだ。
「ははっ……」
意識の果てから零れ落ちる様に、笑いが込み上げる。
あちこちに精霊の火が灯された都市。
ここが遥かな空の上である事。そしてそれと同じ物が複数ある事。それら全てが、住人も含め、あの方の所有物である事。
ただそれだけでも十分な衝撃だと言うのに、あの方は無数の神霊を従えていると言う。
それどころか、神々はあの方の手によって、数日の内に産み出されたと言うのだ。
にわかには信じられないが、与えられた情報の全てが、それが事実であると告げていた。
最早疑う余地は無い。
今こそが世界の転換期。あの方こそが、あまねく全てを掬い上げ、汚濁にまみれた世界に救いを与える特異点なのだ。
「待たせたわね」
そう言って歩み寄って来たのは、いっそ幼いと言うべき少女。
鮮烈な赤い髪と鋭い瞳。その華奢な上辺に隠された深淵は、今か今かと弾ける瞬間を持つ大山の如し。
少女は此方へ手を伸ばす。
その様に、あの方の姿が重なった。
「我こそはカーレスタ。真紅の竜帝にして、やがて神に至る予定のカーレスタ様よ! 貴方、今日捕まったばっかりなんだって……? 色々思う所はあるだろうけど、あんまり気にしちゃダメよ? いきなりキャストとして参加するって聞いたけど、気負わなくて良いわ。軽ーくやるのよ」
まるで孤児を見る無垢な令嬢の様な顔で此方を見る少女に、俺は頷いて手を取る。
「問題は無い。完璧にこなして見せよう」
「そう。再三言っておくけど、気にしたら負けよ? 疲れるだけなんだからね!」
「あぁ、気遣い感謝する。既に頭の中は真っ白だから気にしなくて良い」
「それを維持するのよ。でないと頭がおかしくなるわ」
「助言感謝する。極力そうしよう」
情報を咀嚼するのに未だ時間が掛かるが、覚悟しておこう。
「それじゃあ早速案内するわね!」
微笑む彼女に手を引かれ、精霊の恩恵が満ちる街中へと歩みを進めた。
◇
精霊神の一種、噴禍神・ヴェルガノン。
それがこの浮遊都市で信仰されている神。
街のあちこちにその恩恵は満ち、強い火の精霊力が人々を見守っている。
そんな都市の中には、地上では見ない様な物が溢れていた。
それは竜の肉を用いたと言う料理であったり、空間を跳躍する円盤であったり、武装館なる魔剣や聖剣の類いの模倣品を展示したり販売する施設であったりと様々だ。
民が当たり前に魔道具を持ち、火を吹く様な危険な魔獣を飼育し、多種多様な冒険者や傭兵はさも当然の様にそれぞれが魔法やそれに準じる力を行使する。
ここは正に、いずこかにあるとされる天上の楽園そのものだった。
外壁の上から、町を見下ろす。
良く整備された広大な町だ。その外には、地上同様魔物が跋扈し、しかしそれらもまた住民達と同じきゃすととやら。
ここがよもや遊戯場であるなどと、一体誰が信じよう?
「これで案内は以上よ。何か質問はある?」
「いや……無い……」
「うむ、気持ちは分かるわ〜」
この案内の目的は、俺に情報ではなく実体験として真実を見せる為だろう。
最早二の句も継げぬ。
何故かやたらと誇らしげに頷くカーレスタ殿。
彼女は、自己紹介の通り真紅の竜帝であり、この都市の神、ヴェルガノンの神獣と言う役割を与えられている。
その内に満ちる膨大な力は正に神獣と言うべき代物であると言うのに、そのカーレスタ殿でさえあの方の足元にも及ばないと言うのだから……天は人の手の届かぬ場所にあると言う事なのだろう。
「それじゃあ今日の仕事について詳しく説明するわ」
「ああ、頼む」
「まぁ、大体聞いていると思うけど」
内容は概ね知った通りだ。
この都市に招かれたマレビトに対し、魔物を用いて襲撃いべんとなる攻撃を開始、マレビト達に試練を課す事で、その成長を促すらしい。
俺のやる事は、最終防衛らいんに来る前に、魔物を駆逐する事。
マレビト等の指揮はヴェルガノンの信徒代表である、聖徒オクタヴィア殿が行い、俺は冒険者側の代表の一人として戦線に参加するのだとか。
「もし貴方達で対処しきれない状況になった時は、私が出て全てを焼き払うと言う設定になっているわ」
「相分かった」
「開始時刻は17時。それまでは見ての通り待機時間よ」
指し示されたのは、外壁の外。
所定の時間までもう暫くあるが、そこには既に柵や結界等の幾らかの防衛装置が設置されており、冒険者や傭兵がさも忙しそうに行ったり来たりしている。
その中で手持ち無沙汰にあちこちを見て回っている無数の人々が、おそらくマレビトだろう。
「5時間くらい前に全体に告知したとかで、あちこちの都市からマレビトがやって来てるらしいのよ」
「そうか……これ程の数がいるなら十分なんじゃないか?」
「人数で難易度を調整するらしいわよ」
「成る程」
それにしても数が多いな。万はくだらないぞ。
「参加予定数よりも少し多めに見積もるそうよ」
「妥当だろう」
敵の想定値は少し高めに見積もっておく物だ。
「まぁ、基礎スペックさえ発揮出来れば十分倒せる数と言う話しだし、私達の出番は無いかも知れないわね!」
「……ふむ、そうか」
果たしてそうだろうか? 危機意識のあるこの世界の平民ならいざ知らず、命を脅かす外敵がそうそういないらしい異世界の民が、例え命が掛かっておらずとも戦場でまともに動けるとは思い難い。
むしろ、命が掛かっていないからこそ、容易く死に、敗北するやもしれない。
或いはもしかすると、あの方はそれを見越して……武力を見せ付けてマレビトを間接的に使役しようとしている?
……あり得る。俺がそれをやられている手前、それがあの方のやり口なのだろうと疑ってしまうが……やり口なのだろうな。
本来であれば、その他の意見が合わねば武力で支配するなどと言うやり方は破滅に繋がり兼ねない事だが……その他を必要としない神と言う存在であるなら、それが最も手っ取り早く正確な手段なのだろう。
「……」
改めて見下ろした壁の外では、数時間前の俺だった者達が楽しげに談笑し、来たるいべんとの時を待っている。
死を厭わぬマレビト。鮮明な魂を持たぬ傭兵。無数の転生者。
住民はあの方の使いであり、魔物もまたあの方の使い。
神獣と言うに相応しい怪物達と、それをして怪物と言わざるを得ない一握りの化け物、それらを纏め上げるあの方。
これが俺の、新しく用意された現実だ。
後ろからカタッと音が聞こえた。




