第38話 狂い咲く笑顔
第八位階下位
フブキが天使を愛属性と魅了と口八丁手八丁で手懐ける現場をじっと見つめた後、改めて地上に帰還したフブキと同期した。
どうやらクルーエルと言う名らしい天使は、天界の社会に反抗的な思想を持ち、それに関連して暴力事件を起こして左遷されたらしい。
捕獲するか否かは、天界のフィールド制限がどうなっているか不明な為、クルーエルからその後も情報を取得する事を考えると、捕獲せずにスパイとして活動して貰う事とした。
なに、スパイの自覚が無ければ捕まりもしまい。
天使の方はそれで良いとして、後に残すは2つの問題。
ダンジョンマスターと謎の甲殻人だ。
優先度的には本来ならばダンジョンマスターの方が上だが、僕は最初に甲殻人の方へ行く事にした。
理由は2つだ。
1つ目は、その甲殻人がいるのがクルーエルの活動圏内である点。
2つ目は、その甲殻人がなんらかの転生個体である可能性が高い点。
では、レッツ捕獲。
◇
迷宮浅層に入り、甲殻人と対面する。
一見して角が3つあるが、多分カブトムシだろう。
昆虫エリアには幾らかの魔蟲が配置されているが、その中でもカブトムシ型の魔蟲はトップクラスの防御力と魔蟲系の中では程々に強力な攻撃力を持ち、ギルドからは安全に倒すなら3つ以上のパーティーを組む様に推奨されている。
深く見た所、その魂には微かに迷宮産の隷属術式を被せられていた痕跡が見て取れる。
迷宮の支配強度は基本的に加護の総量に比例するが、迷宮核自体の成長度合いも大きな影響がある。
この規模の迷宮となるとその支配強度も相応に高いのだが……何分強力な魔物を支配した経験自体が無さすぎる為、想定出来る最大全力の支配力は、精々レベル400弱までだろう。
即ち……この甲殻人が野放しにされていると言う事は、この甲殻人の魂がレベル400を優に超える絶大な精神力を持っているからに他ならない。
突如現れた僕に警戒し拳を構える彼に、僕は大きく頷いた。
「幾つか考えられる可能性の中から、君である可能性が最も高いのは分かっていた」
僕は彼に手を差し伸べる。
「君の倒すべき敵はまだ生きている。戦う気があるのなら僕の手を取ると良い」
当然、彼は動かない。
臨戦態勢のままじっとこちらを窺い、見極めようとしている。
だが問題ない。彼に対して最も大きな効果を齎すカードを、僕は持っている。
にこりと微笑み、カードを切った。
「賢神グリエル」
「っ」
「君が死んだ時代には彼の賢者は生きていたが、今はもう既に死んでいる」
「……」
「先日、賢神グリエルは悪魔王の策略で不死者として蘇った。不浄に堕ちたグリエルは、世界に破滅を齎すべく不死者の軍勢を率い、それを賢者デュナークとザイエ、そして僕が打ち破った」
「……それは、本当なのか……?」
初めて反応を見せた彼に、僕は重々しく頷く。
「無論、事実だ」
「……彼の賢神が不浄に堕ちるなどと、到底信じられる話ではない……!」
「たかが賢者と崇められた男一人に、君達はどれ程甘えれば気が済むんだい?」
「……何を……俺だけでなく賢神すらも愚弄するつもりかっ!」
憤る彼に僕は肩を竦めた。
「そう感じたのならまさしくその通りだ。君が考えている以上に賢神は弱く、そして悪魔王は強かった」
「……戯れ言を……!」
「賢神は死に、悪魔王は生きている。これだけが事実だ。少なくとも君は、賢神グリエルが死んだ事を知っているだろう?」
人助けしてたんだから聞いたよね? 五天帝と言えばそこそこ有名で、特に賢神グリエルは御伽噺じゃ大体何処にでも登場する様な大英雄。
その死は語り部により広く知られている。
「それは……」
「君の仲間達が死んでいる事も知っている筈だ」
「……」
僕は改めて彼に手を差し伸べる。
「さぁ、盾の聖者。僕の手を取れ……今一度悪魔王を倒す為、立ち上がるんだ——」
そこで一息区切り、彼にも感じられる程度に高質な気を放ちながら、背の高い彼を睨み付ける様にしてその先を紡いだ。
「——僕の配下となれ、ノーレル・クレッヒア……!」
「っ!!?」
少なくとも僕と敵対しても勝負にならない事には気付いた様子で、莫大な魔力を前に彼、七聖賢の一人であるノーレル君は絶句している。
ここで演出は終了。情報共有の時間です。
「因みにエルミェージュは生きてて、ミュリアは転生して狼になった。今はどちらも僕の配下。それから、賢者デュナークとザイエ、エイジュ、ミシュカも今は僕の配下」
「な、なに……?」
「君はあまりいらないけど、折角だから拾いに来た。嫌なら来なくて良いんだよ? どうにかなるだけの備えは出来てるし」
「いや、ま——」
「——嫌? じゃあ帰るね。バイバイ」
「待てッ!!」
そそくさと立ち去ろうとする僕に、ノーレル君は手を伸ばして引き留める。
それをするりと躱して振り返り、ニコッと微笑む。
「なる?」
「……証拠がない。もし全てが事実なのだとしたら、何か確たる証拠がある筈だ」
「それを知りたいなら付いてくるしかないよ。配下じゃない君に掛けてあげられる時間は今の一度きりだ」
「ぐ……しかし……」
信憑性があると考える一方でリスクは高い。
一歩を踏み切れない彼には、助け船を出してあげるべきだろう。
僕はポンっと手を打って、大輪の花も霞む笑顔を浮かべた。
「悩んでいるみたいだし、こうしよう! 君が配下になるなら皆の所に連れて行く。ならないなら敵対する可能性有りとして今処分する。選ぶのは君だ」
「っ……」
前者では愛を振り撒き、後者では死を振り撒く。しかしてその真実は、どちらに転んでも変わらない。
教育の工程上魂との接触は不可避であり、その点から見れば生きていようがいまいが大した違いはない。
変わる所は一つ。痛いか、痛くないかだ。
果たして——
「……成る程、どのみち俺には選択肢がなかったか……ここで死ぬ事には何の意義も誇りもないのだからな」
「賢い選択だ」
そうして僕は再度手を差し伸べ、ノーレルはその重厚な鎧に包まれた手で僕の手を握った。
「ようこそ、ノーレル君。歓迎するよ」
「…………まるで多重人格だな。俺には貴女の考えている事がまるで分からん」
「かつて強かった君なら、直ぐに分かるさ」
全てを守れない事くらい、七聖賢を命懸けで守った君が1番良く分かっているだろう?
◇
差し当たりノーレル君は黒霧の教育部屋送りにし、次のタスクを処理しに向かう。
とは言え、公都内部の主要な問題は片付いており、何だったら次のタスクも精々顔合わせと支援と教育くらいの物で、急ぐ程の物ではない。
南部の攻略状況を見つつ、ツキはのんびり挨拶と行こう。
僕は軽い足取りで、学園の門を潜った。




