第37話 遺伝的特徴
第八位階下位
メンテナンスから帰還した皆を宿へ迎えに行き、ついでに宿を引き払った。
その後、焼き鳥でエネルギーを十分に補給した僕等は迷宮へとって返す。
浅層だと冒険者が頻繁に彷徨いている為、力を確かめるには不向きと言う事で、大事をとって中層だ。
まぁ、浅層だの中層だの言っているが、その実それらは1層と2層の事で、この迷宮は規模ばっかり大きいので実は10層まである。
1層だけで十分中規模迷宮程であり、その広さが3層続けば大規模迷宮レベル。
一般的にはその様に認識されており、そしてこの迷宮の踏破記録は3層まで。
3層が最深部であると誤解するのも仕方ないのだろう。
長い歴史の中で誰も3層より下に辿り着いた者がいないとは思わないが、一般の認識として3層までしかないと思わせる事が出来る物が3層及び4層にはある。
今、それは目前にいた。
「出たわね徘徊する巨人……!」
推定レベル50少々。
事前の調査で判明している最深部のボスの取り巻きと同じゴーレムだ。
「ブラン、こいつを倒して見せて! 危なくなったら助けるから、貴女の本気を見せて欲しいの!」
「分かった」
「……言っておくけどアレは結構強いのよ? 気を付けてね?」
「任せろ」
心配性だな。掴みは上々と言った所か。
背負っていた弓を構え、その間に狙いを決める。
コアを貫けば一撃だが、それじゃあ最大の効果を得られない。
少し苦戦するくらいが丁度良いだろう。
「火と風を」
ちょぼっとだけね。
そんな指示を出すと、狐君と兎君が魔法を放つ。
風で程よく増幅された炎は、着弾後弾ける様に広がり、ゴーレムの魔力感知を妨げる。
どうやらこのゴーレム、視覚機能を持つ魔力結晶も搭載されている様なので、先ずはそこに一撃。
「光を」
明るめに。
そう念話すると、犬君が閃光弾よろしく光を爆発させた。
それとほぼ同時に放たれた氷宿す矢が、ゴーレムの視覚機能がある胸部に着弾した。
破裂する様に氷が生え、その視界を塞ぐ。
「気を乱して」
軽めにね。
するとそよ風程度の風が吹き荒び、3体の狐火が自由自在に動き回り、5つの光の球がぐるぐると回り始めた。
これでゴーレムの魔力感知を大きく乱す事が出来る。
全ての視界を塞がれたゴーレムは、ばたばたと暴れ回ってはその大きな手を振るい、地面や壁を打ち付けては隙を晒している。
差し当たり足へ矢を放ち、氷漬けにして動きを止める。
1発や2発では止まらないので、立て続けに数本ずつ放ち、確実に足止めした。
しかし敵はゴーレム。動かぬ足を捨てて攻撃を再開した。
狐火が火を吹いてゴーレムを撹乱する中、僕は移動しながらその足を射抜き、少しずつ体を削って行く。
設定に似合わぬ猛攻だが、矢が特別性なのだと言い訳出来るので問題はない。
ゴーレムは順当に足を失い、どうやら機動力を取った様で腕や胴体の土を足に回す。
攻撃を続けて行く内に僕も矢が尽きたが、魔力の矢でそれを補い攻撃を続けた。
そうして土の巨人は人になり、小人になり——
「これで終わり」
その宣言と共に天使の翼と光輪を出して全力のふりをして、氷弩の一矢を放った。
矢は狙い違わずゴーレムの中心を捉え、今までの10倍はある氷がゴーレムを包む。
攻勢意思を宿す氷属性はゴーレムの体を蝕み、その機能を完全に停止させた。
クルーエルに視線を向けると、彼女は目元を擦っていた。
「終わったけど?」
「……うーん……いや、私が守れば良いのねっ、合格だわ!」
そりゃどうも、近接も出来るけどね。
ドロップ品である視覚機能付きの魔力結晶と矢を回収し、取り敢えずその場を離れる事とした。
◇
地上へ戻る道中、クルーエルは黙り込み、色々と整理している様子だった。
適当に雑魚を撃ち減らしながら進んでいると、少ししてクルーエルは口を開く。
「……天界は毎年どれ程の死者を出していると思う?」
「……さぁ」
分母が分からないと何とも言えないね。
「公表はされてないけど、数人や数十人じゃ無いわ」
年3桁程度の死者か……病死や事故死は無いとして、天界の総人口は……ざっと100万から200万と言った所かな?
一見して死者数は少ないが、そもそも死から遠い精霊の近似種である天使が死ぬ事自体稀な筈。
寿命や出生率が分からないから何とも言えないが……気にする程の数なのだろう。
「死者の大半は下級天使や天使で、皆天使総軍に配属されて直ぐに魔界へ送られているの。悪魔ですらない魔界の獣と戦わされて……それに何の意味があるって言うのよ……!! ……ほんと……馬鹿らしいわよね」
拳は強く握られ、クルーエルは迷宮の天井を仰ぎ見た。
その瞳は、石塊の壁を超え、更に高い天を見上げている。
迸る怒りは義憤だろう。だが漏れ出る感情に混じるのは……寂寥と恨み。
クルーエルは吐き捨てる様に呟いた。
「……ほんと、馬鹿よ……死ぬと分かってて送り出す奴も……死ぬと分かっててっ……——」
その先の言葉は、消え入る様だった。
「——……絶対に帰ってくるなんて、約束する奴等も……」
天を睨め上げる瞳は潤み、しかし雫は溢れない。
もう、彼女は十分泣いたのだろう。
悲しみは枯れず、それでも立ち上がる覚悟を決めたのだろう。
きっとクルーエルは、天使ならばこうあるべきと言う強い理想像がある。
だから天使を信じるし、天使を冒涜出来る。
彼女は大半の天使は正しく、ほんの一部が間違っているのだと信じている。
それを正す為に、高みへ昇ろうとしている。
キッと見下ろしたその瞳が僕を捉えた。
その鋭い視線は、僕の覚悟を問うている。
「……ブラン、お願い……貴女の力を私に貸して……! 私は必ずドミニオンになる。必ず貴女を幸せにするわ!!」
クルーエルは僕へ手を伸ばした。
自信のある顔だ。きっと僕がその手を取るだろうと。
覚悟のある顔だ。例え取らなくとも、自力でドミニオンへ至ってやると言う。
僕は微笑み、その手を払った。
「っ」
悲哀に歪む顔と潤む瞳に、ゾクゾクと背筋を何かが駆け抜けた。
クルーエルが言葉を紡ぐ前に、僕は両手を広げる。
「……力は貸し借りする物じゃなくて合わせる物。幸せは誰かに与えられる物じゃなくて掴み取る物だ」
「っ……」
上げたり落としたりされたせいか、臆病になって動かない彼女に歩み寄り、抱き締める。
さぁ、甘い言葉を囁こう。
蕩ける様に甘く、逃げ出せない程に強く絡み付く、祝福の言葉を。
「僕と、家族になろう」
「ッッ!!?」
驚愕に見開かれた瞳、震える体、高鳴る魂の鼓動。
欲しかったんでしょう? あげる。
「一緒に強くなろう? 一緒に幸せになろう? これからはずっと、一緒だよ」
愛が欲しかったんでしょう? あげる。
温もりが欲しかったんでしょう? あげる。
力も、知恵も、勇気さえも、君の欲しい物は全部あげる。
だからクルーエル。君の全てを、僕に頂戴?
そっと背中にまわされた腕。小さな胸元に沈む顔。
愛と言う名の首輪を嵌めて、絆と言う名のリードを手繰る。
堰き止められたダムが決壊し、胸元は静かに湿って行った。
周辺の魔物共には、暫く空気を読んで貰った。




