第36話 下拵え
第八位階下位
「へぇ〜器用な物ね」
じっと手元を見るクルーエル。
目の前でみるみる増殖して直っていく床板を見て、感心しきりである。
そう、今僕は、クルーエルの持ち家を修繕しているのだ。
床板は外れてるわ虫は沸いてるわキッチンは料理する所なのっ!? とか言ってるわで、もはや思考の段階で雨風凌げる場所でしかない。
なんだったら木の虚にドアを付けただけと言っても過言ではない。
安上がりな奴である。
「下位相当の魔法とか軽い修繕、製作くらいなら簡単に出来るよ」
「私、そう言うちまちましたのって苦手なのよね……」
だろうね。
事前の調査によると、補助も治癒の魔術も他人に掛けるのが苦手らしいし。
器が天使だから自分に掛ける分には上手く出来るんだろう。
そも、修復系の魔術と言う物は、治癒や補助の魔術に程近い物だ。
僕が今やってる様な物の場合だと、単純な修復の意味を持つルーンに、基本的なエレメントの変換術式、魔力を留め置く機構等がある。
これだと、修復する物によって術式補完の範囲が大きく広がり、物の設定や属性変換等で魔力や精神力の消耗が少し大きい。
それを軽減するには、修復する物の種類で更なる細分類を行い、木工修復や石工修復、武具修復等を使う。
具体的には、修復のルーンに加えて対象物を設定するルーン、一定量の自動属性変換等だ。
修復には物の構造への理解や素材への理解が肝要であり、対象指定がより細かく具体的に為されればその分の術式補完が減り消耗も減る。
一般的には単純な修復だけが使われており、素材や魔力そのものへの理解が浅い為魔力消費量もその分増大、魔力量の補助として魔石等が必要になり、魔法文字の研究も進んでいないから対象の具体的な指定も出来ないと来ている。
また、物質創造と修復の違いに関しては、使うルーンの違いは勿論の事、目標となる物質が対象物として存在しない為、更なる構造の理解が必要であり、魔力消費量に限っては当然物の量や質によって膨大なエネルギーを必要とする。
そんな様な事を軽く説明し、苦手と言っていたクルーエルにやらせて見ると、これが思いの外上手くやる。
「凄いっ、なんか出来たわ!」
「ふんむ」
これは見た限りからの推測の域を出ない事だが、多分クルーエルが特別なのではなく、天使が持つ瞳と光輪が、術式を正確に見抜き模倣する事に長けた器官だからなのだろう。
少なくとも、クルーエルは本来言う様に苦手な筈だからだ。
それと言うのも、先ず持って修復に使用される魔力は無属性である方が良い。
その後術式によって変換されるが、その際に既に他属性に変換済みである場合、分解の工程を得なければいけなくなるからだ。
その点大半の生物は、種族や生まれ、育ちなどで得意属性が決まり、無色の魔力を操作するよりも生命属性や得意属性を操る方が圧倒的に楽な為、自然と属性変換が行われてしまう。
クルーエルは天使の種族特性も親からの遺伝性質も教育や環境含む育ちも天使そのもので、その魔力は光を基本とした複雑な聖属性となっている。
ドワーフなんかが鍛治が得意な理由は、彼等が生来の土属性を持ち、金属への理解と親和性が高い為金属へ働き掛けるのが得意だからであり、一方天使であるクルーエルは光と聖に適性がある為単なる光と治癒や守護が得意。その反面物質の修復は苦手な筈である。
では何故簡単に修復出来てしまったのかと言うと、器が精神体である他瞳が魔眼であり魔力の流れや変化に敏感なのと、今は隠されている光輪が……宝珠や竜玉の様な役割を担っているからだと考えられる。
彼女が魔法を行使する際に、頭上の光輪がそれを補助し魔力を供給しているのは明白。
天使の光輪は、第二の頭脳なのかもしれない。
「まぁ、出来るんなら何でも良いさ。床を直しといて、僕は柱とか壁を直すから」
「任せなさい、全部綺麗にしてやるわ!」
後で清浄化の術も覚えさせよう。
◇
あれやこれやと補修と掃除を終え、防犯対策として極簡単な構造とちょっと物が横に移動するだけの魔法を組み合わせたオートロックのドアを作り、取り敢えずの完成としておいた。
「はぁー……器用だわ。ブランは天才かもしれない……」
「こんなの序の口だよ」
工作レベルの代物で親バカみたいな事を言われると、クルーエルの頭が心配になって来る。
だがその実、クルーエルの知覚能力や理解力、再現能力は目を見張る物がある。
知覚や再現は種族由来の物としても、それを理解し術式を並べ替えてどうすれば効率的に作用するかを考え始めたのは流石だ。
天使の学校じゃ種族特性を使い熟す事ばかりで、魔術に関してはその補佐程度の術式しか教わっていないそうだから、天界はかなりの数の才能持ちを見逃している事になる。
なまじ術式がなくても精神体故の魔力量と精神力でどうにか出来てしまう分、その辺りが発展してこなかったのだろう。
天使も悪魔も精霊も竜も、本当はやれば出来るのだ。やらないだけで。
戦いにおける技量とは節約と効率化である。
天使や悪魔や精霊や竜が格下である人に敗れる事があったとしたら、それはちまちまに敗れた証明なのだ。
クルーエルは鍵をガチャガチャしまくって構造への理解を深め、理解と同じ様に深く頷くと此方へ振り向いた。
「凄いわブラン! こう言う事が出来るなら天意軍や護信軍に入れるかもしれない!」
「そりゃあどうも。そう言うクルーエルは何でそっちに入らなかったの? 君の実力なら何処でも引く手数多だと思うけど」
そう聞くと、クルーエルは視線を逸らした。
「……一応言っておくと、私って結構強い方なのよ。同世代でも一番だったし……」
「……誰かの悪意があった?」
「……」
クルーエルは何も言わない。
天使への信頼が植え付けられているからだ。だから悪意を言葉にするのに躊躇する。
クルーエルのこの調子を見るに、彼女はよっぽど優等生で、他はそうでもなかったのだろう。
ちょっとした洗脳教育が真面目故にきっちり嵌ってしまった。
「……やっぱりそうよね……はぁ……」
「ここに飛ばされた理由に心当たりは?」
「それはちょっと……その……」
言い辛そうに話始めたその内容を簡潔に纏めると、同じ学び舎の数少ない友達の内の1人が護信軍に配属、それはそうと偶に友達同士で集まったりしていたら、ある時その友達から取り引きを持ちかけられたんだとか。
その内容は、まぁ簡単に言えば……上司に口利きするからその代わりに奴隷になれ、みたいな感じだ。
それに対しクルーエルはついプチっとキレ……。
「蹴っ飛ばしちゃったのよ……」
その結果、天下の護信軍サマに歯向かった天使総軍のクルーエルは、上司の計らいと蹴っ飛ばされた奴が新人であった事もあり、魔界送り《死刑》ではなく左遷《流刑》と言う形でここに送られて来た訳である。
蹴っ飛ばされた奴は下手を打ったな。これと明言せずにチクチク突いて利得を得れば楽が出来ただろうに、クルーエルの才能に目が眩んで己が物としようとしてしまったのが敗因だ。
さながら才能に集るハエ。撃ち落とされて尚迷惑を掛けるのだから悪質である。
クルーエルはしょんぼりしているが、それはそれだけ相手を友達だと思っていた証明。
信じていたからこそカッとなった。
彼女は今ひとりぼっちで、それが故に同じひとりぼっちに見えた何のしがらみもない僕を強引に抱き込もうとしたのだ。
彼女の弱い部分が、どうにかして傷を舐めて貰おうとしている。
良いカモである。
取り敢えず情報を集め、依存させよう。
そしたらユキ様に献上する。天界への橋頭堡に使えるし、きっと褒めて貰える筈だ。
差し当たりクルーエルを捕まえて胸に掻き抱く。
ピクッと震えたそれを愛を込めて撫でた。
さぁ、吐け。
「……クルーエルは天使総軍以外に入りたかったんだよね、なんで?」
「……出世出来るからよ」
「なんで出世したいの?」
「それは……」
そこでクルーエルは口を噤み、暫し黙考した。
修復と掃除により、真新しい木の香りが漂う家の中、大通りから外れているから喧騒も遠く、静かな時間が流れる。
やがてクルーエルは頭を撫でる僕の手を取ると、胸元から離れ、瞳を覗き込んで来た。
「……ブラン、貴女の力を見せて欲しいの。貴女が強かったら、私の野望を教えてあげるわ」
ふむ、まぁクルーエルと同じくらいの力量にしておけば大丈夫だろう。




