第35話 世も末だ
第八位階下位
地上へ出て来るや、迷宮の氾濫に備えた内壁を出て、直ぐそばの冒険者ギルドに向かった。
ここも他同様に荒くれ者が多いが、若い少女だからと舐めて掛かる者は少ない。
大分昔にはクルーエルが、ちょっと昔には付近の開拓村を治めるナラハ子爵の娘が、そして極最近ではユキ様が泳がしているユキ様の眷属であるキュリナとジーナが、絡んで来る悪い方の冒険者をボコボコにしたからだ。
絡んで来る良い方の冒険者は、軽くシャドーボクシングをして風圧を浴びせると、なんだ大丈夫な方の奴か。と納得してくれる。
そんな中で遠巻きに此方を見ているのは、白の災禍以来増えた若くて弱い冒険者達だ。
彼等は弱いが、若いが為にパワーと持久力がそこそこあり、迷宮の浅層ではまぁまぁ魔物を倒せる。
それが故に多少調子に乗り、死ぬ。
若しくはその他の冒険者に舐めて掛かる。
先のエリアパレードも、そう言った迷宮を舐めてる若い男女数十名が、所謂エリアボスの代わりであるちょっと強い雑魚の集団に挑み全滅した所だ。
リーダーは、なんとかなるってが口癖の茶髪の少年。それからそれに引っ付き虫の栗毛の女に図体のデカい恥ずかしがりの男、逆に小柄で活発で足の速い女、少し地頭の良い長髪の女、少し年上で狩りの経験もある男。皆あっさり死んだ。
そんな物だ。迷宮とは。
クルーエルの手前、魂の回収は遠隔で行なった。
別に何処の馬の骨が死んだって、僕は本当にどうでも良いが、その情報を上げるとユキ様とかアワユキとかフユキとかセツナ姉様はなんだかんだで悲しむので、これは仕方ない事だ。
実の所、遠い所では普通に人が死んでいるのは感知している。
たまたま、天使を調べる上で追跡したパーティーが僕の目の前で死んだだけの話だ。
フェイクで治癒魔術を使いながら待っていると、直ぐに番号が呼ばれ、ギルド職員がやって来た。
クルーエルは木札を渡し、僕等は受付の先にある長椅子に案内された。
相手は中年の男だ。
「エルクさん、また派手にやられましたね……治療を先にした方が良いのでは?」
「殆ど治したから良いのよ」
「そうですか、治癒術が使えるのは便利ですね。それで、本日はどの様な御用件でしょうか?」
職員の問いに、クルーエル改めエルクさんは、マジックバックから遺髪を取り出した。
職員の男はそれを見て、口を真一文字に引き結び、目を伏せた。
「……また、ですか」
「ええ。エリアパレードに挑んだのよ。私とこっちのブランが駆け付けた頃には殆ど全滅してたわ」
並べられた冒険者証と遺髪を前に、職員の男は暫し黙祷した。
「……報告、ありがとうございます。大した額ではありませんが報酬を。彼等の装備はありますか?」
「一応武器と鎧と少しの装飾とか道具は持って来てる」
「如何致しますか?」
「嵩張るしいらないわよ、口座支払いにして。後のは遺族にでも送りなさい」
「調べますが彼等に貯蓄する程の資産はないでしょうな」
「じゃあいらない。袋に入ってた分だけ貰うわ。後のは遺族に送って。輸送費くらいなら拾った分から出すわ」
「はぁ……エルクさんは相変わらず優しいですね。承りました、必ず届けましょう」
「足りなかったら私の口座から出しなさい。足りたら振り込んどくこと!」
「はい、必ず」
クルーエルは人を下等と言う割に、ちゃんと人を思って行動出来る様だった。
◇
「人間ってほんと、愚かよね」
人通りの多い街中で堂々とクルーエルは呟く。
それに関しては同意だ。
若い冒険者達は先達を知ろうともせず、ただ自分等と同じ若者を集め、地獄に突き進んだ。
僕がそのパーティーに参加したのは、目標地点がクルーエルの出没エリア付近だったからであり、なんだったら気を放って誘導した。
そして、びびりまくって予想以上に貧弱だった若者達は全滅、折角なので天使の力量を測るべく気配を殺した。
もし僕がクルーエルの力試しをしていなかったら、彼等の死は何の意味もない犬死になっていた事だろう。
それは実に愚かしい事だ。
小さな革袋に入った小銭をチャラチャラ鳴らし、クルーエルは遠くを見詰めた。
その視線の先には……屋台。
「……人間は愚かだけど……ご飯だけは美味しいのよね」
言うやそそくさと屋台へ走り、慣れた調子で注文する。
「肉、これで買えるだけ頂戴」
「おやエルクちゃんじゃないか、今日も可愛いね」
「何言ってるのかしら? そんなの当たり前じゃない」
「ははっ、今日も元気で安心したよ……ん? これだと50本くらいになるけど……」
訝しげな店主に対し、クルーエルは視線で僕を指す。
「連れがいるのよ」
「なるほ……いやそれでも多い様な……?」
「つべこべ言わずに売りなさい。それとも、人気だからもうないのかしら……?」
「……かーっ、エルクちゃんには敵わないねぇ〜! おまけ、付けとくよ!」
上手くやったなと思う反面、どうも今のクルーエルは天使の力を使っていない。即ち相手の意識を読み取っていない。
これは推測だが、天使達は思った以上に人間らしく、お互いの思っている事が筒抜けだと色々不都合がある為、普段から意識の読み取りをしない様にしているのではないだろうか?
まぁとりあえず、捧げ物は受け取るべしとはユキ様の教えだ。おまけはありがたく頂戴しよう。
「あら、そんなの良いのに……おまけは不利益でしょう? お店が無くなったら困るのは私じゃない」
「っ……泣かせてくれるじゃねぇか……! いっそ全部ただに……」
「いいって言ってんでしょうが!」
店主とクルーエルの問答は暫く続いた。
◇
「本当に人って愚かよね」
もぐもぐと謎肉の串焼きを食べながらそう言うクルーエルに、僕は肩を竦めて見せる。
「ならおだてるのをやめたら良いんじゃない?」
「おたでる? 事実しか言ってないじゃない。勝手に自分の首を絞めるのがおかしいって話よ?」
「そうだね」
分を弁えずに死んだり。天使と比べて寿命が短かったり。教育が行き届いていなかったり。
天使である彼女からしてみれば、そう言ったあらゆる事で劣る人と言う生き物は劣等種族であり、教育という名の洗脳によって唯一天使が至高の存在と言う認識を植え付けられているのだろう。
存外順応性が高く賢いクルーエルが、天使であると言うだけで信用してしまうのは、それだけ無条件の天使への信頼があるからだ。
それは一種信仰の様な物だろう。
「そんな事より貴女の事よ。確か貴女、従魔使いじゃなかったかしら? 今日はなんで連れてないのよ?」
「エリアパレードだったからね」
「? ……確かに、あんなちっちゃい子達じゃやられてたかもしれないものね」
僕は微笑んだ。
今あの子達メンテナンス中で、ユキ様や黒霧とかがあれこれやってるんだよね。
もうちょっとしたら戻って来ると思うけど。
クルーエルは成る程と頷いて、袋から串焼きを取り出した。
公都は交通の便が良く、様々な物が入って来る。
この串焼きは、肉こそ迷宮産の珍しくもない鳥型魔物肉だが、タレが色んな材料を混ぜた物なのだ。
うちと比べると大した事ないが、この辺りじゃかなり先進的な料理である。
だがまぁ、部位は適当だし臭みはあるし、タレもなんだかんだでわちゃついている。
そんな串焼きを良い笑顔で食べるクルーエル。安上がりな奴だ。
「味の暴力だわむぐむぐ」
「天界のご飯は美味しくないの?」
「天界じゃ白い石みたいなのを食べるのよ。程よい歯応えと微かな甘味があって、そのまま齧るの。通は粉々に砕いて献上される地上の食べ物と一緒に食べるそうよ?」
「ふーん」
「因みに私は砕いて水に溶かして飲んでたわ」
「ほーん」
砂糖水みたいな感じかな。と言うかそれってアレじゃない? なんだっけ……エルクーン? 例の天使の共食いの奴だ。
「白い石みたいなのって、枯渇したりしないの?」
「さぁ? 勝手に地面から生えて来るのよ。無くなりそうって話は聞かないわね。むしろ貯蓄があり過ぎるくらいで、人と取り引きに使ってるらしいわ」
「ふむ」
ルベリオン王国内でそんな話は聞いた事もない。となると、教国辺りが天使と深く関係しているんだろう。
問題はそう言った情報がルベリオン王国内に無いと言う事で……そこら辺はユキ様が調べるだろうけど、もしかしてこの国、諜報員を他国に送り込んでない……?
「それをちょびっと渡すだけで、凄く沢山食べ物とかを献上してくれるらしいのよ。でもそう言った献上品は大天使サマとかが優先権を持ってて、上級天使でも中々回って来ないの」
「ふむふむ」
凄く沢山貰えるのに大天使までしか回らないとなると、大天使より上の存在の数が限られている以上、大天使の数が多いと言う事になる。
「アルケーサマ方が地上の街の守護権を奪い合うのも分かる話よね。その点私はこんな所に送り込まれたけど、案外幸運だったかもしれないわね! ……ブランにも会えたし」
「大天使って人数は多いの?」
「…………一千ちょっとって所ね。総人口の1%にも満たないって習った覚えがあるわ」
「ふむ、献上品が少ないのかな?」
「あぁ、それは大天使サマが自分の親族に送るからよ。身内に大天使サマがいない天使なんて地上の食材は夢また夢ね」
「成る程」
やっぱり人間らしい所があるな。
「因みに大天使サマであっても、天使総軍所属だと色んな物が後回しにされるわ。上級天使なんて何も回って来ないもの」
「天界も世知辛いね」
「まったくだわ」
世も末だよ。
そうこう言ってる内に、目的地に着いた。
見上げたのは、ボロい石造りの古い建物。
木窓は割れてるしドアは朽ちてるし蔦は這ってるし、なんだったら道中の舗装も若干剥げてたし大通りからまぁまぁ離れてるから路地に浮浪者がいたりする。
「……廃墟かな?」
「安かったのよ」
「だろうね」
治安も悪いだろうし。
クルーエルがドアを引くと、それは大きな音を立てて開き、端っこや地面と接触している部分がポロポロ剥がれ落ちる。
割と広いその家からは、埃っぽく冷たい風が吹き抜けた。
クルーエルは勝ち気に微笑みながら此方へ振り返り——
「今日から暫くはここが貴女の家よ!」
「廃墟には住みたくないな〜」
「廃墟じゃない!」
廃墟だよ。




