第34話 無垢なる天使
第八位階下位
白光が弾けた。
それは聖属性を宿した闘気の光。
死した冒険者達に纏わりつく不浄が祓われ、浅層のエリアパレードが瞬く間に殲滅される。
——光が舞った。
白き羽は刃となって敵を貫き、魔眼は一睨みで蔓延る不浄を祓い、溶かす。
微かな聖を宿す剣は、多くの傷や研ぎの痕が残る歴戦の一本。
振るう技術は拙いけれど、幼い見た目不相応には上手く、操魔力に至っては人間であれば一握りの天才と言える領域だ。
そう珍しくもない金髪に碧眼、端正な容姿。2つ結びにされた髪型は幼さの演出か、身長と相まって愛らしい少女にしか見えない。
その実、戦闘力は冒険者で言う所のS級に迫る強者だろう。
少女はエリアパレードを殲滅すると、少し気怠げに降り立ち、軽く首を振った——所で目があった。
「っ」
「……」
瞬時に翼に聖気が満ち、光輪が輝く。
「……正体を見られてしまったからには生かしておけないわ」
剣に聖気を流し込む天使を前に、僕は少し考えて、ユキ様のそれと同じ様に天使の翼と光輪を出してみた。
殺す事も口封じする事も簡単だが、下手に力を行使してダンジョンマスターに強く警戒されるよりは、未だ御し切れる存在だと認識される方が良い。
あくまでも僕の任務は調査であり、そして天帝を冠する竜や夢の術師の様な存在が公都に潜んでいないとは限らないからだ。
少なくともそれらがいない事を断定出来るまでは、手の内は隠しておくべきだろう。
天使は一瞬キョトンとした後、聖気を霧散させた。
「なぁーんだ、同胞じゃない……それならそうと早く言って欲しいわ」
やれやれと肩を竦め、剣を鞘に収めて彼女は此方に背を向ける。
そのまま死んだ冒険者の装備を剥ぎ始めた。
「それで? 私応援なんて頼んで無いんだけど……アレかしら、エクスシア様が戦力を集めてる件に関係してる?」
「何のことやら」
「やっぱり隠さないとダメな事なのね? じゃあ心癒槽を使ったって言う噂も案外事実なのかしら?」
取り敢えず全く分からないが、天界の事情を知っているふりだと直ぐにボロが出るだろう。ここは何も知らないふり一択だ。
「よく分からないけど……この羽と輪っかは何? 君は何者なの?」
「はぁ? ……何? どう言う事? ……貴女、所属と階級は? あ、私は天使総軍第四部隊所属、上級天使のクルーエルよ」
「僕はブラン、C級冒険者」
「…………まさか……そんな……でも……貴女、本当に何も知らないの?」
「何を問われてるのかすら分からない。この羽と輪っかも突然出て来た……あ、消せた」
などと演技してみる。
「……嘘は言ってないわね……」
純粋な精霊体じゃない天使と言う種は心を読み取るのも下手らしい。
表層心理を取り繕えばこんな物だ。
総合的に馬鹿で良かった。
「と言う事は……まさか……!」
クルーエルははっと口元を抑え、驚愕に見開かれた瞳を潤ませる。
「下等な人間の中で、気付かずにずっと……? なんて不憫なのっ!? 我等が聖神はこんなにも無垢な天使に、これ程までも残酷な試練を課すと言うのっ……? あんまりだわッ!!」
そこまで酷い事なの……?
天使の一般的な見解なのかこの天使だけの認識なのかは判然としないけれど、取り敢えず哀れまれているのでこれを利用して行こう。
クルーエルは暫し愕然とすると、ポロリと大粒の涙を溢し、それを合図に抱き着いて来た。
「大丈夫よ、ブランっ! これからはずっと一緒。私が貴女を守るわ!」
どうやら天使もしくは彼女にとって、人の中で産まれると言うのは余程惨い事らしい。
ユキ様ゆずりの美貌に目が眩んだ部分もあるだろう。正に罪なる美貌。世界の至宝。神。
取り敢えず情報を聞き出すとするか。
「色々と知りたい事もあると思うけど、じっくりお話しするには場所が悪いわね……ちょっと手伝ってくれると嬉しいわ」
「やるべき事はするよ」
冒険者証と遺髪や遺品を持って行くとちょびっとだけ報酬が出るし、遺品の正統な所有権を得られるんだよね。
これが貴族や王族に関する大切な物だったりすると、ギルドを通すなりして交渉となり、お金だけ貰えたりする様だが、そう言った面倒くさい手続きのある者はこの死者達の中にはいない。
形だけでも魂の僅かな休息を祈り、装備とカードとアイテムを剥いで行く。
◇
「貴女の事は知ってるわ。ちょっと前にこの街に来たのよね?」
「うん。王都の方からね」
流石にレベル100に近ければ、路傍の石の様な物でもちゃんと察知出来ているらしい。
同じ冒険者として潜伏しているから行き先が似通っており、認識されているのは致し方ない事だろう。
そんな事を、包帯を巻きながら話す。
これは偽装工作だ。魔物や冒険者の血を塗りたくり、怪我をしている様に見せる。
最近は白の災禍以降、村から避難して来た若者が冒険者になるケースが多く、なんだかんだで死者数が激増しているらしいので、そこまで偽装する必要はないかもしれないが、念の為やっておくそうだ。
実際に確認された場合怪我が無いのは、クルーエル自身が治癒と補助魔法に特化した魔法戦士で通しており、魔力が回復し次第治療しながら逃走したと言い訳出来るから大丈夫らしい。
なんでも、わざわざ学園に通って卒業し、学園で魔法出来る様になりました。と言うふりをしてるんだそうだ。
血濡れの包帯を巻き巻きした後は、クルーエルが持っていたマジックバックに全ての遺留品を詰めて、地上へ向かった。
その間も、此方が質問しようがしまいが、クルーエルはぺらぺらと情報を漏らしてくれた。
勿論、聞き耳を立てているだろうダンジョンマスターには伝わらない様にあれこれ隠蔽している。
まぁ、愚痴の方が多かったが、それらの話によると……どうやらクルーエル、たかだか上級天使と言う天界では下から2〜3番目の階級でありながら、熾天使から直々に名前を付けられたらしいとかで、下も上も関係なしに妬まれてこの地に一人左遷されたらしい。
天使と言うのも案外人間らしい所がある様だ。
産まれる前から名前が決まっていたとかで、更に名付け親である熾天使サマの名前はおろか姿も見た事が無いのだとか。
それどころか、天界の大半の天使達は、熾天使サマの名前や姿を全く知らず、唯一知っているのは熾天使長アメシリアサマだけなのだそうだ。
そんな状況でも、熾天使サマの偉大さは教育によって保たれている様だ。
場所が悪いとか言いつつクルーエルがあれこれ喋ってしまうのは、僕が聞き出そうと試みているからと言うのもあるだろう。
しかし、彼女が悪態を吐いていればこそ、天使達に強い理想と願いがある証拠であり、そして人の中で結構な期間潜んでいたからこそ、抱え込んだ秘密と愚痴を、天界とは全く関係ない同族の天使に喋り尽くしたくなってしまったのだろう。
と言う訳で、そんな無垢な思いを利用して聞き出した天界の情勢を、纏めてユキ様に提出する。
天界には聖神と言う神がいる。
おそらくこれは大聖シルフィアーネの事だ。
ただし、聖神は来るべき時まで決して神座から離れず、姿を現す事は無いのだとか。
天使達がシルフィアーネと言う名も姿も知らない所を見ると、これはユキ様の予想通り、シルフィアーネは死んでいると見て良いだろう。
もしくはユキ様の予想通り、何らかの封印状態であるとも考えられる。
少なくとも、賢神グリエルに匹敵すると考えられる大聖シルフィアーネ程の大人物が、一切動かないなど考えられない。
続けて、聖神同様にその存在を詳しく知られていない者が1人。
神の翼の名とされている疑惑の1人。
——神翼アシュリア。
ユキ様は確度の高い情報として、アシュリアの死を確認している。
よってアシュリアは名前だけの存在であると考えて間違いない。
神の翼と言うのはアシュリアと言う熾天使が死んだ事を隠す為の偽装工作が行き着いた果て。そう考えるのが妥当だろう。
次に、光翼と称される熾天使の集団。
光の六枚翼とも呼ばれ、来るべき時に神の翼として神敵を屠るとかなんとか。
熾天使が6体いるのは間違いないだろうが、一般に知られているのは熾天使長のアメシリアだけ。
これはもしかしたらだけど……6体の熾天使も、死ぬなり封印されるなりして何体か欠けてるんじゃないだろうか?
少なくとも元熾天使と目される個体が1体魔界にいるらしいと言う情報はあるし、今いないからこそ姿を現さないと考えて良いだろう。
実在し尚且つその情報までリークし、その上で出て来ない理由があるとしたら…………例えば熾天使が凄く沢山いて、天界与し易しと勇んで飛び込んで来た外敵を囲ってボコる為。くらいしか考えられない。
逆に頭数が少なく、虚勢を張る為に数をかさ増ししているとかの方があり得るだろう。
次、天翼と称される上位天使。
ドミニオンと呼ばれる四枚翼の天使が、4つの軍団を率いているらしい。
下っ端のクルーエルでは詳しい情報を得られないそうだが、それでも得られた数少ない情報によると……4つの軍団の内特に強力なのは…………クルーエルが所属する天使総軍以外だそうだ。
つまりクルーエルは下っ端軍団の下っ端と言う事なんだね。
しかも下っ端軍団の下っ端に嫌われて左遷された下っ端オブ下っ端。
そんなのでも人間ならば英雄と呼ばれるレベルなのだから種族性能の差は偉大だ。
そんな下っ端天使総軍以外の、特に強いとされる軍団は3つ。
デュナメイシスと呼ばれる強力な天使12体と少数の超エリートであるらしい大天使と上級天使で構成され、天使以外の知的生命体の英霊とやらを使役する『英霊軍』。
エクスシアと呼ばれる強力な天使12体と少数の超エリート大天使と上級天使で構成され、天使を模倣した聖なるゴーレムを率いる『天意軍』。
アルケーと呼ばれる強力な天使12体と、治癒術や結界術に特に秀でた大天使、上級天使で構成される『護信軍』。
以上が天軍の精鋭軍団にして……唯一上位天使に至れる出世ルートらしい。
一方天使総軍は、それら3つから必然的に溢れた下級天使や天使と、各軍団から溢れた上級天使と大天使で構成され、主にその他3つの軍団の補助と援護と下拵えと魔界への威力偵察《使い捨て》と魔界からの撤退の殿《使い捨て》と言う大事な役割を担うらしい。
その他の軍団が質を守る為に少数ずつしか採用しない為、実の所総合戦力的には天使総軍が最大規模であり、天界の防衛は主に天使総軍が担っていると言う側面もあるそうだ。
また、クルーエルから得られた情報によると……ドミニオン、デュナメイシス、エクスシア、アルケーと呼ばれる上位の天使は……降格して大天使になる事があるらしい。
ユキ様の情報から、それらは天使の進化種族の種族名だと分かっている。
しかし、クルーエルの情報だと降格とやらでそれらが大天使になる。
と言う事はつまり……ジョブスキルの様な付け替え可能な加護が存在し、それを受ける事で肉体までも変化するのではないだろうか?
知りたい情報は多々あるが、クルーエルみたいな下っ端じゃあね……上位天使の能力とか全軍の兵力とか重要施設……は愚か天界の正確な規模すら知らないかもしれない。
なんだったら捕獲して、一度頭を開いてみた方が良いだろう。
幸いにして、クルーエルは何の情報も与えられずに僻地へ左遷、つまり死ねと言われている様な物なので、迷宮から帰らなくても不思議ではない。
1番厄介なのは、死と同時に自爆する様な加護が付けられている可能性もある点。
僻地だから大爆発しても良いと思ってるかもしれないし、なんだったら単なる監視機能が付いてる可能性もある。
先ずは慎重に魂をサーチしてみよう。




