第30話 風の様に囁いて
第八位階下位
小柄な竜が草原を駆け、森から這い出た迷宮産の熊へ襲い掛かる。
然ながら猟犬の様に身軽に駆けた竜は、迎撃体制に入る熊へ魔弾を打ち込んで怯ませ、その四肢に練気を宿して飛び付いた。
練気の爪は熊の体毛を易々と貫き、その皮膚に深く食い込む。
竜はそのまま熊の両肩を握り、その顔面へ向けて砲門を開いた。
放たれたのは、爆炎のブレス。
放火が薄曇りの草原を明るく照らし、轟音が山をこだました。
竜は爆破の勢いを利用して飛び跳ね華麗に着地、頭部が四散した熊はそれと同時に倒れ伏し、血を噴出しながら死に絶えた。
「ふむ」
「うーむ」
「むむぅ」
「おぉ」
四者四様の反応だ。
研究者達は映像データを保存し、それぞれがそれぞれの思考に耽る。
「機動力は想定以下、練気も遅い……」
「属性分解力が低いな……これでは免疫反応程度か……?」
「原因は……伝達速度か? しかし有線だと耐久力が落ちる……」
「……ちゃんと戦えてるじゃん……良しっ」
他3名が様々な方面へ頭を悩ませる中、章君はぐっとガッツポーズをしている。
彼もまた、新たな家族と共に新たな道に進み始めているのだ。
今回の竜装兵研究を少し手伝った様で、共に膝を突き合わせて知恵を出し合ったらしく、もう一端の研究者の顔だ。
今はヤルルカも起きている様で、一緒にスペック表と映像データを見比べている。
青い西風にさらさらと草原が波打つ事暫く、考えを纏めた研究者達が輪になって対話する。ヤルルカと章君はワンテンポ以上遅れてその輪に入り、ついでに僕もやんわり輪に入った。
「……取り敢えずは初実戦の勝利を祝っておきましょう」
「そうですね、並大抵の魔獣と比較して十二分な性能です」
「……やはり防御性能を上げる為にも再生力を持つ鬣を付けるべきではないか?」
「それはバーチスさんが付けたいだけじゃないですか……よしよし、良くやったなぁ」
「よしよーし」
「キュゥゥン! キュ?」
一丁前にバーチスへ突っ込みを入れ竜装兵を撫でる章&ヤルルカペアに混じって、僕も竜装兵を撫でつつ聞き耳を立てる。
「さて……期待される想定性能を下回っている現状について、何か改善案がある者は私はあります」
聞いた体を装いこれでもかと主張してくるテリーに、章君は思わず突っ込みのタイミングを失い、妹が蘇っておまけに弟?まで出来た余裕のあるヤカルナはやれやれと肩を竦めた。
一方バーチスは——
「と言う訳で鬣を付けよう。防御性能の向上や魔力保持容量の増大に繋がり、外敵への威圧にもなる。付けない理由が見当たら無い……!」
宣う彼に、ヤカルナは一考して返す。
「それを付けるとして素材はどうするのです? 金属では難しいですよ。重量増加は馬鹿にならない要素です」
「魔獣の毛を流用するのはどうか?」
「それでは適合率が大きく低下してしまいます。やるとしたら毛を持つ亜竜ですが、それにしたって低下は起きるでしょう」
「いやしかしだな、結果的に適合率は自然上昇して行くからそれを見越して装備を事前に整えておくのも良いのではないか?」
「適合率に関して提案がある。先ずは私の話を聞いてくれないだろうか?」
テリーは注目を集め、特に否やは無いのを確認してから話始める。
「……様々な個体の材料を使っている為適合率が低下するのはやむを得ない事だ。霊体は魔力操作能力が高い為それらをある程度無視して操作する事が出来るが、それにも限度がある。その対策として操作核を入れた訳だが、現状では想定されるスペックを発揮出来ていない。そこでだ……」
テリーは全員を見回し、溜めを入れてから言葉を紡いだ。
「……竜玉を投入してみてはどうだろうか?」
うむ。当座の解決策としては決して無しではないね。
「それは……コストの面で否定された筈です。増してや亜竜玉や亜竜晶ではなく竜玉を使うなんて……それに適合率の問題も大きいでしょう」
「確かに竜玉であれば、その他の竜属性魔力を統制出来るだろうが……そもそもゴーストドラゴンでは竜玉を使役する事は困難では無いか?」
「操作核を竜玉の操作に特化させればどうだろう?」
「それならば可能かもしれません。そうなれば魔石も特段必要と言う訳では無くなるでしょうし……コストは多少掛かりますが凡ゆる面で性能が向上するでしょう」
研究者達があれこれ話し、章君がはへーと勉強する。
そんな中に、僕も混じる。
「適合率の問題があるなら改善方法は3つくらい考えられるね」
「ふむ? 具体的にはどう言った方法でしょうか?」
「例えばゴーストドラゴン自体を群体霊化して部位毎に操作出来る様にするとか」
「むむ……それは……確かに可能です。精神体だから場所を取らない。総合演算力自体が大きく向上するけれど掛かるコストはほぼ霊化粉粒体とゴーストドラゴンの素のみ。その上魔石と竜玉、操作核までいらなくなる……?」
「いやいや……そう、群体霊化と言ってもそう上手くは行かない。連携させるには訓練が必要だ。仮に出来たとしても反応は遅くならざるを得ないだろう」
「だが、契約魔法の類いを用いて魂を繋げてしまえば反応速度を補う事は可能だ。ゴーストドラゴン自体は皆同じ素材を使っているから適合率にも問題はない」
「そっか……何も1体で操作する必要は無いのか」
またもやあれこれ言ってる皆を無視して次。
「例えば素材全ての魔力を吸い出して混ぜ合わせた物を再注入するとか」
「ふむ? しかしそれでは表面的に適合率が上がっても時間経過で魔力が変質し適合率が元に戻ってしまうのではないか?」
「繰り返して素材自体の魂を錬磨するんだよ」
「むむっ……それは、成る程……物質体が主体故に適合率が低下するなら望みの性質を持つ精神体を生成して主軸にすれば適合率の低下を大幅に抑えられる……」
「魔力的コストも問題なし。適合率が上がればその他の制御機器も不要になります。今後の運用を考えると工場を作った方が良いですね」
「その方法ならば竜以外の魔獣素材も運用出来るのではないか? 例えば鬣とか」
「なるほどぉ……物を変える事ばっかり考えてたけどそう言う方法もあるんだなぁ」
更に次。
「例えばゴーストドラゴンを主体にして、武装や依代を生成出来る術式を刻んだコアだけを用意するとか」
「ほう、コア自体にゴーストドラゴンを憑かせる方法か……自力で生成出来るなら適合率の問題はクリア出来るな」
「武装は即席になる為量産品と比べて性能は劣るでしょうが、壊れたら随時補給出来るのは大きな利点です。魔力吸収の術式を刻めば無補給でも長期間活動出来るでしょう」
「標的が強敵であるならいざ知らず、獣身クラスと戦う事を想定するなら火力を上げるよりも継戦能力を上げた方が効率的、か」
「はへー……それってかなり技術いるんじゃ……」
技術力上げれば良いんだよ。
その後も研究者達はあれやこれや話し合い、船に戻った後も僕の囁きを得て計画書を纏め、工場作成に関する稟議書を黒霧へ提出し、一刻と経たずにバリバリ仕事を進めた。
◇
「ふぅ……今日は皆さんとても……冴えていますね」
ヤカルナは紅茶を一口飲んだ後、溜息と共にゆるりと辛辣な言葉を吐いた。まるで普段は冴えて無いのにと言わんばかりである。
「はは、ヤカルナこそ、群体霊は手放しに褒められる素晴らしい案だったぞ」
「? いえ、私ではありませんが……?」
「……合同調整案は誰の提言でしたか?」
「それはテリオヌスではなかったか?」
「私では無いです。支配核はバーチスの案であっていますか?」
「いや俺では無い……」
首を傾げた彼等は、暫し黙考した末、一斉に章君を見た。
「え……俺……?」
「……違うか」
「……違う様だ」
「……違いますね」
「違うよね?」
違う違うと頷く彼等。ディスられても素直に頷く辺り、章君は純粋である。
取り敢えず認識に齟齬が出始めたので、ここでネタバラシ。
「僕だぞ」
力を乗せた声を上げるや、先と比較にならない速度で全員が一斉に此方を見た。
しかし、彼等は目を細め、困惑した様に首を傾げる。
「……あぁ」
「……んん?」
「……ふむ」
「……あれ?」
彼等は今、未知と遭遇している。
確かに僕の声を聞き、確かにそこに誰かがいると知覚し、確かに誰もいないと言う記憶が残る。
これが隠密術の極地の一つ。ちょっと夢属性を混ぜた認識改変の術。
——『私は何処でしょう?』である。
しゅーたんとシュクラムがやってた遊びらしい。夢の旅人は一々やる事が高度である。
僕に最初に気付いたのは、ヤルルカ&章ペア。
死と夢は程近い。それが故に夢の力の認識改変を突破できたのだろう。
「……え、ほ、ほんとだ……ユキ、さん? ユキさんだ!?」
「ふむ、やはり……いる様に見えるがいないと記憶される、不可思議な術ですな」
「……私には良くわかりませんが、ユキさんがいるんだろうなと言う事は分かりますね。分からない事をやられているので」
「……ただの気配遮断では無い、これは……どう言う術なのだ……」
「まだ皆には早いかなぁ」
そんな事を言いつつ、ぽろっと姿を現す。
「いや誰!?」
「僕だけど」
ツキだけどね。どうやら章君達には僕が見えていた様だが、それも夢魔術による認識改変の一つ、認識転換だ。
僕の案が他の誰かの案であると誤認した様に、思い込みによって認識が違和感の無い誰かに置き換わり、スルリと受け流されるのである。
デコイにこれを組み込めば、更に強力なデコイを生み出す事が出来るだろう。
ちょっとしたテストを終えたので、僕はそろそろお暇しよう。
「中々有意義だった様だし、僕はそろそろ行くよ」
言うや、僕はすたこら船から立ち去った。
これで竜装兵とやらも効率的に運用出来るだろう。
次はヴァルハラの面々を見に行く。




