第26話 いつもの
第八位階下位
サキュバス僕に甘やかされ、深刻な魅了状態にあるメレリラは放って置いて、じーっと冷静にそれらを見ている仮称レリミラを呼び起こした。
彼女は、サキュバス僕に膝枕されながら、キリッと此方を見ている。
「やぁ、こんにちは」
「……皆が世話になってるわね」
「気にしないで、好きでやってる事だから」
「そう……」
何処か物悲しげに、彼女は視線を逸らす。
あぁ、やはりか。僕は一つ、頷いた。
そうなるだろうという気はしていた。
「……ウーラって知ってるかな?」
「っ……」
ピクッと彼女の耳が反応した。
此方に向けられた瞳から、ポロリと涙の雫が溢れる。
「……どうしてかしら……? 知らない名前なのに、こんなにも懐かしい……」
サキュバス僕が、零れ落ちる涙を拭う。
「……ねぇ、ユキさん……ウーラは、この子のお母さんなんでしょう?」
「そうだよ」
「……ウーラはどうなったの? どうしてこの子達を捨てたの?」
瞳はまるで縋る様に、しかし腹の内にはどうしようもない怒りを滾らせ、彼女は問う。
とても悲しい事だが、僕は彼女の怒りの矛先を定めなければならない。
「ウーラは死んだよ」
「っ!」
小さな悲鳴だ。
母恋しいメレリラと根源を同じくする彼女は、怒りと共に悲しみと寂しさ、そして切なる願いを持っていた。
「君達を産んで間も無く、亡くなった様だ」
深く燻っていた怒りは、涙となって消えて行く。
これが彼女のベストエンド。
これで終われるなら、どれほど良かった事だろう?
捨てられたと思っていたが、そうでは無かった。それはただの小さな悲劇だ。
あぁ、無意味な罪悪感には終止符を打とう。引き伸ばせば引き伸ばす程、彼女の苦痛は大きくなる。
僕は……ちょびっとだけ間を置いて、言い放った。
「そして直ぐ転生した」
「……え?」
「転生と言うよりも、混じり合ったと言うのが適切だろう」
……と言うよりも、この場合死ぬ以前から混じり始めていた。
死んだのはウーラが捨てた悲しみを背負った抜け殻だ。
「そうして、ウーラはウレミラになった」
「っ!?」
自分が産まれる原因となった、誰よりも愛している妹が、自分等を捨てたと思い長きに渡って恨んできた母と知り、彼女は酷く驚いている。
そんな彼女が疑いの言葉を形作る前に、更に僕は言葉を重ねた。
「その後、ウレミラは死の間際メレリラの魂に統合され……君が産まれた」
「っっ!!?? ……う、そ……それじゃあ…………私が……?」
「良く思い出してみて? 君は、メレリラの知らない事を、たくさん知っていた筈だ」
そう。だってれーたんはあくまでもめーたんの理想であって、十分な知識を有する人格がなければ、中身の無い空虚な偽物になっていた筈だ。
めーたんはそこまで高性能ではないのだッ!
僕が手を加えたからこそ、れーたんは完璧な別人格として産まれる事が出来た。
そうでなかったと言うのに極めて強力な人格が発生したのだとしたら、それはウレミラが入ったからに他ならない。
不完全な転生は2度目で完全に至り、ウーラとウレミラは融合。失われた記憶の再構築とメレリラの理想が混じり合い、彼女は産まれた。
叩き付けられた言葉に、彼女は思う所があったか、潤み揺れる瞳。その奥に震える魂には、絶望が広がり始めた。
「そんな……そんなの、捨てるのと……でも、私……だって……」
「そうだね、産んだ事が原因で死んだ訳じゃないから、ある意味捨てた様な物だ」
彼女にとって、それは根底からひっくり返されるのと同義だ。
あまりの恐怖に思考を鈍らせ、言及を避けた彼女に、僕はぽろっと刃を突き付ける。
「ぁ……」
悲鳴だ。
メレリラとウレミラを愛するが故にいない母を憎み。それが非業の死を迎えたと聞いて憎しみの炎を鎮火させたのに、そいつが実は生きて子供を乗っ取っており、終いには自分がそれだったと言われては、そうなるのも宜なるかな。
積み上げられた愛は無惨に崩れ去り、その土台であった憎しみが己へと牙を剥く。
なまじ精神力が高い分、それは直接の攻撃となって、彼女の魂を抉った。
まるで、唯一無垢であったメレリラから、己と言う穢れを切り離そうとするかの様だ。
すかさず、僕は震える彼女を撫でる。
「……ウーラはとても悲しい事があって、死にたかったんだ。でも、何故か彼女は自らの子に取り憑いた。彼女にとって、生きる事は死ぬより辛い事の筈だったのに……なんでだと思う?」
……まぁ、多分人生やり直したいから自分の子供として産まれようとしたけど、先客がいてそれを追い出す度胸も勇気も覚悟も無いから混ざる事しか出来なかったんだろうね。
良くも悪くもウーラは普通の人間だったんだよ。
ただそう言う事が出来てしまうだけのエネルギーがあっただけで。
「転生してウーラと混じり合ったウレミラが、死の直前にメレリラを守ったのは、なんでだと思う?」
まぁ多分、うーたんはウーラの良い所だけ吸収して産まれた様な物だから、特にウーラの意思が意図して介在した訳では無いだろうがね。
本来であれば、うーたんがそのまま生きて、残されたウーラの虫食い記憶は穴埋めされる事なく、新たに積み上げられるうーたんの記憶によって消滅して行く筈だったと考えられる。
つまり、今の彼女は……メレリラでも無ければレリミラでもなく、ウレミラでさえ無ければウーラでも無い。
ざっと……ウーラ5割、ウレミラ2割レリミラ2割メレリラ1割が混じった様な存在だ。
「……君がウレミラとメレリラの為に怒ったのは、なんでだろうね?」
「それは……」
嘘は付いてない。ただ核心も突いてない。
何なら穿った考えも出来るだろう。
でも……彼女は必ず、その答えに辿り着く。
何故なら、彼女はメレリラ達の母にはならなかったから。
メレリラが、アルティアが、シュクラムが、彼女等がずっとそれを求めていたのは、あの子達のリーダーであるこの子が、誰よりもそれを求めていたからに他ならない。
ここで最後の一押し。
愛属性を放ちながら彼女をぎゅっと抱きしめ、その額にキスを落とした。
「……僕が君を撫で、抱き締めるのは、何でだと思う?」
微笑み問う僕に、彼女は抱き着く事で答えた。
「ユキさんっ……私は……!」
「何も言わなくて良いよ。心の整理が付くまで、今はゆっくり休みなさい」
僕が君を抱き締めるのは、その労力以上の利益が出ると予測されるからだよ。
……でもそれは物事の一側面でしかなくて、実際何もしなくたって構わない。このままいずれ来たる終わりの時まで、僕の分身を抱き枕にしていても構わない。
働かなくても良し。働いてくれるなら尚良し。
彼女達は、これから僕の物になる世界を、今まで守ってくれたのだから。




