第19話 喜劇を諦めない
第八位階下位
数名の、神の加護にも等しい好感度による制限システムを破壊、意思を解放した。
必要措置だが、弓騎兵を解放した時の物と同じ強度の加護を破壊して得られた物は、生体限界にすら至っていない弱者のみ。
まるで割に合わないが、必要措置なのだ。
スノーの屋敷の一室で、エミリーが目を覚ます。
「んん……? ……っ!!」
「やぁ、起きたね」
亜竜を殺し周り、その血を浴びた影響か、ギラリと光る竜の瞳が此方を睨む。
日々戦い続けて来たからか、日焼けした肌は傷だらけ。
旧エミリーが太ってる訳では無いが、此方のエミリーは少し筋肉が付いてしなやかな身体をしている。
「ここは……? っ、皆はどうなったのですか!?」
「記憶の通りだ。最後まで生き残っていたのは君だろう?」
「っ……」
彼女は、まるで懺悔する様に頭を下げた。
両手で顔を覆い、エミリーは嗚咽を漏らす。
「また……また私だけが、生きて——」
「君も死んだけどね」
「——しま……ぁえ?」
顔を上げたエミリーは訝しげに僕を見る。
「……何を、現に私はこうして」
「魂さえ確保できれば肉体なんてどうとでもなるさ」
「……」
「憶えている筈だよ? 君が死んだ瞬間の事は」
「……っ」
サーっと血の気が引いて青褪める。
そう、エミリーの死因は割と惨い。なまじ回復出来るから、生きてしまう。
それが故に、足を捥がれ、肩から腕を食いちぎられ、腹を切り裂かれ、最後はぼりぼりむしゃり。
大迷宮の氾濫を抑える為とは言え、戦力不足で送り込んだのは間違いだったね。
これなら、民なんて見捨てるか、もしくは全員避難させた上で魔術師や人足を動員して壁を作り、雑兵でも遠距離攻撃で貢献出来る様にすれば良かった。
その時代は転生者が多く、ゴリ押しで状況を突破出来てしまえる。その弊害がこう言う形で出た訳だ。
まぁ、後からなら何とでも言える事だ。
その時その場に僕はいなかったし、いたとしたらそんな状況になる前に全て終わらせている。
惜しむらくは、ナーヤかタダトのどちらかが生きていれば、当代の英雄達に不足している技量を鍛えて貰えたであろう事。
全ては今更だ。僕は過去には行けない。救いたい人はもう既に死んでいる。
エミリーは唇を噛み、僅かな間で覚悟を決め、伺う様に問うて来た。
「……では、ここは……地獄ですか?」
「僕が鬼か悪魔に見えると?」
「…………では天国……?」
「僕が天使に見えるのはしょうがないけど、ここは天国じゃないよ」
「……では何処なんです?」
「強いて言うなら——」
僕はそこで少し区切り、若干白い目で見ている様な気がするエミリーの瞳を覗き込み、言葉に力を込めて言い放つ。
「——未来かな」
「……未来……?」
首を傾げるエミリーに僕は頷く。
「うん。未来。君の魂は何処ぞの神に拾われ、ゲームの景品として売りに出されていた」
「神……景品? ……?」
「僕は君含むリベリオンと言う組織に縁が有ってね、君を買う事に躊躇いはなかった」
疑問符を頭上に浮かべる彼女を放置して、何でも無い事の様に話を続ける。
「ある神の指示でね。君達が戦い抜いたあの時代を模した世界に叩き込まれたんだよ」
少しの殺意を漏らして肩を竦める。奴をミンチにしても衰えなかった殺意を、ちょっとだけね。
「癪だから殆どの人間を攫って来た。君も、ユウイチ君もね」
「っ!?」
全く分からないと言わんばかりのエミリーは、ユウイチと言う一言を聞いて目を大きく見開いた。
「……模倣、した、世界……? ユウイチは……でも……」
「うん。偽物だ、君にとってはね」
「……」
「僕も君と同じだよ。大切な人がその様な形で現れたとしたら、正しく本物として認識する事は出来ない。ただし全てを偽物と断じる事も出来ない。何せ——」
僕は軽く神気を零し、その先を紡いだ。
「——神が作ったのだから」
精霊の言葉が魂に響く様に、僕の言葉も彼女に伝播する。
僕の慈愛と心配と少しの興味が、彼女の心を揺らした。尚、多大な好奇心は封じてある。
「……神が」
「だからそこには真も偽も無い。あるのは事実だけ。君の愛したユウイチはいないけど、別のユウイチはいる。あの日、僕が君達の前に現れた未来を辿った、ユウイチとエミリーがね……会いたい?」
「っ」
情報過多だ。エミリーは混乱している。ポロリと涙が溢れた。ポロポロと雫は頬を伝う。
悲しみだ。喜びだ。そして憎しみだ。
ユウイチがいるかもしれないと言う期待。それを裏切られた悲しみ。
別の存在だがユウイチは確かにいて、エミリーはその横にいる事への喜び。
どうして偽物は幸せで、どうして私の前には現れてくれなかったのかと言う憎しみ。
でも心配はしない。何故なら、エミリーは既に一度、それを乗り越えて今此処に居るのだから。
果たして、エミリーは暫し目元を拭い、顔を上げた。
そこに有ったのは、凪。
僅かな悲しみを纏い、彼女は真っ直ぐと僕を見る。
「……エミリーは、幸せですか?」
「君が考えてる程では無いよ」
エミリーは眉根を寄せた。
「別に子供もいなければ結婚もしてない。ヘタレだからね」
「……」
誰がとは言わないが、彼女自身はエミリーの不甲斐なさに渋面だ。
「どうする? 会う?」
「…………私は一度死んだ身ですが、もう一人の自分のその先は気になります……貴方も悪い人ではなさそうですし……」
「利用はするけどね」
「それはお互い様でしょう」
僕が主人だけどね。
好感度システムを破壊したが故のこの状況であり、本来であれば忠誠心が十分になってから自由行動が解放される仕様だったので、それも仕方あるまい。
「まぁ、君の処遇は君や現状と要相談だ。そこら辺は僕の部下に任せる。悪い様にはならないから安心して」
「はい」
「最近は特に新規が多いし何かと忙しいから、事によっては十把一絡げになるかもしれないけど、数日以内には改善されるから心配しないでね」
「えと、その……」
「詳しい事は部下が説明するよ。後、もしかしたらだけど、ユウイチの魂も売りに出されるかもしれないから。希望は捨てないで」
「っ! ……分かりました」
微かな可能性を投じてエミリーを奮起された所で、黒霧の情報教育部屋に送り出した。
さぁ次だ。




