第15話 試練を与えるのが仕事
第八位階下位
この隷属術式は、然ながら大きな壁だ。または檻である。
支配の仕方なんて様々だ。
一般的なのだと単純な契約魔術で、指定の条件を満たす事で何らかの魔法が発動して対象者の命を奪う様な物。
それが首輪型で首を絞めたり、魔石付きで爆発したりと言った単純な魔道具型。
より高次の術だと、魂の表面等に構築した術を張り付けて、肉体との接続を直接切ったり、その魂を術者の元に引き寄せたりする。
これが所謂悪魔との契約と言う物で、一般的な契約魔術と言うのはそれの劣化版だ。
ただ殺すだけなら首や頭、心臓等の魂魄に術を埋め込むだけで良い。
この術式に至っては、魂そのものを覆う事でそれを成している。
それは一種の加護であり、魂の鎧とも言えるだろう。
外部からの攻撃を遮断する一方で内部からの認識も大きく阻害され……要はマレビトの加護のペインガードみたいな状態になっている。
全てに共通するのは、その者の命が握られていると言う事である。
そんな檻の奥で魂は眠り、覚醒の時を待っている。
やる事は普段と同じだ。
無数に蔓延り規則的に並び、構築されたその巨大な術式は、経年劣化により複数箇所に綻びがある……または綻ぶ様に作られていた。
その綻びや回路の隙間、ちょっとした遊びを縫って、術式の要点に線を繋いだ。
この要点と言うのも様々あるが、目的に沿った効率的排除を優先するなら、壊すべき重要回路は3つだけ。
魂全体を覆う防御術式を発動させている防壁中枢。
外部からの異分子や術式自体による保護対象への攻撃を察知すれば、自動的に術を再構築出来る頭脳。
保護した魂と術式の接着面を維持する調和中枢。
これさえ壊せば、あとは中の魂をスパーンと引き抜けば済む話。僕一人ならばそうしていただろう。
だが、それだと何の経験にもならないし、せっかく神の残した試練なのだ、やらないのは損である。
これら3つに加え、更に7つの要点へ線を繋いだ。
内部に紛れ込んだ異分子や、何らかの異常によって保護した魂に攻撃的影響を与える様変質した術式反応等を監視し、頭脳へ報告をあげる監視中枢。
頭脳の指示を受け、侵入した異分子の元へ駆け付け排除する免疫中枢。
外部から回収する魔力を分解し貯蓄、必要に応じて配給する魔統中枢。
隷属内容を保持し実行、監視し続ける隷属中枢。
特定の反応、負の存在による一定以上のダメージを受けた時、外部広範囲へ救援要請を放つ信号中枢。
頭脳の補助を行う副頭脳。
そして、術式の遊びに存在していた余分な魔力、神の残滓が寄り集まって出来た残留思念の塊。神の幻影。
これらのどれもが長期の使用に耐え得る強度を持っているが、その反面術式を再生する機能が無いのは……意図した物だろう。
わざと綻びる様にしている可能性を裏付ける証拠だ。
差し当たって侵入時に利用した経路の先にいた魔力中枢をざっくり解体。神の幻影だけは敵対時の危険度が並外れている為僕が当たる事とし、保護者一同を別々の道に送り込んだ。
皆は線の縁を辿り、間も無く各要点の元に到着した。
要点は、それぞれが異なる概念属性を持ち、その形状はその場を支配する者の認識によって変わる。
今回の場合は神の幻影とそれが保護する魂の折半。それに僕を少々と言った具合である。
◇
無数のコードが生えた螺旋の目。
全方面に砲が向いたウニの様な化け物。
鉄色の輝きを放つ球体。
攻勢意思を纏うそれらは、魔力保持容量、精神力共にそこらのレベル600クラスとも平然と渡り合える力を持ち、そして此方側は意思の衝突が不慣れ。
ステージの異なる戦場はレベル700にも迫る保護者一同にそこそこの苦戦を与えてくれた。
各戦場の終結を見守った所で、のんびりと辿っていた長い線を一歩で踏破。目標と接敵。
相対したそれを、一息に看破した。
『しッ!!』
即座の反応で顔を上げた小柄な鋼の人型の首を落とし、続けて胴を粉砕。瞬時に伸びて来た腕を殺気を込めた瞳で睨んで封じ、蹴りで足を抹消。
片手の指の数だけ形成した神気の玉で飛散した敵神気の塊を舐めとる様に消し、残った腕へ叩き付けてコレを破壊した。
最後に練り上げていた真気を音の様に放出し、更に十指の神気の玉を出して敵神気を殲滅。
これで少なくとも僕の知覚する範囲では外敵の処理を終えたと言って良いだろう。
……造物主の詳細が少しでも分かるかと思ったが……あったのは、ただの異物に対する和解不可能な敵対意思と、鋼の小柄な人形だけ。とんだ期待はずれだ。
そして、敵対神気を分解するのは如何に僕と言えど時間が掛かり、相応の経験になる。
己の情報を一切漏らさずに僕へ試練を課してきた。
ここまで計画通りだったなら、流石は神と言えるだろう。
さぁ、後は中枢の魂魄に改めて隷属術式もといテイムを行い、金の本に登録するだけ。
……一応意味ないけど外殻の処理もさせておこう。
敵対可能な因子は未だ残ってるからね。
◇
魂の表面とも言うべき戦場を用意し、敵対因子を引き込む様にして僕と加護の領域を展開。
保護者一同は、魂へ直接的な攻撃をして来る敵が無数に鉄色の霧から沸いて出る戦場で修行中。
ただ戦うだけで経験を経て慣れを獲得する修行になるのだから楽で良い。
先達だからこそ、放っておけば勝手に効率化して強くなって行ってくれるだろう。
一方僕は、その深奥。最深部にいる彼と相対していた。
彼は一見して幼く無垢な魂を持っている。
何も知らない獣や赤子の様に、塵界濁世を知らず、怒りや憎しみも無ければ喜びや愛も無い。
——白紙の魂。
……否、その深淵に無数に刻まれた技術と色の無い知識によって、それは霧掛かった様に鈍色をしていた。
胎児の様にうずくまるそれへ声を掛ける。
『こんばんは、幼き子』
彼の深淵はゆっくりと鎌首をもたげた。
『……こんばんは、神なる方』
淀みなき視線が此方を見上げる。
『如何なる用事でしょうか?』
無垢なイヴとも言えるそれへ、僕は微笑み、手を伸ばす。
『僕の配下にならない?』
『承知致しました。神なる方。貴方が私の新たな主です』
幼き魂は躊躇いなく、僕へその全てを晒した。
《【伝説クエスト】『忘れ去られし神装兵』をクリアしました》
これでよし。殲滅が終わるまでは交流タイムとしよう。
差し当たって神の情報だ。
『前主からは何か聞いてない?』
『命令を2つ。邪神またはそれに準ずる存在を排除する事。殻を破り此処へやって来た者を主と仰ぐ事』
『成る程』
製作者として所有権を主張するつもりはなく、誰の手に渡っても良い様に情報も最小限と。
『君を作った神について知っている事は?』
『なにも……私が目覚めた時、目の前にいたのは邪神の僕と黄金色の鳥、1人の人間だけでした』
ふむ。黄金の鳥と人間に負の化身か何かか。
これが黄金色の獅子なら人はルヘーテなんだが……鳥か……。
『……取り敢えず、君の知る事を見せて貰おう。中に入るよ』
『はい、如何様にも』
邪神の類いに関わる者と金に関わる者なら、人間とやらもさぞ高位の存在なのだろうが、果たして——




